第6話 津守若菜

ピピピピとけたたましい音を立てて朝の到来を告げる目覚まし時計で一人の少女が布団から起き上がり、あくびをしながら背伸びをして目を覚ました。


彼女の名前は津守若菜。偶鱈ぐうたら高校に通う高校生でありこの小説の主人公広川和彦と同じクラスに在籍している。


そして、これから起こる和彦を巻き込んだ摩訶不思議な出来事の中心人物の一人でもある。


「ふぁーあ、よく寝た。さて、今日も修行しなきゃ。」


そう言ってベッドから起き上がりピンク色のパジャマを脱ぐと慣れた手つきで合気道の胴着に着替え、自宅の離れにある道場に向かう。


彼女もとい彼女の家は少し特殊で表向きは悪霊を退治する霊能力者として生計を立てているがそれ以外にも秘密がある。それは平安時代から続く人々に仇なす魑魅魍魎共を滅する陰陽師(対魔士とも言う)の家系であるということである。


そのため今日も彼女は陰陽師として罪なき人々を妖怪の手から守るための力を付けるべく修行に励むのである。


「ふぅ、修行終わり。あっ、もうこんな時間。そろそろ学校に行く準備しなきゃ。」


そう言ったあと若菜は道場から自室に戻り胴着を脱ぎ、下着を取り替えたあと偶鱈高校指定の女子用制服に着替える。そして、長い髪をポニーテールで結び朝食を食べにリビングへと向かう。


そこには若菜と同年代であろう割烹着に身を包んだ少女がテーブルに朝食を用意して待機していた。


彼女の名前は加山瑠衣かやまるい。津守家に仕えている使用人である。


「おはようございます、若菜様。今日も修行お疲れ様です。」


「あ、おはよう瑠衣。いつも美味しい朝食をありがとう。」


「そんな、滅相もございません。使用人として当然のことをしたまでです。」


「若菜様って…。そんなに謙遜しないで子どもの頃みたいに津守ちゃんって呼べばいいのに。」


「今は使用人と主人の関係です。それにお嬢様だって昔は私のことをちゃん付けで呼んでいたと私は記憶しています。それよりもお嬢様は少し津守家の当主としての自覚をお持ちになったほうがよろしいかと思います。使用人に名前をちゃん付けされて呼ばれる当主なんて格好がつきません。」


「はいはい。それより瑠衣、今度の日曜日デパート行かない?ほら、前に言っていたあなたの私服買いに。あなた顔はいいんだから着飾れば絶対可愛くなるじゃん?」


「返事は一回、誉めたって何も出ませんよ。」


「はーい。」


といったようにこの後も二人による何気ない会話が続くのだった。






「瑠衣ー、学校に行く準備できた?」


「私は既に済ませてあります。それよりも若菜様はどうですか?この前みたいにお弁当を忘れたりしてないですか?」


「大丈夫よ。さぁ、行きましょう。」


そう言って若菜は玄関の引き戸を開けて瑠衣と共に学校へと足を進める。


実は瑠衣も若菜と同じ偶鱈高校に通っており、和彦と同じクラスである。もっとも、二人からは髪を束ねた目付きの悪い奴という認識でしかないが。


「若菜様。お気づきになりましたか?最近妖怪たちの動きが妙に活発化していることに。」


「ええ。考えられるのは…奴が動き出したってことかしら。」


先程の陽気な会話から一転し、二人は目付きを変えて声のトーンを落として話し合う。


「これからは今まで以上に気を引き締めて妖怪の討伐に望まないとね。」


「その意気をお忘れなく。あなた様の…いえ、我々の悲願達成のために。」


「勿論。あんな悲劇、二度と起こさせはしない。」


なにかを決意した目で若菜はそう呟くのだった。






生徒たちの話し声や笑い声が響く教室についた若菜と瑠衣はそれぞれ自分の席に座る。


「あぁ、若菜さん。今日もなんとお美しい。」


「お前、若菜さんに告って見ろよ。」


「無理だって。俺じゃソッコーでフラレるのがオチだっつーの。」


生徒たちの話題は若菜のことで持ちきり。それもそのはず。成績は常に学年1位でアスリート選手顔負けの運動神経を持ち、しまいには黒髪ロングの清楚系美少女ともなれば注目されるのは必然のことである。しかし、それを快く思わない連中も当然ながら存在する。


「ケッ、少し顔がいいからっていい気になりやがって。」


「あいつのすました顔マジムカつくんですけどー。」


「ていうかアイツ、火事で親亡くして天涯孤独らしいぜ。」


「マジ?チョーウケるんですけどw」


遠目で3人組の女子生徒たちが若菜の陰口を叩き合う。


「あいつら…許さん!」


「放っておきなさい。」


「主を悪く言われて黙って見ているなど私にはできません!」


「私たちの力はそんなことのためにあるんじゃない。人々を魔の手から救うためにあるの。それに力であいつらをねじ伏せたらそれこそ奴と同類になってしまうわよ?」


「!…失礼しました。私としたことが冷静さを欠いてしまっていたようですね。」


「そうそう。悪口なんていくら言われても怪我は負わないし死ぬこともないから大したことないわ。私からすれば時間の無駄にしかならない。瑠衣はそんな無駄なことをするあいつらみたいな馬鹿とは違うでしょ?」


「おっしゃる通りです。」


その後、若菜と瑠衣はいつも通りの学生生活を満喫するのだった。






生徒たちが帰宅したり部活動に励んだりしている放課後、若菜と瑠衣は学校の屋上に来ていた。屋上には二人以外おらず、その存在を知るのは地平線に沈みかかっている夕日だけである。


「いよいよね。瑠衣、始めるわよ。」


「承知いたしました。」


瑠衣はそう言ってぶつぶつと何かを唱える。


彼女が今唱えているものは津守家特有の妖怪索敵術式だ。


妖怪。古くから空想上にしかいないと言われているそれらだが確かに実在する。


その特徴は千差万別だが共通して言えることは人間を大きく上回る身体能力と再生能力を持つということである。


妖怪は一部の例外を除き、日光を浴びると消滅してしまう。そのため、日照中は基本的に活動することはない。


しかし、日没が近づくごとに妖怪たちは人々を襲うために活発化する。そうして得た人間の魂によってどんどん強さを増していくという寸法である。


不死身に近い寿命を持つ妖怪を滅する方法は3つ。日の光を浴びせるかそれに近い攻撃を食らわせる(陰陽師の使用する攻撃術式)か圧倒的な力で死ぬまで攻撃し続けるかである。


「!見つけました。2時の方向、場所は…偶鱈公園です。」


「行くわよ、瑠衣!」


「はい!」


若菜と瑠衣は妖怪を討伐するため偶鱈公園に向かう。しかし、そこで見たものは…


「…どういうこと?」


和彦が殺した大狼の死体だった。


「一体誰が?…死体が焦げている。電撃系の攻撃によるもののようね。雷系の術式を操る難波なにわ家の仕業かしら?」


「いえ、この付近にそれらしき術者は確認できません。」


「おかしい。この辺りで陰陽師は私たち津守家と難波家しかいないはず。ほかの地区の陰陽師がわざわざ出向いたとも考えにくい。」


「そうなると妖怪同士の仲間割れでしょうか?」


「それはない。この狼、腹から何かを取り出した痕跡があるでしょ。妖怪にそんな高度な芸当ができる知能なんてないわ。」


「とすると…」


「私たちの知らない何者かの仕業…かしら?」


「一体誰がなんのために?」


「分からない。ただ、用心しておくに越したことはないわね。仮にそいつが私たちの邪魔をする敵なら…ね。」


若菜はそう言って拳を強く握りしめるのだった。


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