第4話 和彦、怒る
「いらっしゃいませー。」
コンビニの店員が自動ドアが開いた瞬間、入店してきた和彦に対してそう言う。
(帰り道にフラッと立ち寄ったはいいが、なにを買おうか)
和彦はコンビニの店内を周囲の商品を見ながら適当に散策し雑誌コーナーの所で足を止めた。
「中年ジャプンの最新号が出てる。時が立つのは早いもんだな。確か一週間前だっけ、先月号出たのが。とりあえず立ち読みしていくか。」
中年ジャプンとは放屁社という会社が出版する漫画雑誌のことである。大人や子供、さらにはお年寄り向けの漫画が載っていて老若男女問わず幅広い年齢層の人々に愛されている。気になるお値段は500円。ワンコインである。
「おっ、トリックボックスの最新話載ってんじゃん。俺の記憶じゃ1年くらい休載してたはずなんだけどな。作者復帰したのか。…ふむふむ、なるほどな。やっぱりトリックボックスは面白いな。」
トリックボックス、通称トリボリ。地球とその裏側の世界アンダーワールドを行き来することができる主人公とヒロインが次々起こる様々な難事件を解決していく推理漫画。特に未成年に大人気。
「おっと、もうこんな時間か。すっかり夢中になって時間の感覚を忘れてた。大分日も暮れてきたしそろそろ帰らないとな。そうだ、クロに出産祝いでも買ってってやろう。」
俺はコンビニを出るとペットショップに寄りキャットフードと猫用の衣類といった物を買うと公園に向かった。
「おかげで今月のこづかいあと1000円しかない。これじゃ購買のパンを数個買って食っただけでおしまいだ。俺の数少ない日々の楽しみのひとつなのに。でもまぁいいか。子猫のこれからの未来の為と思えば安いものだ。喜んでくれるといいんだがな。」
今は9月の下旬。これからどんどん気温が下がっていくことだろう。こんな寒さじゃ生まれたての子猫が凍えてかわいそうだ。
(もっとも子猫が寒くてかわいそうかどうかは俺たち人間の勝手な思い込みかもしれないがな。俺たちがかわいそうと思ってもあっちには余計なお世話というときもある。)
そんなとりとめもないことを頭の中で考え続けているうちにクロのいる公園へとたどり着いた。すでに空は夕焼けで赤色にに染まっており遊んでいた子供達も家へ帰ったあとのため公園には俺一人だけである。
「ふぅ、着いた着いた。さてと、どこにいるかなー?ここかな?それともここかな?」
俺は公園中をくまなく探す。草むらの中やトイレの中(男子トイレのみ)、さらにはゴミ箱の中も隅々まで探したが鳴き声ひとつしない。…まさか女子トイレの中じゃないよな。
「おっかしいな。今朝寄ったときは確かあの草むらの辺りにいたんだけど。親子で他の場所へ引っ越してもうこの公園にはいないのかもな。だとしたら出産祝い渡せなくて残念だ。」
和彦は出産祝いをその場に置き、ブランコに腰かけながらそう呟く。
(そろそろ帰ろうかな。また明日来てみるか。)
そう思いブランコから立ち上がろうとしたときだった。
「シャー!!」
どこから現れたのか子猫がブランコに腰かけて一休みしていた俺に対してものすごい剣幕で威嚇してきたのだ。
しかもこのクロそっくりの毛並み、間違いない。こいつ、今朝会った子猫だ。母親…クロはどこ行ったのだろう?生後間もない我が子を置き去りにして。
それにしてもこいつ、やたら威嚇するな。俺お前に今朝初めて会ったばかりなのにそんな嫌われるようなことをした覚えはないぞ。あっ、もしかしてキャットフードが気に入らなかったのか?
あれ?こいつよく見たら身体中擦り傷や打撲傷だらけだ。
待てよ、そもそもこいつは俺に対して威嚇しているんだよな?なのに視線は俺を捉えていない。威嚇は相手の目をしっかり見てするものだ。そうしないと相手に迫力が伝わらないからな。こいつはどちらかというと俺というより俺の背後に対して威嚇しているように見える。
「ということは…俺の後ろにこいつが全力で威嚇するほどのなにかがいる?」
いやいやこれ完全にホラー映画あるあるじゃん。俺が背後振り返った瞬間にめっちゃやばいウイルスで突然変異したどこぞのゲームに出てくるクリーチャーが俺を丸かじりするってパターンだろ絶対。
(まぁ、そうであっても振り返らない訳にはいかないよな。)
和彦は恐る恐る自分の背後を振り替える。そこにいたのは鋭い爪を持ち、牙がむき出しの全身が白い毛並みに覆われた狼だった。
しかし、注目すべきはその大きさである。通常の狼よりも遥かに大きいのである。それこそ198センチある和彦が見下されているのだ。3メートル、いや、4メートルくらいだろうか。
「…マジかよ。こんなデカイ狼初めて見たわ。ていうかこんなのいたら町中パニックになると思うんだけどな。動物園から脱走でもしたのか?」
大多数の人間が驚きを隠せないはずの未知との遭遇を果たした和彦は少し驚きはすれどいたって冷静だった。
こんな狼など和彦にとって未知でもなんでもない。それもそのはず。この髪を後ろで結んだ男は普通の人間とは少し違う経験をしているのだから。
「ガルルルル…」
「こんな感じのやつ、ローダリオスにはごろごろいたな。異世界に呼び出された時はゴブリンにすら苦戦していた自分が今じゃ竜王とも渡り合えるようになったんだから人生なにが起こるか分からないもんだ。」
「ガウ!」
「おっと、危ねぇな。その爪切ったほうがいいぞ。」
狼はその鋭利な爪の付いた前足で和彦に襲いかかる。しかし、それを半歩後ろに下がって和彦は回避したため当たることはなかった。
「グルルルル…」
「シャー!!」
狼と子猫は互いに睨みあい威嚇し合う。もっとも狼の方は子猫のことなど眼中になく、その後ろにいる俺に対してだけど。
(あぁ、そういうことか。)
さっきからずっと気になっていた。なぜ子猫はさっさと狼から逃げ出さずひたすら威嚇しているのか?実力差は火を見るより明らかだ。現に戦いを挑んで擦り傷や打撲傷がたくさんできるほどボロボロにされている。俺だったら心臓がぶっ壊れてでも一目散に逃げだすだろう。
(つまり、死んでも退けない理由がこいつにはあるということだ。)
生まれたての子猫が死んででも退けない理由…母親、クロしかない。さらに狼の顔や口元、血がベットリだ。つまり狼はなにか他の生き物を襲ったということ。そしてその襲われた生き物はあの狼に付いた血の量からしてもう死んでいる。見たところ子猫は擦り傷などはいたるところにあれど出血はしていない。だからあの血は子猫のものではない。
(…そうか、こいつは母親をこの狼に殺されてその敵討ちをしていたのか。)
当然といえば当然だ。実の母親を殺されて怒らずにいられない人間などほとんどいないだろう。こいつは猫だけど。
となれば俺は部外者だ。ここはこいつと狼の1対1の殺し合い。俺はこの場に必要のない人間だ。たとえこいつが狼に殺されようとすべてこいつの自己責任だ。このまま負けると分かっている戦いに挑んで死ぬのも自由。敵討ちなどやめてさっさととんずらするのも自由。俺にはなんの関係もない。
「と言いたいところだが」
そう言って和彦がいがみ合う子猫と狼の間に割って入り一呼吸を置く。
「よくも俺の日々の楽しみである購買のパンを買うための有り金をわざわざはたいて手に入れたクロへの出産祝いを無駄にしてくれたな。死んで償え。」
子猫は突然割り込んできた和彦の存在を認識し少し動揺しているのをよそに血管を浮き上がらせて静かな怒りを胸に秘めて再び口を開くのだった。
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