パーティー会場へ


 そしてついに、仮装パーティー当日。


 夕方になり、なんとか準備を終えた私にザックがあるものを差し出した。


「はい、会場に着く前にはこれを着けろよ」


 渡されたのはなんと小猿を模した仮面。顔を全て隠すタイプなので、これをつけると完全に小猿に見えることうけあいだ。


 私は愕然とした。


「なんで小猿なの!?」

「お前にピッタリだから」


 ザックは真顔でそう言い捨てた。


 なんだってー!?


「きっと似合うよ」


 ルトはにこにこしながらそう宣った。


 ……嬉しくないよ!


「こういうのをつけてる方が知らない人にダンスに誘われにくいだろ?」


 ザックにそう言われて、う、と言葉に詰まった。

 確かにあんまり絡まれるとボロが出るので困る。


 うう、せっかくドレスを着て髪も可愛くしてもらったのに。

 私はがっくりと肩を落とした。


 そう、私は今生まれて初めて着飾っているのである!


 ドレスはザックの店の商品からルトが見繕ってくれたらしい。

 昨日このドレスを渡された時、『本当はオーダーメイドにしたかったんだけど、時間もなかったし、あんまり目立つわけにはいかないしね』と言っていたけれど、オーダーメイドなんてとんでもない! このドレスですら恐ろしくて値段聞けないのに!


 それにこのドレスだって十分素敵だ。

 キラキラした石をちりばめたAラインのスカートにはたくさんの滑らかな布が使われていて、くるりと回るとふわっと翻ってとても優雅に見える。腰についている大きなリボンは、繊細な素材だからか子供っぽくなく、でもとても可愛い。首元まで繊細なレースが施されているし、胸元に使われているたっぷりのフリルは私のまだ子供っぽい体型をカバーしてくれている。


 紫色の服なんて着たことないから、紫のドレスを出された時はびっくりしたけれど、結構似合ってるような気がする!


 試着したら、ルトも満足そうに『似合ってるよ』って言ってくれたし。


 ザックはなぜか呆れた目線をルトに向けていたのでもしかしたらお世辞だったのかもしれないけど、私が気に入ったからいいんだもん!


 私の髪は短いので鬘にしようか、という話になって、用意されたものを被ってみたんだけど、これが重すぎた。


 こんなのつけて踊ったりできない! ていうか歩くだけで首が疲れる。鬘職人さん、これ絶対要改善ですよ!


 でも、貴族女性で私みたいに髪を短くしている人はいないらしい。どうしようか、と悩むことになり、私は物は試しと思いながら言ってみた。


《髪を伸ばして》


 すると、私の髪はあっと言う間にぶわりと腰くらいの長さまで伸びた。これには驚いた。これは珍しい魔術だったのか、ザックとルトは驚愕していた。ルトなんて固まったまましばらく動かなくなって、ちょっと面白かった。



 そして無事鬘を回避できた私は、今日、自分の髪を複雑な形のハーフアップに整えてもらったのだ。さらりと肩を流れる自分の髪がくすぐったくて、変な感じ。


 でもやっぱり癖毛だから手入れが面倒なんだよなぁ。今は綺麗に櫛で梳いてもらったのでさらりと流れているけれど、朝起きたらすごく広がるんだよね。これが終わったらまた切ろう。毎日この長さを梳かしてなんていられない。


 因みに使用人たちは完全に沈黙を通してくれていた。使用人とは主人がおかしなことをしていても突っ込んで聞いてきたりしないものらしい。みんな素晴らしいプロ意識だよね。


 仕上げに綺麗な髪飾りをつけて、私は見事変身を遂げた。

 薄くメイクもしてもらったので、もはや別人である。


 部屋に入ってきた時、ルトに『……見違えた。綺麗だよ』なんて言われたものだから、顔が熱くなりすぎて死ぬかと思った。綺麗だなんて生まれて初めて言われたよ。因みにザックは『化けたなー』という言葉をくれた。


 ……嬉しくないよ!


 そんな感じでせっかく綺麗にしてもらったのに、この小猿の仮面。台無しである。


 完璧に仕上げられたドレスや髪型とのミスマッチ感がすごい。

 所々に宝石っぽいキラキラした石があしらわれているので無駄に高価そうなのもおかしくない? こんなのどこに需要があるの?


 対してザックとルトの格好ときたら!


 ザックはいつも雑にしばっている赤髪を艶やかな金のリボンで綺麗にまとめて横に流し、なんだか爽やかな好青年に見える。


 複雑な刺繍が施された明らかに上等なジャケットをさらりと着こなす様はどう見ても貴族の子息だ。見事な変身ぶりである。


 因みに仮面も格好いい。ずるい。


 ルトに至っては眩しすぎてちょっと直視できない。

 髪は整髪料で少し後ろへ流すように整えられていて、美人度が上がっている。よく見るとザックとお揃いの綺麗な石のついたピアスをそれぞれが片耳につけていて、とてもオシャレだ。


 真っ黒でどこか厳かな雰囲気を醸し出す襟の立ったマントで体を覆っているけれど、ちらりと見えるジャケットの正装姿が美しすぎて言葉が出ない。滲み出る色気も増している。天然色気魔人にさらに上の段階があったとは。


 ごめんなさい。元が違いすぎました。ちょっと私綺麗かもとか思ってすみませんでした!


「では美しいお嬢さん。どうか私にあなたをエスコートする栄誉を与えてくださいませんか」


 ルトが跪いて手を差し出した。


 ひぃーやめてぇ!


 美しいとかルトが言うと嫌味ですからー!

 いや、これは形式上言っているだけ。本気にして動揺しちゃダメだよ、私!


「ま、まあ、ありがとう存じます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 なんとか言葉を返して、ルトの手を取る。お嬢様言葉、これで合ってるかな?


 くそうザック、ニヤニヤしながらこっち見るなぁ!


 ルトが立ち上がって、私の胸元に濃い紫の造花を差してくれた。綺麗だけど、もう飾りは十分だよ?


 きょとんとルトを見上げる。


「お守り」


 ルトはそう言ってにっこり笑った。



◇◇◇◇◇


 侯爵邸に向かうため、馬車に乗り込む。


 うわぁ、私、生まれて初めて馬車に乗っちゃったよ!


 しかもたぶん、すごくいい馬車なんじゃないかな、これ。外装も内装もすごくオシャレだし、椅子がふっかふかだよ。


 ザックが用意してくれたらしい。さすがリングランド商会のお坊ちゃん。


 ルトが私の向かいに乗り込んだ。


「あれ? ザックは乗らないの?」


 外側からドアを閉めようとするザックに問いかける。


「俺は別の馬車で行く。別行動した方が都合がいいからな」


 そう言ってばたんとドアを閉めた。


 そっか。多方面から視認できた方がいいもんね。一緒に行って連れだと思われない方がいいってことかな?


「ザックは一人で行くの?」

「今回は多少危険を伴うからね。部外者は連れて行かない方がいい」


 あ、そうだよね。


「あいつにエスコートしてほしい令嬢はたくさんいるだろうけどね」


 なんだってー!?


 ザックってば一応私と同じ平民なのに、貴族令嬢にまでモテてるの!? まああれだけ外見が良くてお金持ちなら、そうなるのか……。これを格差っていうんだね。


 馬車が動き出し、思わず死んだような目で離れていくザックを眺める。


「……ザックが気になる?」

「へ?」


 思いがけないことを言われて、言葉につまってしまった。ぽかんとルトを見つめる。


 ルトもじっとこちらを見るものだから、なんだか目を逸らせない。


「……俺ね、ずっと憧れている人がいて」


 ルトがふっと視線を逸らし、ぽつりと呟いた。


「絶対に、俺の手に入るような人じゃなかったんだけど」


 あぁ、スターリン公爵令嬢のことかな?

 やっぱり、ずっと憧れてたんだね。


「その人がもしかしたら手が届くところにいるのかもって思ったら、……どうしても欲しくなっちゃうよね?」


 ルトの視線が、鋭さを増して私に戻ってきた。口元は微笑んでいるように見えるけれど、目に意思の強さを感じて、私は金縛りにあったみたいにあったみたいに動けなくなった。


 どういう意味なのか、どうしてそれを私に言うのかわからないけれど、もうルトは何としてもその人を手に入れると決めたんだろうな、と感じた。

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