第1話 ニルドザクセン公

ヨハンとの会談を終え、サエラの運転する車でニルドザクセン公爵邸に向かう。

アウグスト・クルト・フォン・ニルドザクセン公爵。歳も近く、色々と面倒を見て貰った記憶がある。

陸軍大佐の階級持ちの装甲猟兵エース。近衛軍の第一装甲連隊の指揮官を務めている。

休日のこの日は、邸に帰っている。

門で招待状を見せ、そのまま車で門から玄関までの長い整備された路を進む。

伝声管で連絡されたか、邸内部から数名使用人が現れ、サエラと俺を先導する。

アウグストは私室に居るとの事で、俺とサエラが入ると執事を残し、他の使用人が全て出ていく。

俺が遮音の術式を起動し、執事が全員の前に紅茶を置き、茶菓子を出すと引き下がりアウグストの背後に控えるのを見て、口を開く。

ヨハンが話した内容を伝え、外務省長官のポストを提示する。


「成程、憲政派の俺にとってもいい話だが、何より友であるお前の頼みだ聞いてやってもいい。」


「条件は?」


「事前にある程度の結果をだせ。協力なら幾らでもしてやる。」


「なら、表向きは対立する。オラニエンブルク公爵派閥の権勢に押され気味の若造が焦り、クーデターを企んでいる振りをする。貴族への軍の派遣はカトラゼウス少将、ヨハンが握っている。つまり、それへの牽制として、とある計画をアリーシャ殿下らに提出して頂く。」


「任せろ。合わせたい人物がいる。我らの旗頭だ。」


第4皇子ディートリヒ・フリードリヒ。皇太子ヴィルヘルム、第2皇子ヨハンセン・ボニファティウスに次ぐ皇位継承権第3位の皇子で御歳24歳になる若き俊英。


「ディートリヒ殿下か。丁度いい、アリーシャ殿下に会わなくてはならない。ニルドザクセン公爵と共に向かうより、それぞれがそれぞれの目的を持って宮殿に向かった結果兄妹のディートリヒ殿下とアリーシャ殿下が同じ場所にいらっしゃったという流れがいいだろう。」


頷き、それならばとサエラと車に戻り、宮殿に向かう。元より、今日中に向かう予定であった為に好都合だ。

ヨハンに用意させた作戦計画書を鞄に入れ、本来なら階級したの俺が運転すべきだがサエラの運転する車で宮殿へ向かう。


「カトラゼウス少将閣下に用意させた作戦計画書とは?」


「ヨハンを総司令官とする帝国陸軍所属、皇帝陛下直隷国防予備軍創設の提言と貴族勢力の反皇帝クーデターが起きたと仮定させた帝都再安定化作戦だ。」


宮殿と隣接する場所に国防予備軍の司令部と駐屯地を設置。宮殿以外の全ての主要施設をクーデター軍に占拠されたと仮定し、全施設を可能な限り速やかに奪還する作戦上、全ての重要箇所、つまり貴族院議会に帝国内閣官邸や各官庁。帝国大法院等から

反乱勢力の鎮定の名目で邪魔となる各人を処理。クーデター鎮定完了までの期間全てを国防予備軍司令部に設置させる臨時護国内閣に権限を移譲する内容である。


「成程、その過程で処理するのね。考案は貴方かしら。」


「分かるか?」


「ええ、カトラゼウス少将閣下らしくない陰湿なやり口だもの。」


「だろうな。あの男は少々手段を選びすぎる。」


「貴方は一切手段を選ばないのかしら?」


「その時選べる最適手を使うさ。」


宮殿の門で止められ、ヨハンに用意させた入城許可書とアリーシャへの面会を伝える。

皇帝に気に入られていた俺は即時通され、皇帝とアリーシャ、ディートリヒ殿下の居る部屋へ通される。


「お久しぶりです、陛下。」


部屋へ入るや否や、膝をつき敬意を示す。


「ここに座りなさい。君は最早、アリーシャの夫になる皇族の一員となるのだから。」


「お言葉に甘えます。」


手で示された、対面のソファーに座り、背後にはサエラが立って控える。


「カトラゼウス少将閣下より陛下に上奏がございます。本日は名代としてまいりました。」


書類鞄から作戦計画書を差し出し、それの熟読を出された紅茶を啜りつつ待つ。


アリーシャの説明を求める視線を感じつつ、無視し、ディートリヒ殿下に向かいニルドザクセン公爵の紋章入のアウグストからの書状を手渡す。

ディートリヒ殿下は素早く、皇帝に目線を送ると見られていないことを認識し、懐に仕舞う。


「素晴らしい。君はこれで何処のポストを得る。」


「私は、実働部隊です。階級が足りない為に指揮官とはなりませんがサエラ少佐殿指揮下に入り、ザラマンダー戦闘団を構築します。軍司令官直属部隊です。」


「よろしい。フリッツ、君は大尉の階級と権限を認める。皇帝軍務顧問官の任務も与える。カトラゼウス少将にこう伝えなさい。余、皇帝フリードリヒ・アウグスト二世は全ての提案を承諾し、全権を認めると。」


「ありがとうございます。サエラ少佐殿、ご連絡を」


「ええ。陛下離席許可を」


「結構。フリッツはアリーシャと。」


「勿論です。陛下。」


サエラをさっさと送る。


ディートリヒ殿下が部屋から追い出され、アリーシャと皇帝と俺のみになると、アリーシャは口を開く。


「久しぶりね、フリードリヒ。」


「そうですね。10年ぶり程でしょうか?覚えて頂いたこと感謝致します。」


「私は貴方を忘れた事はありませんでしたよ。」


皇帝はニコニコと微笑みその表情を崩さない。


「私も殿下を忘れた事はございません。」


「その割にはヴァルトネス伯爵の娘と婚約していたようですが。」


「叔父上は私を認めてくださった故に婚約を結びました。婚約は1度解消されていますし、問題は無いかと。」


そこで矛先はアリーシャの父たる皇帝に向く。


「どう言うこと!」


「オラニエンブルク公爵より婚約辞退の報告があった。我が妹から要望があったことでもある。」


「義母上は私を気に入らなかったようですから。ごく最近死去したと聞いて納得致しました。」


急病にて死去となっているが、実際はオラニエンブルク公爵が殺害した事を知っている。

オラニエンブルク公爵では無く、大宰相と不倫し、息子を妊娠した。出産前に腹ごと引き裂き、惨殺されたとオラニエンブルク邸の使用人から聞いている。

大宰相はオラニエンブルク公爵が知っている事を知らずいい面の皮だ。


「フリードリヒ、次は無いわよ。」


「それは陛下が決定為さることでございます。」


アリーシャは視線を皇帝に送る。


「私の目の黒い内は君とアリーシャの婚約は破棄されない事を明言しよう。」


「過分な評価光栄に存じます。」


「フリッツ、君に与えられた邸がある筈だな。そこにアリーシャと共に居住する事を許可しよう。守衛として幾人でも国防予備軍から割けばいい。」


計画すべきは皇帝の示唆する憲政派貴族では無く、共和主義者。共和国の支援を受ける武装勢力なども該当する。アリーシャはかなり共和主義者からの尊崇を集めているが、オラニエンブルク子爵の俺と婚約した事でその限りではない。これは計画を前倒しすべきかもしれない。


「それはいい案ね。早速向かうわよ。」


「いえ、殿下。私は小用がございます故、引き払うご用意をなさいませ。」


渋々と言った様子で頷くアリーシャ。記憶とは異なる俺への執着に疑問を覚えるが、ディートリヒ殿下の元へと向かう。


我が友フリッツは知性と武勇に溢れる英雄に成るべき存在だ。俺とフリッツが出会ったのは俺が9歳、アイツが5歳の頃だ。親に言われて渋々大人しくしていたのとは違い、1人だけ目立って優秀な子息であると記憶している。その日は珍しく凡庸であるがオラニエンブルク公爵の専横に対する反発心だけは強い父もオラニエンブルク公爵公子を称えた。

がその数週間後、オラニエンブルク公爵公子は邸宅を去り、ヴァルトネス伯爵家によって娘の婚約者兼家督相続者として迎え入れられたのは驚き持って貴族社会に響いたが嫉妬深い悪妻で有名であった、オラニエンブルク公爵妃は自分の子ではなく、第2夫人のボーデン伯爵令嬢との間の子であるフリッツを許す訳もなく、ボーデン伯爵令嬢の死去後3日でオラニエンブルク公爵邸を放逐された。


勿論ボーデン伯爵は怒り狂ったが当時皇帝の妹という事もあり、反対するものはいなかった。


「ディートリヒ殿下、初めまして。」


それから10年。父親のソレとは違い、銀ではなく白髪を備え、母親譲りの紫の目に幼い頃よりいっそう美しくなって貴族社会に舞い戻った。既に社交界の話題と注目を根こそぎ攫い、更には皇族の一員になる事で擦り寄ろうとするものも少なくない。

老ボーデン伯爵は既に引退していたが、息子のボーデンとヴァルトネス両伯爵が後見人に立候補し、皇帝から寵愛を受け、軍内部ではカトラゼウス少将から信頼される。


アリーシャ殿下が暫く遅れてやって来た。


「カトラゼウス少将とアウグストからの書状を読んだ。」


「ありがたき幸せです。」


「アウグストの友であると。ならば私にとっても卿は友となる。更に、同母妹であるアリーシャの夫になる男でもある。信用はしよう。本意を話せ、仮面を外しても構わん。」


瞬間、フリッツは表情を変える。獰猛な戦士の顔に。瞬時に遮音術式が展開され、部屋の機密は完全に保たれる。

フリッツの隣に座るアリーシャ殿下は無言で己の立ち位置はフリッツの隣であると示す。


「ならば、そうさせてもらう。帝国改造だ。オラニエンブルク公爵の一派を排除し、現皇帝を廃し、君に新たな皇帝となってもらう。その元で立憲君主制の新帝国を構築する。」


「その為の国防予備軍か。下手くそな仮面は捨てろ、その顔の方が良い。成程、気に入った。私はお前の言う通り皇帝になってやる。帝国万歳だ。」


同じく、獰猛な戦士の顔。殿下とフリッツは似ている。俺とフリッツ、俺と殿下より。


「殿下、フリッツ。なんなりとご用命を。」


「よし、帝国議会にて皇帝陛下からの発表という形で行う。オラニエンブルク子爵である、卿が次期皇帝選出に関与する事はオラニエンブルク公爵は今現在誰を支援するかは明言していない。ならば、私はニルドザクセン公爵を裏切り、より皇帝に近いオラニエンブルク公爵へと傾いたと汚名を被ろう。アリーシャ、お前もだ。」


「構わないわ。フリードリヒの望みだもの。」


「ならば、私は徹底的にディートリヒ殿下を非難しましょう。」


「オラニエンブルク公爵の賛同が得られれば今の父は断らない。しかもフリッツ、卿の推薦だ。任せる。私が皇太子にプロシア大公位を得た時決行だ。」


「我が派閥に第一装甲猟兵連隊程度なら完全に掌握できます。」


プロシア大公位はゲルマニア帝国の前身、プロシア大公国の君主号。現在では長男に生後無条件で与えられる皇太子位と異なり、皇位継承確定後の皇太子が兼ねる爵位となっている。


「その通りで任せる。ヨハンには、そう伝えておこう。アリーシャ帰るぞ。」


「アウグスト、お前も派閥に伝達を始めろ。私とフリッツ、そしてお前で帝国を改革する。」


「はっ。お任せ下さい!」


俺は直ぐに立ち上がり、一礼して部屋を立ち去る。世界は変わる。それもこの2人によって。俺はそれを支える、それだけだ。


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