第2話 現代異能と魔導王の帰還
帰還魔法のまばゆい光が収まったあと、和彦はゆっくりと目を開ける。
帰還魔法の帰還先は家の2階にある自分の部屋だった。時計の針は午後5時ちょうどを指している。
「この机やベッド、間違いない。勇者召還に巻き込まれた時と全く同じだ。…やっと帰ってきた。」
彼の名前は広川和彦。筋骨隆々の身長198センチ、体重95キロのA型。勇者召還に巻き込まれた才能のない哀れな一般人だったが魔導王アークリアに出会い弟子入り。地獄のような魔法の修行を施してもらい、勇者や魔王をぶっちぎりで超越。アークリアの死後、2代目の魔導王となる。成り行きで洋介たち勇者と協力して魔王を倒し、こうして元の世界に帰り現在に至る。
時刻は5時丁度か。にしても異世界で色々あったのにたったの一時間しか経ってない。もしかしたらあっちの世界とこっちの世界は時間の流れが違うのかもしれない。向こうじゃ5年くらいに感じたんだがな。
(あっ、時間のことに気を取られててすっかり忘れてた。)
和彦は自分の机の引き出しからプレゼント状に梱包された冊子を取り出す。
「ああ、よかった。まだ開封されていない。」
俺が初めてコンビニの18禁コーナーで買ったエロ同人誌。これ買うために親父の財布からくすねた免許証にわざわざ金払って撮った証明写真を貼り付けて年齢確認誤魔化したんだっけ。いやーばれてなくて本当によかった。親父にばれたら半殺しにされちまうところだった。いざ、開封。
和彦がエロ同人誌を袋から取り出そうとしたそのとき、自分の家の1階から声が聞こえてきた。
「和彦ー、ご飯よー!」
「…なんだお袋か。脅かすなよ。ったく、危うく心臓が止まりそうになったわ。仕方ない、エロ本はお預けだ。それにこの格好で下に降りていくのはさすがにまずいしな。」
そう言って和彦は纏っていたフード付きの黒いローブを脱ぎ、仮面を外し、タンスにあった自分の私服に着替える。
「よし、これでいいな。」
和彦は自分の部屋にあった鏡で髪を後ろで結んだいつもの自分の姿を確認すると階段を使って1階に降りる。するとリビングには21歳という若さで親父と結婚して俺を産んだ現在38歳の専業主婦にして俺の母親、広川洋子が今日の夕食を作っている姿がそこにはあった。
息子の俺が言うのもなんだが同年代の女性と比べてもなかなかの美人である。
「お袋ー。」
「なーにー?」
「ただいま。」
「な、なによいきなり。ついさっき学校から帰ってきたばかりじゃない。」
(この一言で俺はもとの世界に帰って来たんだなって改めて実感できる。)
「ああ、そうだったな。すっかり忘れてた。」
「もう、しっかりしてよね。もう高校生でしょ。」
「へいへい。それより今日のご飯何?」
「今日はあなたの大好きな唐揚げよ。」
「マジ?やったー。」
(こんな感じで家族と過ごすたわいもないありふれた日常が当たり前にあるって本当に幸せなことなんだな。)
そう心のなかで思いながら和彦は出されたオムライスを食べる。
こうして勇者召還に巻き込まれた一般人、俺こと広川和彦は当たり前の日常をこれからも過ごしていくのだった。
しかし、この時の和彦はまだ知るよしもなかった。魔王を倒して帰還した後こそが本当の始まりだと。これから彼の身に起こる様々な奇想天外じみた出来事を。そして、陰陽師といった現代異能を司る者たちとの戦いを。
「お袋ー、ご飯おかわり。」
「はいはい。にしてもよく食べるわね。そんなにお腹空いてたの?」
「まあな。それにしても、やっぱりお袋の飯は最高だ。」
「ふふ、変な和彦。まるで久しぶりに食べたような言いぶりね。」
このあとも何気ない日常は続いた。これからも続いていくのだと思うとほっとする。当たり前ってなんと素晴らしいことだろう。俺の奇妙な物語はこれにて完結…してほしかった。
「…さて、やるとするか。」
夕食を終え、入浴を済ませた和彦は二階に上がり自室に入ると部屋の鍵を閉め、窓の外に誰もいないことを確認するとカーテンを閉じた。
和彦がここまで周りを入念に警戒するのにはれっきとした理由がある。それはさっきのエロ本のことだ。和彦はさっき、綿密な計画(窃盗、年齢詐称などの犯罪行為)を立ててやっとの思いで手に入れたお宝をいざ読もうとしたが夕食のため中断された。幸い洋子は1階にいたためエロ本に気づかなかったからよかったがもし俺を呼ぶために二階に上がってきていたら今頃没収されていただろう。
「これで邪魔者は俺の部屋に入れない。カーテンで外部との交流を完全にシャットアウトした自室。さらに親父とお袋が完全に寝静まった夜中の11時。エロ本を読むには最高の環境だ。えーと、ハサミはっと…あったあった。」
和彦は机の引き出しからハサミを取り出す。
「ふっふっふっふ。この時をどれだけ待ち望んだか。いざ、開封!」
和彦はハサミを器用に使いエロ本をうっかり切ってしまわないように梱包されている紙だけを丁寧に切っていく。そうして切っていくうちにエロ同人誌がその姿を現した。
「さて、読むか。ふむふむ、女だけで構成された勇者パーティが魔王を討伐するための旅をしている途中にオークの群れに襲われるって話なのか。表紙の女の絵がめちゃくちゃエロくて俺のタイプだったから買ってみたはいいが肝心の漫画が面白くない。っていうか全然エロくない。なんか拍子抜けだな。」
和彦はエロ本の中身が自分の思っていたものとだいぶ違っており、少しがっかりした。
「興が冷めた。さっさと寝るか。」
そう言ってベッドに敷いてある布団に潜る。
(エロ本の中に出てきた女魔導師が魔法使ってたっけ。にしても魔法か。思えば、異世界にいた頃はひたすら魔法の修行ばっかりだった。師匠は元気にしてるかな、あの世で。)
和彦は自分の魔法の師匠であるアークリアとの日々を懐かしむ。脳裏に浮かぶのは勇者召還に巻き込まれ途方にくれていた自分を見捨てないで真剣に向き合い魔法の使い方を教えてくれた時に優しく時に厳しい師の顔。
(そういえば異世界では当たり前のようにバンバン魔法使いまくってたけどこの世界ではどうなんだろうな。)
魔法は現実世界に様々な事象改変(要するに火を起こしたり物を凍らせたりすること)を起こすことができる。
人間なら誰しもが体内に持つエネルギー、魔力を消費して発動するため現実世界でも理論上は使えるはず。
和彦は気になった。自分が今まで師匠のもとで培ってきた魔法が使えるのかどうかを。そして、どのくらいまで発動できるのかを。
「…試してみるか。えーと、確か呪文は…あっ、思い出した。炎よ、その姿を見せよファイヤーボール。」
和彦はベッドから起き上がり床に立つ。そしてどこからか杖を取り出したあと右手を天井にかざし最初に覚えた一番使い慣れた馴染み深い魔法を鮮明にイメージし発動させる。しかし、なにも起こらなかった。
「まぁ、そうだよな。流石に発動するわけないか。」
そう言って天井にかざしていた手を下ろそうとしたとき、野球ボールほどの大きさで球体の炎塊が作られそのまま天井に穴を開けて飛んでいきドカーンと言う音を立てて上空で爆発した。
「…へ?」
あまりにも突然な魔法の発動と天井に穴が空いたことに和彦はただただ呆然としながら天井から入ってくる夜の冷たい風にその身をさらけ出していたのだった。
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