孤児院のために


「ナディア、ナディアー!」

「これみてー!」

「お城からね、兵士さんがきたのー!」


 子供たちが、ピラリと一枚の紙を差し出した。


【スターリン公爵令嬢が呪いを受けた。犯人を捕らえるか、もしくは特定、それに至り得る手がかりなどの情報提供者には相応の報酬を与える】


 公爵令嬢に呪い!? あ、大通りでの騒ぎはこれが原因だったのね!


「ああ、それねぇ」


 院長先生が覗き込んできた。


「スターリン公爵令嬢って、聖女って言われてる人だったよね?」


 確か、魔力が豊富で、得意の癒術を活かして慈善活動をなさってて、平民の間では聖女と呼ばれ親しまれている素晴らしいご令嬢だと聞いたことがある。


「それだけじゃないわよ、次期王太子妃だって言われているから、王家も必死で呪いを解こうとしているんでしょうね。王太子はフィルハイド様に決まりみたいだから、フィルハイド様の婚約者ということになるのかしら」


 へえ、フィルハイド様って確かこの国の第二王子の名前だったっけ? 顔は知らないけれど。

 第一王子はお身体が丈夫じゃないと聞いたことがあるから、それで王太子は第二王子になったのかな。婚約者が呪いにかけられて倒れただなんて、心配だろうなぁ。


 て、それよりも。

 私には気になる言葉があった。


【相応の報酬を与える】!?


 これは、チャンスなんじゃないだろうか!?

 うちの孤児院は、実は今とても困った状況にある。


 何を隠そう、金欠なのだ!


 フェリアエーデンの国政はとても良くて、全ての人が五歳から十歳まで無料で教育を受けられたり、国営の孤児院を設けて孤児をなくしスラムができるのを防いだりしてくれている。


 この孤児院にも子供が健康に育つための十分な補助金が回されていたのだけれど、なぜかここ数年、子供の人数は増えているのにも関わらず、国からの補助金が減っているのだ。


 それはだんだんと顕著になっていって、私が入ったばかりの頃は贅沢はできなくてもお腹いっぱい食べることができていたのに、今ではみんないつもお腹を空かせている。


 古くなった服やリネンも買い換えることはできないし、雨漏りしても直せない。

 みんなで内職したり、私もパン屋のお給料を渡したりしているけど、とても足りない。

 院長先生が国に上申書を出しても、返事すらないらしい。この孤児院は、国に見捨てられてしまったのかもしれない。


 これ以上補助金が減るなんてことになったら、さらに食費を削らなくてはならなくなる。みんな食べ盛りなのに、そんなことはどうしても避けたい。

 でも、このままだとそうなる可能性は高いんだよね……。


 私がもし呪いをかけた犯人を捕まえたり、犯人の情報を提供することができたら、孤児院が助かるんじゃないだろうか。


 もちろん、リスクが高いのはわかっている。

 私は基本的に、普通の十四歳の子供なんだし。


 頭が特別良いわけでもないし、力が強いわけでもない。私が犯人を捕まえられるとしたら、精霊たちの力を頼りにするしかない。


 でもそしたら、魔術学園に通ってもないのに魔術が使えるとバレてしまうかもしれない。


 私に魔力がどれだけあるかわからないけれど、平民でごく稀に現れる魔力が多い子供は、貴族の養子になることが普通だ。


 貴族であっても魔力が多い子供はなかなか産まれないので、平民の魔力が多い女の子供を養子にして育て、政略結婚に利用したりするらしい。

 男の子でも、運が良ければ子供のいない家に跡継ぎとして引き取られたり、跡継ぎでなくても優秀な魔術師を得るために養子にして魔術学園に通わせるのが普通だ。


 この国では十歳になると平民も貴族も全員、精霊殿で洗礼式を受け、魔力を解放させる。


 魔術を使えるだけの魔力があれば、本で勉強するだけで種火を出せたり水を出せたりする魔力使いになれる。そうなれば生活や仕事をする上でとても便利だし、有利に生きていける。


 平民でも百人に一人くらいはそんな人がいるので、国民はみんな、期待を胸に洗礼式に臨むのだ。


 そこで万が一、貴族並みに魔力が多いと分かれば、貴族から養子に望まれることがほとんどだ。

 大抵の人は喜んで申し出を受けるけれど、魔力が多いだけで大した魔術が使えない平民は人さらいに狙われやすいので、洗礼式で公になった以上は実際には貴族になって身を守る以外の選択肢はなかったりする。


 王様の国政は素晴らしいけれど、悪い人はなかなかいなくならないらしい。


 私は、孤児院を離れたくない。貴族になって出世するより、大好きな院長先生や、孤児院のみんなと一緒にいたい。


 この孤児院には、十五歳までしかいられない。


 私は十四歳だからあと数ヶ月しかここにはいられないけれど、ここを出て行ったお兄ちゃんたちみたいに近くに住んで、ちょくちょく遊びに来たりしたいと考えているのだ。


 それなのに、もし貴族にもらわれて行くことになれば、それもできない。


 だから、私は十歳になっても、貴族や人さらいに目をつけられる可能性のある洗礼式には行かなかったのだ。


 私はすでに魔術を使えるし、たぶん何かしらの理由で魔力はすでに解放されているんじゃないかな。

 だったら仕事をしていた方がずっと有意義だ。


 洗礼式に出ない人なんてめったにいないので、もったいない、と周囲には言われたけれど。


 でも、洗礼式には行っていなくても、実際に魔術が使えるとバレたらきっと同じことだろうと思う。これからの行動によってそれがバレたら、私は孤児院にいられなくなるかもしれない。


 けれど、孤児院の経営状態は崖っぷち。

院長先生がいつも一人で悩んでいるのを、私は知っている。


 気を付ければ、大丈夫かもしれない。

 これはきっと、千載一遇のチャンスなのだ!


 そして、行動に移そうと考える要因がもう一つある。


 ……呪いの出どころに、ちょっと心当たりがあるんだよね。


 そう、いつも精霊が騒ぐ、あの大きなお屋敷。

 とっても怪しいけれど、厄介事にわざわざ首を突っ込む気はなかったので放置していた。


 でも、報酬が出るならば話は別だ!


 聖女様、ごめんなさい!

 聖女様を助けるためとかじゃなくて、お金のためでごめんなさい!

 でもきっと、犯人が捕まったら聖女様も助かると思うので、許してくださいっ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る