協力者


『ねえおかあさん、精霊さんってかわいいねー!』


 小さい頃、自分の周囲に漂って話しかけてくる精霊たちのことを当たり前のものだと思っていた私は、母にそう言った。


『あんた何言ってるの? 精霊が見えるわけないじゃない』

『みえるよー! あかいのとね、あおいのと、きいろのと』

『あぁはいはい、お母さんは忙しいから後にして』


 いつも全く話を聞いてもらえなくて、それからも何度か精霊のことを口に出す度に両親からは気持ち悪いものを見る目を向けられた。


 私は、精霊が見えるのは変なことなんだ、と理解して、話さなくなった。

 精霊にお願いすると色々なことができることに気づいたけれど、誰も同じことをしていなかったので、誰にも言わなかった。母は薄々何かを感じていたようだったけれど。


 けれど、四歳になった頃のある日、住んでいた村を魔獣が襲った。


《ナディア、逃げてー!》

《魔獣がくるよー!》


 察知した精霊に焦ったようにそう言われて、私は急いで両親のところへ向かった。


『おとうさん、おかあさん、精霊が、にげてって! まじゅうがくるって!』

『なによ、最近は変なこと言わなくなったと思ったら、またなの? いい加減にしてちょうだい。縁起でもないこと言わないでよ』

『そうだぞ。村の中に魔獣が入ってくるなんてあるもんか。ちゃんと王都の騎士団の方たちが見回りをしてくれてる』


 うんざりしたように言われて全く取り合ってもらえなくて。


『ねえ、にげようよ!』


 ぐいぐいと服を引っ張っても、うっとうしがられるだけ。

 そうしている内に、魔獣が来てしまった。


『きゃああああ!』

『魔獣だあぁーーー!』


 両親は目を見開いて我先に逃げ出し、私はそれを一生懸命追いかけた。


 なんとか追い払った時には暴れた魔獣によって村は半壊、私たちの住む家も魔獣に潰されていた。壊れた家の前で呆然と立ちすくむ母は私を憎しみの籠った目で見下ろしながらこう言った。


『あんたが変なことをして呼び寄せたんじゃないの? だから魔獣が来ることを知ってたんでしょう! 何が精霊よ、気味が悪いわ、この嘘つき! 出ていって! もう顔も見たくない!!』


 私がショックを受けてすがるように父を見ても、そこには母と同じような目で私を見る父がいるだけだった。



 精霊のことは話しちゃいけない。


 それからはずっとそう思っていて、それを守ってきた。


 なりゆきでザックとルトに魔術を見せることになったけど、そんな、すごいって目で見られるなんて思ってなくて。


 望まれて見せたとはいえ、またあの拒絶の目を向けられるかも、とさえ思っていたのに。


 虹の魔術を見せたら、ザックとルトが壊れました。


 ザックは感動したような表情で「うおー!」「うおー!」って言いながらひたすら虹を見続けているし、ルトはなんていうか、私を見る目が明らかに変わった。猛禽類に目をつけられた獲物の気分になってくるんですけど!?


 し、視線が熱すぎるよ! 誰か冷やしてー!


「ナディア」

「ひゃいっ!?」


 かんだ。


 ル、ルトに初めて名前呼ばれた気がする。

ずっと「君」って呼んでたのに。


 ザックも虹の興奮から覚めて、びっくりしたように私とルトを交互に見ている。


「素晴らしい魔術を見せてくれてありがとう。君の力を全面的に信じるよ。ナディアは呪いをかけた犯人を見つけようとしてたんだよね。実は俺たちもなんだ。よかったら俺たちと協力しない?」


 え? なんと、そうだったのか。ルトたちも報酬目当てに? ケーキをごちそうしてくれるくらいだし、そんなに困ってなさそうだと思ってたんだけど、王家からの報酬はやっぱり桁違いなのかな?


 というか、なんだろう、この有無を言わせない感じ。


 正直、もうあの屋敷には近づきたくないんだけどな。


「あの、でも、もう犯人はわかったし、さっきみたいな人たちがまた来たら私じゃ何もできないし、報告だけにしようかなって」


 さっきはルトたちがたまたま助けてくれたからよかったけれど、思った以上に危険みたいだ。

 ローナと約束もしたし、危険な橋は渡らない方がいい。


「報告って、精霊のことを話さずにどうやって信じてもらうの?」


 うっ、そ、そう言われれば!


 「情報源は明かせないけれど」とかいうのはダメなのかな!?


 でも、おおっぴらに魔術を使わず犯人を捕らえるなんて私には絶対できないし、そもそもいきなり侯爵令嬢を縛り上げて、「この人が犯人です!」と言ったところで、証拠がなければ逆に私が捕らえられるんじゃないだろうか。


 さっきのゴロツキは口ぶりからしてきっと侯爵家の外敵排除要員なんだと思うし、そしたらきっと内部はさらに警備が厳しいだろうし、証拠なんて見つけられる気がしない。


 あれ? 私の計画ってそもそも達成不可能だったんじゃ……。


「精霊の証言以外何も証拠がないんじゃ、国も動きようがないよ。でも、俺たちにそいつが犯人だという確信があるなら、相手を罠にはめて捕まえることができるかもしれない。俺たちに任せてくれたら、舞台は整えてみせるよ。ナディアには、その舞台で犯人を指摘する役目を担ってほしい」


 ニヤリと笑みを浮かべながら、ひたと私を見据えるルト。


「精霊の力が使えるとはいえ、君みたいな女の子が危険だと分かりきってることに首を突っ込むなんて、何か理由があるんだろう? 今の状態じゃ、これ以上君一人でできることはほとんどない。今は孤児院にいると言ったね。ナディアの目当てが報酬なんだったら、全て譲ってもいいよ。俺たちには他の理由があって犯人を探しているから」


 えええ!?


 や、やっぱりルトたちは報酬目当てじゃなかったのか。報酬より大事な他の理由って何なのか、ちょっと気になるけど……自分から言わないなら、なんとなく聞いても教えてもらえる気がしないし、あんまり詮索するのも良くないよね。まあいいや。聞かないでおこう。


「どう?」


 ルトの勝利を確信したような笑みに少し悔しい気分にさせられた。


 確かに、犯人はあの令嬢だと私は思っているけれど、証拠は何もない。一人で証拠を見つけることなんてできるとも思えない。


 これ以上できることはないけれど、諦めてしまったら孤児院の経営状態はこのままで、さらに悪くなっていったとしても黙って見ているしかない。


 でも、ルトたちの整えた場で、呪いの元凶を指摘するだけなら私にもできる。


 むしろ私にしかできないから、ルトも報酬で私を釣ってきているんだよね。

 整った舞台で犯人を指摘するだけで報酬を全てもらえるなんて、私には良すぎる条件だ。


 ……やるしかない。


「わかりました。よろしくお願いします!」


 差し出した私の手を握った時のルトの笑顔になぜか寒気を感じたけれど、孤児院のみんなのため、お姉ちゃんは頑張るよ!!


 私たちのやりとりをずっと黙って見ていたザックは、なぜか可哀想なものを見るような目で私を見た。


 そうして、三人で協力して呪いをかけた犯人を捕まえることが決定した。



「精霊は、呪いの魔術具を感知しているのかもしれないね。魔術具そのものを感知するのか、発生した呪いの効果を感知するのかはわからないけれど……」


 ルトが思案顔でそう言った。


「呪いの魔術具?」


 初めて聞いた言葉に、私は首を傾げた。


「あぁ、ナディアも知らなかったのか。そう、呪いの魔術具。あんまり知られていないみたいなんだけど、呪いをかける魔術というのは確立されていないんだ。研究自体禁止されているからね。ただ、闇の大魔術師と呼ばれる男が呪いの魔術具というものをあちこちにばら蒔き、不要な火種を作り出しているらしいんだ。その魔術具に魔力を込めることで他人に呪いをかけることができるらしい」


 ルトは眉間に皺を寄せながら言った。


 そ、そうだったのね!

 なんてことするんだ闇の大魔術師このやろうっ!


 それにしてもルト詳しいな。さっきザックが研究バカだって言っていたけれど、魔術の研究をしているのかな?


 平民でもそういう人はたまにいる。貴族の方が圧倒的に多いけれど。


「だからその魔術具を壊すなり奪うなりすれば、呪いは解けるってわけだな!」


 ザックが頬杖をつきながらニヤリと笑った。


「でも、そんな危ない人、早く捕まえないといつか大変なことになるんじゃないのかな? その人のせいで、もし王様とかが呪いにかけられたら……」


 だって、その人が持つ呪いの魔術具があれば簡単に要人を暗殺できちゃうってことだよね?


「……いや、大魔術師と呼ばれるだけあって、捕らえるのは簡単なことじゃない。呪いの魔術具は確かに危険な物だけど、心を強く持っていれば呪いにかかることはないらしい。だから国家規模で大規模な捜索や破壊をする労力を割く必要もないだろうと半ば放置されているらしいよ。今回は、それが仇になってしまったようだけどね」


 はは、とルトは苦々しく笑った。


「ん? ということは、スターリン公爵令嬢は、最近何か悲しいことがあったんでしょうか?」


 私がそう言うと、ぴくり、とルトの目元が一瞬動いた。


「どうしてそう思うの?」


 ザックが少し驚いたような顔をして聞いた。


「だって、私は噂でしか知りませんけど、ご令嬢は癒術を使って活動的に病院や教会を回って、聖女とまで呼ばれるようになった方なんですよね? 簡単に呪いに負けるような人には思えません。でも今回呪いを受けてしまったということは、何かとても悲しいことがあって、心が弱くなってしまっていたのかなって」


 私が思ったことを言ってみると、二人がサッと視線を交わした。


「……そう、なのかもしれないね」


 ルトは無表情で呟いた。


 うーん、この反応、二人とも、何か色々知ってそうだよね。


 うすうす思っていたけれど、もしかして二人はお城で働く貴族だったりするのかな?


 お仕事だから、呪いを解こうとしているとか。

 二人とも大男をあっさりやっつけるほど強いし、騎士だと言われても驚かない。むしろ納得だ。


 もしかしたら、スターリン公爵令嬢のことも直接知っているのかもしれない。


 はっ! それで、美しく優しい公爵令嬢に密かに想いを寄せていたり……!?


 きっとそうだよ! 二人のどちらか、もしかしたら二人ともが彼女に恋心を寄せていて、報酬なんかいらないからなんとかして彼女を助けようとしているんだ!


 なんかすごく納得してしまった!


 一体どちらが、と探るように二人の顔を交互に見ていると、なぜか二人から残念なものを見るような目で返された。なぜだ。


 気を取り直して、飲みかけのお茶もどきを一口頂く。だいぶ冷めてしまったけれど美味しい。


「あの、でもそれなら、必ずしも犯人を捕まえる必要があるんでしょうか?」


 不思議に思ったのでカップから顔を上げて聞いてみると、ザックに「どういう意味?」と問い返された。


「聖女様の心配事とか、とにかく悲しまれている原因をなんとかして、心の強さを取り戻してもらえれば、呪いも解けないかなって思ったんです」

「……一理あるかもしれないけど、簡単に解決することなら彼女もそこまで落ち込まなかったんじゃないかな。きっと自分では、どうにもならないことだったんだよ」


 うーん、まあそうなんだろうけど。


「自分でどうにもならないなら、周りが解決してあげればいいじゃないですか。私だって今、一人では何もできないからお二人に手伝ってもらおうとしてるんですし。それに、完全には解決できなくても、周りが助けようと頑張ってくれるだけで嬉しくなって、強くなれる気がしませんか? そしたら呪いも弾き飛ばしちゃうかもしれないですよ!」


 完全に思いつきでペラペラしゃべってしまったことにふと気づいて、なんだか恥ずかしくなってきた。


「す、すみません。単なる思いつきです。呪いの魔術具を壊した方が明らかに確実ですよね。頑張りましょう!」


 ちらりと二人を見ると、やはりというか、あっけにとられたような顔をしていた。


 ルトは黙り込んでこちらを見つめ、ザックは「ナディアは一生呪いにかけられることはなさそうだな」と言って天を仰いだ。

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