閑話 アデライドの話(sideアデライド)
わたくしは、アデライド・スターリン、十歳です。
おかあさま譲りの水色の髪と、おとうさま譲りの藍色の目は、わたくしのお気に入りなの。
実はわたくし、フェリアエーデンに三つしかない公爵家のひとつ、スターリン公爵家の末娘なのです。はぁ、ずいぶん重い立場に生まれてしまったものだわ。
先日、無事洗礼式を終えました。
公爵家にふさわしい魔力があるとわかって、ひと安心。
わたくしには兄と姉が一人ずついるのですが、二人とも優秀なのでわたくしは大変なのです。二人に比べて出来が悪い、なんて言われないよう、淑女レッスンにしっかり励まなければならないのですもの。
でも今日ばかりは、レッスンを頑張ってきてよかったと思いました!
今日は初めてお城に行って、王族の方々にご挨拶をしなければならないのです。洗礼式を終えた上級貴族は、必ずご挨拶に伺う決まりだかららしいけれど、面倒な規則があったものですよね。
「お初にお目にかかります、スターリン公爵が次女、アデライドと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」
よしっ、口上も、カーテシーもきちんとできました。
にっこり微笑むのも忘れてはいけませんね。
国王陛下と王妃様のそばには、第一王子殿下と第二王子殿下がいらっしゃいます。
第一王子はお身体が丈夫でないと聞いていたけれど、今もお熱があるのかしら? お顔が赤い気がするわ。
第二王子が半目でそちらを見ていらっしゃるけれど、落ち着いておられるから心配ないのかしら。
それから、王子二人と年が近いからという理由で、お話相手にと時々お城に呼ばれるようになりました。
第一王子のアレクサンダー様はひとつ年上で、第二王子のフィルハイド様はひとつ年下です。もちろん他にも年が近い子供はいますけれど、わたくしが選ばれたのはきっと一番身分が高かったからでしょう。
「アデライド嬢は勉強をとても頑張っているんだね」
ある日、感心したようにアレクサンダー様が仰いました。
「そんなことはございませんわ。いつも必死に家庭教師の言葉を聞いているだけなのです」
「ううん、それがすごいんだ。年下の君が父上の前で素晴らしい挨拶を見せた時、君のことを尊敬したんだ。堂々として、凛としていて、とても綺麗だった。それだけでなく、話をしていてとても頑張っているのがわかったよ。僕は勉強が嫌いだったけれど、君に負けてられないから、頑張らなくちゃって思ったんだ」
はは、と照れくさそうにアレクサンダー様は笑いました。
わたくしは、ぶわっと頬に熱が集まるのを感じました。
そんな風に褒めてもらったのは初めてで、今まで頑張ってきたことが一気に報われたような気がしたのです。
それから、アレクサンダー様とお話する時間が、わたくしにとって大切な時間となりました。フィルハイド様は早々にわたくしの想いに気がついたようで、アレクサンダー様と二人きりにしてくださることが増えました。もちろん侍女たちはそばにおりますけれど。
フィルハイド様は本当に賢く、人の心に聡いお方です。わたくし、感謝しなければいけませんね。
わたくしも十二歳になり、魔術学園の中等部に入学し、魔術を学ぶことになりました。
アレクサンダー様は生まれつきお身体が弱く、よく伏せっていらっしゃいます。魔術学園もよくお休みになっておられるみたい。
なんとかお力になりたくて、わたくし、癒術を磨くことにしましたの!
幸い光の魔術適性はあったようで、軽い発作なら押さえることができるようになりました。
けれど、まだわたくしの癒術では完治させることはできないのです。もっと癒術を勉強して、いつか治してさしあげたい。
魔術学園で教わったところによると、癒術を磨くには、さらに高度の術を使うため、魔力の扱いを向上させなければならず、それには回数をこなして慣れさせることがいいそうです。
ならば、病院や教会を回って怪我や病気の方々にどんどん癒術をかけてさしあげればいいのではないでしょうか!? 我ながら名案です!
そんなことをしていたら、十四歳になる頃にはわたくしはなぜか聖女と呼ばれるようになっていました。わたくしはアレクサンダー様のためにしていただけですから、なんだか申し訳ない気持ちになりますね。
そうして癒術を磨いたり、淑女としてのレッスンをこなしたりと頑張る中、アレクサンダー様との逢瀬はわたくしの癒しでした。もう、彼なしでは生きていけないかもしれません。
「アディ、君が好きだ」
十五歳の誕生日、お顔を真っ赤にしたアレクサンダー様から花束を差し出しながらそう言われた時、わたくしは喜びで天に昇ってしまうんじゃないかと思いました。
いえ、実際、一瞬昇っていたのかもしれません。
気がついた時には、アレクサンダー様がわたくしを抱き起こして手を握り、必死にわたくしを呼んでいましたから。
再び昇天するかと思いました。
そして、夢のような日々が始まりました。
まさか、アレクサンダー様もわたくしのことを想っていてくださったなんて!
本当に夢のようで、何度も確認したくなっても仕方がないですよね?
「アレク様、好きです」
お茶会の途中、我慢できずアレク様を見つめながら唐突にそう言うと、アレク様は驚いたような顔をして、少し頬を染めながらにっこりと笑ってくださいました。
「僕も好きだよ、アディ」
……あぁ、幸せです!
お優しいアレク様は、わたくしが何度「好きです」と言っても、「僕も好きだよ」と返してくださいます。
フィルハイド様が毎回呆れた視線を寄越してきますけれど、幸せすぎて、こればかりはどうしても止められませんね。
でも、そんな日々は長く続きませんでした。
十七歳になり、わたくしの魔術学園卒業が見えてきて、婚約者を決めなければならなくなってきたのです。
両親にはアレク様のことはお話しているし、身分的にも政治的にも問題はないはずなのに、なぜかなかなかお話が進みません。わたくしはやきもきしながら日々を過ごしました。
「アデライド、よくやっているようだな」
国王陛下と王妃様にお茶会に呼ばれ、お言葉を賜りました。
たまにこうしてお茶をご一緒させていただくようになったのですが、やっぱり少し緊張しますね。
「恐れ多いお言葉でございます。けれど、わたくしは自分にできることをしているに過ぎませんわ。まだまだ力不足の身、一日も早くアレクサンダー様を完治させられる癒術師になれるよう、さらに研鑽を積んで参ります」
笑顔でそう言うと、国王陛下と王妃様のお顔に陰りが生まれました。
「うむ……アデライドよ、私たちは、そなたのことをとても評価している。努力家で慈愛に溢れ、国民に慕われている。息子との仲も悪くない。いずれは王太子妃に、と思っているのだ」
「まあ……!」
わたくしは喜びに目を輝かせました。
なんてこと! アレクサンダー様との仲を陛下たちに認めていただけるなんて! これできっとわたくしの両親にもお許しがいただけるはずです。
あぁ、こんなにうまくいっていいのかしら?
「では受けてくれるか、フィルハイドとの婚約を」
「……え?」
フィルハイド様と?
「……今、王位継承権第一位は第一王子であるアレクサンダーにあるが、昔から身体が弱いだろう。最近は起きられる日の方が少ないほどだ。宮廷医師たちによると、これ以上良くなる見込みはないらしい。……それどころか、このままでは余命幾許もないそうだ。これまでは様子を見て王太子を決めずにいたが、こうなった以上、王太子はフィルハイドだ」
目の前が暗くなりました。
頭をがつんと殴られたような衝撃を受け、手足が痺れてきたように感じます。
アレク様の余命が、幾許もない?
添い遂げることも許されず、引き離されてしまうというのですか?
国王陛下がお望みになれば、わたくしには断る術はありません。わたくしはフィルハイド様と婚約することになるでしょう。
その時から、今まで聞こえなかった不思議な声が聞こえてくるようになりました。わたくしを闇の中にひきずり込もうとするような声です。
嫌です!
わたくしは、ギリギリまでアレクサンダー様と共にいたいのです。アレクサンダー様も、きっと同じ想いでいてくださるはずです!
「アディ、君を祝福するよ」
……今なんとおっしゃって?
「君は素晴らしい女性だよ、まさに王太子妃にふさわしい。僕のことは気にしないで、君ならきっと上手くやれる。フィルをよろしく頼むよ」
「……アレク様、わたくしは、あなた様をお慕いしております。わたくし、最後まで諦めたくありません。ずっと、アレク様のそばにいたいのです。アレク様は、違うのですか?」
体が震えるのを必死に堪え、一緒にいてほしいと、いつものように、僕も好きだ、と言ってくださるのを待ちました。
けれど、アレク様はもう、わたくしのことを諦めてしまったように、悲しげに微笑んで首を振りました。
「僕とこれ以上一緒にいて君の名誉に傷をつけるわけにはいかない。君が立派な王太子妃になることを願っているよ」
もう、闇に逆らう力はわたくしにはありませんでした。
もし残された時間が僅かだとしても、わたくしは最後まで一緒にいたかった。
わたくしの唯一無二の光、アレクサンダー様。あなたがいたからわたくしがあったのです。あなたがわたくしをいらないと言うのなら、わたくしもいらないわ。闇にのまれて、消えてしまえばいい。
そしてわたくしの意識は、闇一色になりました。
……どのくらいこうしているのかしら。
わたくしは闇にのまれて、ただ暗闇の中にいました。
もう消えてしまいたいのに、アレク様との思い出が、未練がましくわたくしを引き留めているみたいです。
でも、アレク様にいらないと言われたのだから、いい加減大人しく消えるべきですね。
『……』
あら? これはアレク様の声かしら。
空耳でも嬉しいわ。最後にアレク様の声を聞いて、もう眠ってしまいましょう。
「アディ、アディ、僕が馬鹿だった。お願いだからいかないで。君に幸せになってほしかったんだ。僕が君を王太子妃にしてあげたかったけれど、それは無理だから。でも嫌だ。君を離したくないよ、アディ。だから、どうか僕から離れていかないで……」
一筋、世界に光が差した気がしました。
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