4話 破滅へのカウントダウン
「ちょっと待ってください、准将っ。たった6人だけで、地球人類の新たな移住先を探しに宇宙へ出発? それも明日って……オレたちの意志は関係ないんですかっ」
一通り説明を終えた准将に、声を荒立てたのはメカニックの鬼。赤髪のシモン・クリード中尉だ。
そして、彼には兄のように慕う恋人のような存在の女性がいるのである。
「そうですよっ。惑星移住研究開発機構だかPIXAだか知りませんけど、それも明日だなんていくら何でも話しが急過ぎますよっ。大気圏突入の際に身体にかかるGへの負担や、それに耐えられるだけの訓練時間だって……ろくに与えられていないじゃないですか? 無重力の宇宙空間でミッションをこなす練習だって、必要な筈でしょうっ」
サトシもフィリップ・カッセル准将に息巻いて詰め寄る。
しかし、一見反論しているような彼の言葉には、むしろ行く前提の話しであるかのようにも取れた。
そう……いま彼の中では、7年ぶりに再会したセイラと一緒に仕事をできるのが楽しみだという気持ちと、一方で彼女が実の母親と引き離されてしまうという気持ちが錯綜していたのだ。
すると准将は落ち着き払い、ゆっくりとその重い口を開いた……。
『諸君、言いたいことはそれだけかね……それでは質問に答えるとしよう。まず、忘れているようだから説明するが、この社会において劣性の者たちの意志が尊重されることは基本的にない。たとえその後に市民権を与えられたとしても、恋人や家族がいたとしても……だ。そして、現在諸君らに肉親の家族は
ッ……!?
『そうした経緯を踏まえ、諸君らが持っている稀有な技術が……』
「えっ……今、なん……だって? だってセイラには実の母親が?」
サトシが唖然とした顔で隣にいる彼女の方を振り返ると、いつも元気なセイラが悲しげな表情を浮かべていた……。
「いいの。もう終わったことだから……もういいのよ。ありがとう……」
そう言うと、彼女はサトシの手の上にそっと自分の手を乗せた。
その様子を見てサトシは、病弱だった彼女の母親がもうすでにこの世から他界しているのであろうことを察し……それ以上何も聞こうとはしなかった。
ただ顔を伏せ、彼の手の上に乗せられたセイラの儚げな手の温もりに、優しく心を通わせた。
さすがに今この場で表立って、彼女の傷ついた心を抱擁してあげるに相応しい場所ではないからだ。
『……それと、大気圏へ突入する際に身体にかかるGへの負担や、それに耐えられるだけの訓練時間も、無重力空間でミッションをこなす練習時間もない……そう言っていたな、サトシ・ブライトン君?』
「あぁ、は……い」
まだミッションのすべてを受け入れた訳ではないが、今の彼に反論しようという気はすでになく、今はただ話に耳だけを傾けていた。
『確かに……そういった問題は、ひと世代前のスペースシップであれば、その必要もあっただろう。だがそのような懸念も、ヒッグス粒子を解明した技術を用いた最新鋭の宇宙母艦〈つくよみ〉にとってはいらぬ心配だ。これに搭載された様々な技術を持ってすれば、まったくずぶの素人を乗せて宇宙に行くことさえも可能となる。そしてこのミッションのサポートには、常に我々PIXA本部が付いていると思え。なぁに、そんなに難しい任務ではないだろう……随分と辛い思いをしたあの作戦と比べると。違うかね? バール・グラント元中佐……』
「っ…………!」
准将が言い放ったその言葉に、血の気が一気に引いたように青ざめた顔で肩を強張らせたのは……一切反論もせずに聞き入っていた武人のスキンヘッドの黒人の男だ。
その過去に、彼が一体どれ程の惨状を経験したのだろうか……その尋常ではない表情が、真実を物語っているようだった。
『そちらの2人は、何か他に聞きたいことはないかね。今ならば、質問することを許可しよう』
それまで何の意見もなく全く関心がないのか、ほぼ無反応だったのは2人だけ……。
1人は緑色の髪を真ん中に分け、メガネをかけた20代後半くらいのスラッとした男。
そして、紫色の髪で片目を隠したようなアシメショートに、褐色の肌がセクシーでどこかミステリアスな雰囲気の女性。こちらは緑髪の男より少しだけ若いようにも見える。
2人とも共通していることと言えば……准将の話しを聞いているようではあったが、何を考えているのかまるで感じ取れなかった。
『無いようだな……まぁ、そこの2人は少し訳ありでね。諸君ら4人が来る前に、ある程度の説明はしてある。概ね理解しているということだろう……そして諸君らの階級は、このミッションにおける職務上の必要性から降格前に戻すことにしてある。あぁ、それとここまでの内容はすべて
「「「えぇ……っ?」」」
『まぁ、いずれ係りの者がここに来る……この施設内と、出発前までの諸君らの部屋を案内してくれるだろう。ふふふ……それでは諸君、改めてPIXAへようこそ……』
そう言うと、フィリップ・カッセル准将は6人を見事言い負かし、別のエレベーターシャフトを使ってブリーフィングルームから出ていった……。
「……ざけやがって、自宅に帰すことはできないだと? おいっ、あんたたち2人も……言いたいことは本当に何もねぇのかよぉっ」
先に口火を切ったのはツンツン頭のメカニック、シモン・クリードだ。
彼はまったく意見も質問もしなかった残りの2人に、行き場のない憤りも合間って、苛立ちを隠し切れない様子だ。
「よせ、シモン・クリード大尉……彼らにも何か深い訳がある筈だ。それに少し前に一度説明を受けていると、そう准将も言っていただろう」
彼を説き伏せようとしたのは、艦長を言い付けられたバール・グラントである。
「あぁっ? あんたもバルカン半島の英雄だか何だか知らねえけど、こんな訳の分からねぇ命令でも素直に従うってのかよ。それとも上に逆らう度胸がねぇってのか、このツルッパゲがぁっ」
ッ――!?
「何だとおっ、この若造がぁ……」
「――もぅ、やめてよぉぉぉっ」
2人が激昂し、今にも一触即発という事態になろうとしたその時……さっきまで気が沈んでいたセイラが、その間に割って入った。
「もう地球に住めなくなっちゃうんでしょ……なのに、その私たちがこんなところでケンカだなんて……こんなことなら、新しい惑星に移住したってまた戦争を繰り返すだけじゃないのっ」
正論である……人類の歴史とは、常に血塗られた戦争の歴史でもある。このことは2121年の今の地球においても、各地の紛争や環境テロに至るまで、未だ人類はこれらすべてを平和的に解決することができないでいたのだ。
「あら、ボケっとした子かと思ったら……意外と的を突いたことを言うのね、あなた気に入ったわ。そうよ、戦争ってのは……いつだって常におバカな男たちによって引き起こされるものなの。後に残される女たちの気持ちなんて、気にも止めずにね」
「「……くっ」」
更なる追い討ちで正論を突いて来たのは、あの准将の話しさえも無言で聞いていた……紫色の髪で片目を隠し、褐色の肌がセクシーなアシメショートのミステリアスな女性だった。
そういった類いの話しを痛いほど分かっている軍人だからこそ痛感したのか、2人は思わず絶句していた。
もしくは、恋人のような存在がいるシモンは元より、バールにもかつて年の離れた妹がいたということは後になって知ることとなる。
「挨拶が遅れたわね。ワタシの名前はレジーナ・エルザ、民間人で医者をやっているわ。レジーナと呼んでちょうだい」
「ありがとうレジーナさん、私セイラって言います。本名はセイラ・エンヴィディア、言語学者ですがたまに交渉人とかもやっています。あ、こっちは幼なじみのサトシです」
「よろしく、レジーナさん。今は事務員やってますけど、前はしがないパイロットをしていました」
「えぇ、どうりで飛行時にかかる人体への影響などについても、詳しく知っていそうだったものね」
「いやぁ、そんな……けど、驚いたのはあのセイラが言語学者や、交渉人なんてやってるなんてなぁ」
「やだもぅ、サトシってば……」
レジーナが2人の仲裁に入り、これを上手くセイラがまとめたことで修羅場になるのを防いだだけでなく、一気に場を和ませた。
これによって、シモンとバールは牙を抜かれた獣のように、しゅんと大人しくなってしまった。
「ちょっと失礼されてもらうけど、先ほどの彼女の言葉に1つだけ指摘させてもらうよ。地球に住めなくなっちゃうかも知れない……じゃないんだ。そのエックスデーは、間違いなく来るとだけ言っておくよ。10年後にね……」
ここに来て、また議論を振り出しに戻したのは……未だ沈黙を保っていた真ん中分けの緑髪に、メガネをかけスラッとしたあの男である。
堪りかねたサトシは、彼にこう問い正す。
「何だってわざわざ、そんな釘を刺すようなことを。いま折角……」
「折角、場が和んだのに……とでも言うつもりなのかいキミは? 言っておくが、これは紛れもない事実なんだ」
「何だってあんたは、そこまで……」
「何故なら……その結論を導き出したのが、この僕だからだよ」
「「「「な、なん……だって?」」」」
「もっと正確に言うと、僕と僕の会社が製作し開発したスーパーコンピュータ……だけどね」
「あ、あなたは……じゃあ、まさかっ?」
皆の視線が、彼1人に集中する。
そう、彼こそが今の状況を生む引き金となった正に張本人と言ってもいいだろう。
それは……サトシが今朝のニュースで見聞きし、そのずっと以前から応援してきた人物でもある。
【彼】は今の今まで、ただの一度もその姿を公の場に曝したことはなかったのだ。
「IT業界の革命児とか呼ばれていたけどね。あぁ、そうさ……この僕がベルスロート・ゼフィオン本人だ。そして僕の会社【ユニバーサル・コーポレーション】が政府から協力を申し出られ、最新型のスーパーコンピュータ【ユニバース】を使い、その来るべき終末への計算結果を弾き出してしまったのは、今から半年ほど前のことだ。さらに昨日、僕が発足させ援助していた非合法NGO団体【国境なき孤児院】は、奴ら政府の犬に見つかってあいつらの管理下に置かれ……後はご覧の有り様って訳さ。どうだい、これで満足したかい」
「っ…………!」
皆、何も口に出す言葉がなかった……。
そう……ここに集められた6人は皆、大きな失態を犯した過去や複雑な事情を抱え、今や政府に従うしかない状況になっているのかも知れない。
そしてたとえここから逃げようと、10年後に迫った世界全人類30億人もの人々が、優性の者も劣性の者も等しくこの死のカウントダウンからは誰も逃れることはできないのだ。
もし選択できるとするならば、ただ待つか。或いはこのミッションに僅かでも望みを賭け、自分たちで希望を切り開いてみせるか……それしかないということを、皆十二分に思い知ったのだから……。
ブゥウン……!
『皆さぁん、お待たせしましたぁ。これから皆さんを施設の中へご案内いたしまぁす』
先ほどフィリップ・カッセル准将が出ていったエレベーターガレージから、場違いなほどテンションの高いPIXAスーツを着た係りの女性らしき人物が、部屋に入って来た。
「おそらく、准将が言っていた係りの者だろう……」
ベルスロートが、進むか逃げるか。そのどちらの判断を選択するか、まるで催促するかのように促した。
「あぁ、分かったよ……案内してくれ。それと宇宙母艦〈つくよみ〉を改めて見させてほしい」
いち早く決断したのは、その艦長となるバールだった。
「「「「よろしくお願いしますっ」」」」
残る4人もこれに続くように賛同し、エレベーターガレージへと向かった。
「はぁあい……ではこちらへ、どうぞぉ……」
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