第3話 波乱の幕開け
「ふぁーあ、眠みぃ。昨日は散々な目に遭ったな。」
自分の通っている高校へ続く道を歩きながら和彦はそう呟いた。
ことの発端は魔法を使えるのかどうかを試した昨夜まで遡る。
「…へ?」
和彦は魔法で穴の空いた天井を見てみる。そこにはファイヤーボールによってできた微かな焦げ目が周りについた直径70センチほどの穴がぽっかり空いて外からの風が漏れ出ていた。
「…あー、そういうことか。なるほど、よーく分かった。これは夢だ。だってそうだろ、俺の掌から魔法が発動して天井がぶっ壊れるなんておかしいに決まっている。…待てよ、せっかく親父の免許証盗んで購入したエロ本があんなに面白くないはずがない。ってことはやっぱりこれは夢だ。さーて、そうと決まればとっととこんな夢から覚めて」
「和彦くーん?天井がぶっ壊れるとかエロ本がなんだってー?」
「げっ、お袋!」
自室には騒ぎを聞きつけてきたお袋がそこにいた。
掛けたはずの部屋の鍵はさっきの魔法を使った衝撃波で壊れていたのである。
「詳しく聞かせてくれるかなー?」
「…はい。」
にっこりと笑いながらパジャマ姿のお袋が問いかける。その姿を見て俺は完全に詰んだと思った。
このあと天井のことやエロ本のことなどについて正座させられながらメチャクチャ怒られ一睡もできなかったというわけである。
(にしても、この世界で魔法が使えるなんて思ってもいなかった。これは本格的に調べてみる必要があるな。)
そう言いながら自分の通っている高校、偶多良ぐうたら高校へと歩みを進める。
道中、家の近所にある子供達にとって格好の遊び場である公園を横切る。ちなみに余談だがここは俺が学校の帰り道に息抜きするときに利用したりする。
あのブランコに腰かけてコンビニで買った漫画雑誌を読んだりするのが俺の些細な幸せのひとつである。
「にゃーん」
「おっ、久しぶりだな。元気にしてたか?」
公園の前を通りすぎようとしたら黒い野良猫が和彦の足元に寄ってきてじゃれはじめる。
こいつは俺がいつものように放課後公園で立ち読みしていたときに砂場の辺りでかなり弱っていたから持っていた唐揚げ棒渡して食わせたらこのとおり懐かれたというわけである。ちなみに俺はこいつをクロと呼んでいる。
クロは和彦の学制服のズボンの裾を噛んで引っ張っている。
「ん?ついてこいって?」
「にゃーん」
「腕時計によるとまだ校門が閉まるまで時間がある。付き合ってやるか。」
俺は猫クロに導かれるがままについていく。
そうしてたどり着い先には
「にゃーん」
生後間もない子猫を可愛がるクロの姿がそこにはあった。
「おまえメスだったのかよ。じゃあクロ子ちゃんだな。」
「にゃーん」
「やべっ、そろそろ行かないと学校に遅刻しちまう。じゃあな。あと子猫ちゃんも。」
俺はそう言い残しそそくさと公園を後にして学校に向かって走り出した。
走り続けていると学校が見えてきた。
和彦は今にも校門が閉じるかどうかというギリギリのところでなんとか入ることができた。
そのあと教室に入り窓際にある自分の席に座る。
「ふぅ、間に合ってよかったぜ。」
「おはよう、和彦。珍しいね。いつもはもっと早く登校してくる君がこんな時間に学校にくるなんて。」
俺のとなりの席に座っているこいつの名前は鈴鹿良樹すずかよしき。中性的な見た目をしている俺の中学時代からの友人である。しかし、不良に絡まれていたクラスメイトを助けたらタコ殴りにされたことがある。要するに大がつくほどの馬鹿なお人好しだ。
ちなみに身長は170センチ、体重50キロ。A型。女装させれば結構いい線行ける説がささやかれている。
「ああ、今日は色々あったから遅れちまった。なぁ、良樹。話変わるけど今度の日曜日デパートで遊ばね?」
「いいよ。僕もそう思っていたんだ。」
「よし、決まりだな。時間は何時がいい?」
「うーん、じゃあ11時がいいな。たまには和彦とお昼でも食べたいし。」
「わかった。じゃあ現地集合の11時ってことで。」
「うん。あ、そうだ和彦昨日のバラエティ番組見た?」
「ああ、見た見た。あの芸人のギャグがツボだったな。」
「僕はあの芸人が…」
その後もどうでもいい会話を良樹と繰り広げる。
「ねぇ、和彦。君は好きな女子とかいるの?」
唐突に良樹が訪ねる。
「ないな。女と付き合うと私を見てだのとかデートとかで自由な時間がなくなってろくなことがない。ましてや結婚なんて論外だ。子供の世話や家への生活費で給料の大半が消える。しかも相手側の家族とのいざこざもある。独身の方が気楽でいい。」
「そうかな?確かに付き合うのは大変なこともあるけど同時に幸せなことでもあるんじゃないかな。じゃなきゃ結婚なんて誰もするはずがない。君も僕もその結婚によってこの世に生まれてこれた訳だし。」
「わかってないな。人間は生まれも育ちも自分で決めることはできない。せいぜい決められるのは生き方ぐらいだ。それに生まれてきたからといって必ずしも幸せとは限らないのさ。」
「?」
「話がそれた。そう言うお前は誰か気になるやつでもいるのか?」
「…うん。実は1人、気になっている人がいて。このクラスの人なんだ。」
良樹は顔を赤めて小声でそう言う。
「ほぉ、それは誰だ?」
「あの人だよ。」
良樹は友達と会話している黒髪ストレートロングヘアーの女子を指差す。
「ああ、あいつか。」
津守若菜つもりわかな。容姿端麗、成績優秀さらに生徒会書記まで兼任している生粋の優等生。古い名家の出身だが10年前の火事で父親と母親を失う。周囲からの反応も良く特に男子からは付き合いたい女子人気トップ3に入るほど。
(目立つことを嫌う俺にとっては縁もゆかりもない女。むしろ関わりたくない。)
え?縁もゆかりもないのになんで彼女のことにそんな詳しいのかって?そこは大人の事情ってことで。
良樹も見る目がないな。あんなのと付き合ったらこの学校の男どもに毎日嫉妬による嫌がらせを受けるだろうに。いや、愛の力は無限と聞く。本当に好きなら嫌がらせのひとつやふたつどうってことはないか。
「どうしたの、和彦?」
「いや、何でもない。まぁ、悪くはないんじゃないか。彼女の心を掴めるのかどうかはお前次第だ。ただ、気を付けろ。ライバルはたくさんいる。中には犯罪まがいな手を使ってお前を蹴落とすアホもいるからな。それでも付き合いたいと思うか?」
「うっ、それは…」
「まぁ、世界は広い。彼女じゃなくてもいい女はたくさんいる。それらを見てよーく考えてからでも告白は遅くないと俺は思うぞ。」
「そうだね、まずは友達からとも言うしね。」
「そう言うことだ。」
このあと俺たちは授業を受け放課後に突入する。良樹とは卓球部の活動があるということで昇降口で別れた。え?俺の所属している部活だって?そんなの決まっている。帰宅部だ。
「んー、今日も疲れた。」
俺は座りっばなしでガチガチになった体を背伸びしてほぐす。ふと校庭を覗くと我が校自慢の野球部が今日も厳しい練習メニューをこなしているのが見えた。
「さて、帰るとしますか。」
このあとの出来事を境に彼の通常とは少し違う日常は始まりを告げるのだった。
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