ケーキと虹


「改めて自己紹介するね。俺はザック。十六歳だ」


 赤髪の少年が明るく言った。


「俺はルト。ザックと同じ十六歳だよ」


 銀髪の少年がにこやかに言った。


「あ、私は、十四歳です」


 二つ年上だったのか。

 もう少し上かと思った。二人とも背が高くて、大人っぽく見える。特にルトの方は。


「で、ナディアちゃん。俺たちが聞きたいことは何か、わかるかな?」


 にこやかだけれど、ごまかすことは許さない、という気迫を含んだザックの問いかけに、私は躊躇いながらも口を開いた。


「私が……どうして魔術を使えるのかってことですよね?」


 そう言うと、二人は少し納得がいかないような顔をした。


「君はさっき、魔術を使って俺を助けてくれたの?」


 ルトの問いかけに、私は仰天した。


 え!? あんなにはっきりと目の前で風の壁を出したんだから絶対にバレたと思っていたのに、実はあまりはっきり見えてなかったとか!?


 私、自爆した!?


 だらだらと冷や汗を流しながら今からでも誤魔化すべきか、と少し考えたけれど、嘘をことごとく見抜きそうなルトの静かで鋭い視線に射抜かれて、私は観念した。


「……そうですよ、たぶん、風の壁だったんじゃないかなぁと」

「たぶん? 君は見たところ貴族ではないよね? 魔術学園に通っているわけでもないようだけど、どうやってあそこまでの魔術を?」


 ルトの勢いにたじろぎながらも、なんとか答えを返す。


「ルトさんの言うとおり、私は貴族ではありませんし、魔術学園にも通ってません。無料で通える国立学校に通ってただけです。でも、使えるんです。物心ついた時には、使えてました」


 不可解な視線を受けながら追及されて、だんだん不安になってくる。


 ……やっぱり人さらいに売られたらどうしよう。一人で逃げられるかな。奴隷商では魔術封じの道具もあると聞いたことがあるから、それを使われたら困るかもしれない。


「おい、ルト」


 ザックに肩を叩かれて、ルトはハッと我に返ったように口をつぐんだ。


「わりぃな、ナディア。こいつは研究バカというか、自分の理解できないことはとことん調べないと気が済まないタチなんだよ」

「……バカとはなんだ、ザック」

「…………」


 ザックの言葉でルトのどこか張りつめた視線は緩んだけれど、なんだか不安になってしまった。やっぱり、話さない方がよかったのかな。


 俯いて黙り込んだ私の様子を見て、ルトは申し訳なさそうな顔をした。


「……ごめん。責め立てるみたいに聞いてしまって。そうだ、お詫びにケーキでもどう? いろんな種類があるみたいだよ」


 ルトがショーケースを指し示した。


 えっ、ケーキ!?


 ケーキって、まさか、フルーツがキラキラで可愛くて、いつか食べてみたいねって孤児院のみんなと言いあいながらそばを通り過ぎるのが当たり前の、あのケーキ!? これまた孤児院での食事三食分のお値段の、憧れのケーキ!?


 私の気分は一気に上昇した。


 そんなものをお詫びにくれるなんて、と感謝を込めてルトを見返す。目を輝かせている自覚はある。期待と喜びで頬が上気してきた気さえする。


 ザックの「ぶはっ」て吹き出すような声がまた聞こえたけれど全く気にならない。


 ケーキ食べたい!



 悩みに悩んで、フルーツが色々と盛られた「たると」というケーキを選んだ。


 これが一番、いろんな味が楽しめる気がしたのだ。

 よかったらもう一つどうぞ、と言われたけれど、さすがにそんなにもらうわけにはいかない。私はちゃんと遠慮というものを知っているのだ。


 席に持ち帰って、じっとたるとを眺める。

 可愛い。まず見た目が可愛いよね!


 こんなに綺麗に飾るには手間と時間と技術が必要だよ! うちでは絶対できない!


 一口食べると、フルーツの甘酸っぱさと土台部分のしっとりした甘みで口の中が一気に幸せになった。


 いや、身体中に幸せ成分が漲って、頭がぽうっとしてきた気がする。なんて美味しい食べ物なんだ!

 この世界にこんなに美味しいものがあったなんて!


 これを食べるためなら、本気で三食我慢してもいいかもしれない。

 めっちゃくちゃ美味しい~っ!


「……っ」


 感動に打ち震えながらもくもくとケーキを食べ進める。ザックもルトも私が言葉も発せないことがわかるのか、何も言わず見守ってくれている。


 それをありがたく思いながら、ケーキを平らげた。


「ごちそうさまでした。すっごく美味しかったです!」


 私は幸せな気分でフォークを置いた。


 はうう、至福とはこういうことを言うんですね。


「そうだろうね」


 くくく、と笑いながらルトが言った。

 面白いものを見た、とでも言いたげにザックも笑っていた。


「うまそうに食ってたな。俺も食べたくなってきた」

「さあ、どこまで話しましたっけ? 何でも聞いてください!」


 人生最高の時を提供してくれた二人にもはや何のわだかまりも感じなくなった私は、心からの笑顔を向けて言った。


「……君の将来が少し心配になったよ」


 ぽつりとルトが呟いた。

 私の将来まで心配してくれるなんて、ルト、やっぱりいい人だね!


「君は、どうしてあそこにいたのかな? なんだかこそこそ動いてるように見えたけど」

「!」


 魔術について聞かれると思っていたので、一瞬あっけにとられてしまった。


「あの、二人とも、あのお触れのことは知ってますよね? 公爵令嬢の呪いの件です」


 二人はもちろん、と頷いた。


「それで私もちょっと調べてて、あのお屋敷が怪しいと思って様子を窺ってたんです」


 遠くからちょっと見ていただけなのに、あんな風に取り囲まれるなんて。呪いをかけている犯人だから警備を強化しているのかもしれない。精霊たちが言うには、犯人はあの令嬢で確定みたいだし。


「どうしてあのお屋敷が怪しいと思ったんだ?」


 ザックが不思議そうに聞いてきた。

 えーと……まあ、もう言うしかないか。


「……精霊たちが、教えてくれたからです」


 今度ははっきりと、二人の顔が訝しげに歪んだ。


「私は生まれつき、精霊が見えるし会話もできるんです。私だってそれが珍しいことなのは知っています。そんな人、今まで他に誰にも会ったことがないですし。気味が悪いって思ってもしょうがないと思います。親でさえそう思ったようですから」


 私のあまり良いとはいえない生い立ちを察してか、二人はぐっと表情を引き締め、口をつぐんだ。


「でもいいんです。精霊たちに助けられたことはたくさんあるし、仲良くなれて嬉しいと思ってます。それに、今は孤児院でよくしてもらっていますから」


 私はできるだけ明るく言った。


 精霊が見えるとか話ができることは、ローナにも言ってないことだった。他の人には見えないんだから証明できないし、魔術が使えることしか教えていない。


「その精霊たちが、嫌な感じがするって教えてくれたんです。呪いの出どころも分かるみたいで。あの、別に嘘をついてるわけじゃないですけど、信じてくれなくても構いません。でもできたら、他の人には言わないでください」


 私はまた少し不安に思いながら二人を見つめた。


「……精霊は、君にはどんな風に見えているの?」


 ルトが静かに問いかけてきた。


 少し俯いて下に流れる銀髪の隙間から、紫の目が興味深げにこちらを覗いていた。


 信じてくれようとしているのがわかって、少し嬉しくなった。


「それぞれ少しずつ違うんですけど、みんな小さくて白っぽくて、目が円らで可愛いんですよ。色とりどりに光ってて、私が一人の時はふよふよと周囲を飛んで、話しかけてきます」

「じゃあ今は、精霊はいないんだ?」

「いないですけど、呼べば来ますよ。……呼びましょうか?」

「……お願い」


 ルトは、何かを堪えるようにテーブルの上で拳を握りしめた。


 ザックが気遣わしげにルトを見た。


《おーい》


 私がいつものように呼びかけると、ふわりふわりと精霊たちが姿を現した。


《呼び出してごめんね》

《どーしたのー? ナディア》

《なにか手伝うー?》


 まあ、呼んではみたけど、精霊たちが実際にここにいても私以外には見えないんだよね。


 ちらりと二人の顔を見た。

 ぽかんと二人揃って口を開けている。

 ふふ、ちょっと面白い。


「精霊語……?」


 ザックがぽつりとこぼした。


「ザックさん、わかるんですか? やっぱりそうなんですね。精霊に話しかける時は勝手にこの言葉になるので、そうなのかなって思ってました」


 あはは、と首をすくめると、

 二人は呆然とした表情で完全に動きを止めた。


 あれ?

 えーっと、どうしたらいいんだろうこれ。


「あ、あの、呼び出しはしましたけど、見えないですよね……?」

「……見えない。そこにいるの?」


 ルトの目が切なげに細められた。

 会いたくて仕方ない恋人に会えなかったみたいな、悲しげな表情だ。


 うっ。


 こんな時だけど、この人なんていうか、色気? がすごいな。男の人に、変かもしれないけど。


「手を貸してください」

「……?」


 不思議そうにしながらも、ルトは右手を差し出した。


「はい、今手の上にいますよ!」


 精霊を導いて乗せてみたけれど、やっぱりわからないのか、ルトは微妙な表情だ。


 うーんどうしよう、えーと、えーと。

 あ、そうだ。


《ルトに姿を現して》


 精霊にお願いしてみた瞬間、ルトが目を見開いた。

 初めてやってみたけど、どうやら見えたらしい。よかった!


 これからもあんまり他の人に言うつもりはないけれど、今回みたいなことがあればこれはまた使えそうだ。


「これが、精霊?」


 ルトは呆然としながら呟いた。表情筋が仕事をしていない。


「ちょ、なに? お前、精霊が見えてんの!? ナディアちゃん、俺にもやって!」


 ザックが身を乗り出して興奮ぎみに要求してきたので、同じことをやってあげた。


「うわ、すげぇ、なんか思ったより可愛い! 光ってる!」


 ザックはおっかなびっくりという感じに、精霊を指先でちょんと突いた。触れないので、指は素通りしたけれど。


「これが精霊なのか? これが喋るの? どんな風に!?」


 ザックは興奮しながら手のひらの上の精霊を色んな角度から眺めている。


 《二人に声を聞かせて》ってお願いしてみたけど、ダメだった。できないこともあるんだよね。どういう基準かわからないけれど。


「君は魔術も、物心ついた時から使えたと言ったよね」


 感情を何も表さない表情で私を見つめながら、ルトが尋ねてきた。


「俺も少し勉強してるんだけど、君が言う魔術は俺が知っているものと行使する方法が違う可能性がある。どんな風に使っているの?」


 え、そうなの?


 まあ私は魔術学園に行ったり本で勉強したわけじゃないから、ちゃんと習った人たちとはちょっと違うのかもしれない。


「えーっと、普通にお願いするだけっていうか……。じゃあ、何かやってみましょうか?」


 二人はこくりと頷いた。


 うーん、魔術を使うと言っても、ここはカフェ。

 あまり大したことはできないかな、と思いながらきょろきょろと周囲を見渡すと、ナディアたちのいるテラス席からは空がよく見えた。


 あ!


「いいこと思い付きました。空を見ててください!」


 顔を寄せて二人にこっそりと告げ、精霊にお願いする。


《虹を作って》


 すると、きらきらきら、と精霊たちが空を舞い、大きく虹の橋がかかった。


 これは私のお気に入りの魔術だった。

 虹が出てもおかしくない天気の日はこっそりとこれを使って、孤児院のみんなと虹を眺めるのが好きだった。


 通りを往く人々も虹に気づいたようで、次々と空を見上げて、「おぉ!」とか「すごい!」という声があがっていく。


 いつもは雨上がりにしかやらないけれど、たまにはいいよね。みんな喜んでるし!


 私は少し得意な顔でルトとザックに視線を戻すと、ザックの目は驚愕に見開かれ、感動したように目が輝いている。ルトに至っては、なぜか感嘆と崇拝が窺える熱い目でこちらを見ていた。


 ……あれ? どうしたの?

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