第5話 狼対和彦

「よくも俺の出産祝いを無駄にしてくれたな。死んで償え。」


そう言った和彦の右手にはどこから取り出したのか先端に漆黒の宝石が装飾された杖が握られていた。


そう、魔王の攻撃を受け止めた際に使っていた異世界で食事のときも睡眠のときも肌身離さずいろいろな修羅場を共にくぐり抜けてきた和彦愛用魔法の仕込み杖である。


「天よ、力を貸したまえ《スパーレイン》」


そう言って和彦は杖を狼に向けてかざし呪文を唱える。すると空全体が灰色の雲に覆われ巨大な雷が狼に降り注いだ。


「グギャャァァ!!」


時間にして20秒くらいだろうか。その間狼はただひたすら雷によって全身を焼かれる。


(雷の威力は最低に抑えた。これでじっくりいたぶれる。虐待とか動物愛護法なんか知るか。こいつはクロを殺したんだ。人間だって動物園から脱走したライオンを殺すだろう。それと同じだ。出産祝いの恨み、思い知れ。)


「グルァァァ…」


真っ白い毛並みが和彦の雷によって黒く焦げてしまったた狼は断末魔を上げながら舌を出し口や目から煙を出して息絶えたのだった。


「ふん、やっとくたばったか。最弱とはいえ俺の魔法を結構耐えたのは敵ながら誉めてやる。」


スパーレイン。火、水、土、風、光、闇の6属性に別れる魔法の中で風魔法に分類される魔法。


風魔法とは空気や大気などに干渉し竜巻などの現象を起こすことができる魔法のことである。


このスパーレインは大気を操り雷を発生できるほか雷だけでなく雨や雪など天候をも自由自在にすることができる。もっとも普通の人間なら風しか起こせないため天候も自由自在なのは和彦と和彦の師匠であるアークリアくらいである。


(やろうと思えばこの地球全体を覆いつくすほどの芸当も可能だ。まぁ魔力の大半を消費するからよほどのことがない限り使いたくないが。にしてもぶっつけ本番だったからうまく作動するか不安だったが成功して良かった。)


「おっと、最後に一仕事あるのを忘れてた。」


そう言って和彦は仕込み杖の鞘を抜く。すると夕焼けで鈍く銀色に光輝く刀身が姿を現す。


それを和彦は横たわった狼の死体の腹に突き刺しマグロの解体作業の要領で腹をかっさばいた。


(動物の解体なんて久しぶりだな。異世界にいた頃は勇者たちが倒した魔物の解体を王国のくそったれな兵士どもに手伝わされた経験がこんなところで役立つとは思いもよらなかった。)


「えーと、確かこの辺に…あった。ふぅ、魔法を使えばもっと楽に早く取り出せたんだがそうなるとこれまで傷つけそうだったから手作業でやらせてもらった。」


狼の胃袋の中から取り出したクロの死体を抱き抱えながら和彦はそう呟く。


「あの狼、まさかクロのこと喰っていたとは。道理ででいくら公園中を探しまわっても見つからないわけだ。」


(まぁ、最初はわからなかったけど。気づいたのはスパーレインを使ったときに狼の口の中からクロの体毛が出てきたところからクロは喰われたという推測をたてたけど当たったな。)


その後和彦は土を掘り起こしクロの死体を埋めて簡易的なものだが墓を造る。


「こういうのはしっかり墓を建ててやらないと夢に化けて出てきそうで怖い。さてと、くそったれな犬っころもブッ殺したしクロの墓も造ったし帰るとしますか、愛しの我が家へ。」


自宅に帰ろうと足を動かそうとした和彦の前に子猫は立ち塞がる。


「ん?なんだお前、まだいたのか。仇討ちの件は悪かったな。母親を殺された憎き相手は自分の手で殺したかったのに俺が横取りしちまった。恨まれても文句は言えねぇ。」


当然といえば当然である。和彦は母親の仇討ちに命を懸けたこの小さな黒い侍の闘いを台無しにしたのだ。顔にひとつやふたつ引っ掻き傷ができることを和彦は覚悟していた。


「まぁ、お詫びといっちゃなんだがこれやるよ。お前の母親に渡すはずだった出産祝い。これ食べて元気だして野良猫としてたくましく生きてくれよ。じゃあな。」


和彦は子猫にそう言い残し公園を去るが…。


「おいおい、ついてくんなよ。」


「にゃーん」


子猫が自宅に向かう俺の後ろをなぜかしっかりついてきていた。大方俺の家に厄介する気だろう。冗談じゃない。誰がペットの世話なんかするか。餌やりや日々の散歩なんて面倒なことはお断りだ。


「頼むからついてくんなよ。俺はお前を助けた訳じゃない。あの狼が気に入らなかっただけだ。だから俺とおまえとの間には何の関係もない。赤の他人だ。お前は猫だけど。とにかく俺はお前を飼うつもりはない。」


「にゃーん」


「…分かった、じゃあこうしろ。とりあえずお前を家に連れて帰る。そしてお袋にお前を飼ってもいいか聞いてみる。いいと言えば飼ってもいい。ただし、もし駄目だったならスッパリと諦めろ。いいな?」


(と言ってもお袋は猫アレルギーだから100%駄目と言うのは確実だがな。前に親父が猫拾ってきた時もそうだった。最初から無理な話だったのさ。俺の家で猫を飼おうだなんて。せいぜい野良猫として生きていく準備でもしとくんだな。フッフッフ)


「にゃーん」






自宅にて


「飼ってもいいわよ。」


「は?」


突然のことに俺は思考が停止しかけた。


(そんな馬鹿な。お袋は猫アレルギーだ。猫が近くにいるとくしゃみが止まらなくなる体質なんだぞ。そんなお袋が猫を飼っていいだと?ありえない。何かの間違いだ。)


「いやいやおかしいだろ。お袋猫アレルギーだよな?どういう風の吹き回しだよ。」


「だってこんな子猫を外に放り出すなんて可哀想じゃない。それにこの子もふもふしててかーわいいー!名前とか決めたの?」


(…大誤算だ。道中で適当に撒いておけばよかった。)


和彦は心の中でそう思い心底後悔するのだった。


「さて、いざ飼うとなるとまず名前だよな。タマはありきたりだしクロだとダブるし良樹って付けると混乱するし参ったな、全くといっていいほど思い付かない。」


自室に戻り和彦はあぐらをかき腕組みをしながら子猫と向き合ってそう呟く。


これから生活を共にする者をいちいちおまえ呼ばわりするのはさすがに面倒なので名前を考える和彦。しかし、なかなか決まらず頭を抱えている最中である。


「どうしたものか…ん?よし、決めた。お前はレンだ。」


「にゃーん」


和彦は本棚にあった自分の漫画を見てその漫画の主人公の名前を付けた。


「さて、風呂入るか。」


「にゃーん」


「ん?お前も入るのか?」


「にゃーん」


「そうか。まぁあれだ、お前の母親の代わりは務まらないと思うがこれからよろしくな。」


「にゃーん」


そうして和彦とレンは互いに顔を合わせた後、1階の風呂場へと向かっていくのだった。


あぁ、ついに始まっちまった。俺の平穏で何気ない生活がろくでもないやつらに脅かされていくのが。今思えば狼なんて放っといておくのが一番だと後々になって嫌というほど思い知らされるのはまた別の話である。

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