ザラマンダー装甲猟兵戦闘団

佐々木悠

第1章戦いの幕開け

プロローグ

『ザラマンダー・リーダーより各位、焼き払え。』


帝国南方の小国の国境部にある寒村。夜も更けて常ならば虫の鳴き声のみ響く村に異常が起きていた。


赤色にカラーリングされた鋼鉄の巨人は左腕の砲を家屋に向け焼夷弾を放つ。

正に阿鼻叫喚の図であった。


装甲猟兵。

かつて大陸の戦争を制したのは魔術師達であった。その魔術師達によって支配されていたが、科学の発達、国民国家の形成に伴い、銃火器の中心に汎用化が勧められていた。

その流れに伴い、魔術分野での汎用化の為、魔術師、非魔術師を問わず運用可能な魔術兵器の開発が進められていた。

その集大成が装甲猟兵と呼ばれる兵器になる。大型海洋哺乳類を遺伝子改良し淡水性に変化させ、その筋肉をネクロマンシーにより改造した人工筋肉を備え、鋼鉄の機体に鉱産物のエーテリウムで駆動する巨人。

その第一世代型は1880年以降の一連の植民地戦争を制覇し連合王国の栄華を築く事に貢献した。

各国は連合王国に続き開発・改良を推進し現在各国は第三世代型を配備している。

そして物語は1900年の1月2日、雪の降る日から始まる。


大陸のほぼ中央に位置する帝国の帝都。人口500万都市アスカニアの高級街区。

とある伯爵令嬢の手によって運営される孤児院。彼らは王国貴族の妾腹や隠し子等の訳ありだ。

僕はそこの出になる。

現在は士官学校の候補生に与えられた1週間の新年休暇を利用し実家にも等しい、この孤児院に帰省していた。


「ノムレス候補生殿、こちらで?」


「ご苦労、ケーニッヒ伍長。帰還許可を出す。前日にまた此処へ。」


士官候補生の敬礼に対し、答礼を返す伍長。

この士官学校は、特徴的であり上位12席は伍長の従兵が着く。


「おかえりなさい。フリッツ。」


孤児院の主伯爵令嬢のマリア・ヴォルフガング・フォン・ヴァルトネスが士官候補生を出迎える。


「ただいま、姉さん。」


彼と彼女の年頃は変わらない。僅かに彼女、マリアの方が年上だが充分姉弟の範疇だ。


彼、フリードリヒ・カール・フォン・ノムレスは貴族号のみ持つ、妾腹貴族であり、マリアはその従姉妹になる親類にあたる。



「…貴方、まだノムレスを名乗っているの。」


「あぁ、実際俺は名無しノムレスだ。妾腹貴族だからな。準男爵位の貴族擬きだ。」


「…あなたは伯爵位を持つ我が父の甥ですよ。貴方の父上だってあの方ではありませんか。」


「…妾腹にはあの家名は名乗れない。」


貴族は領地を失い土地所有者レベルまで落ちたが、未だに名誉と実権を保つ存在。俺のような妾腹には家名は名乗れないし、名乗った所で偶然家名が同じな準貴族扱いだ。

名誉ある帝国貴族の称号を得れたのも実家の権力。

正妻である義母上に遠慮し、父は私を妹婿であるヴァルトネス伯爵家の運営する訳ありの高級孤児院に預けられた。

これは妾腹や問題のある貴族の子息令嬢を捨てるのには外聞が悪すぎる為に預ける孤児院。

ヴァルトネス伯爵家は建国以来の重臣で皇帝家との盟約に従い実権を求めぬ代わりに他の貴族家に負けぬ、帝国第二位の名誉を得た。

故に各家もそういうものとして預けられるのである。

この孤児院出身者はヴァルトネスチルドレンと呼ばれ、実家の嘆願ないしはヴァルトネス伯爵によって準男爵位授与が与えられる。

少ないながらそれを糧に貴族社会へ舞い戻る者も居るが、俺のように軍務に身を費やす者の方が多い。


ヴァルトネス伯爵家は軍部に無形の力を構築しているとも取れる。が、当代のヨハン・ヴォルフガング・リヒター・フォン・ヴァルトネス伯爵はそれを私欲に用いようという意思はない。だが、俺が自分の為にヴァルトネスの名を使用することは構わないと言われている。

甥という事で目をかけられてもいる。

更には実家の父からの嘆願もあった。


「お嬢様、オラニエンブルク公爵閣下がお越しです。」


「…失礼しよう。」


手を掴まれ押し留められる。主人のマリアの意図を読み取り父、オラニエンブルク公爵の来訪を告げた老使用人は手早く中へと通す。

暫くして俺の目の前に現れた父はこの孤児院にやってきた5年前の事、10歳の頃より幾分白髪が交じり始めている他は変わりなかった。


「…フリードリヒだな。大きくなった。」


「お久しぶりです、閣下。御元気そうでなにによりと存じます。」


「……そうだな、ノムレス卿。貴殿に連絡があって参ったのだ。明日、の正午頃、皇帝陛下より出頭命令だ。家名の授与と帝国世襲子爵位が送られる事が決まった。」


親と子、父と息子では無く久しぶりに対面した公爵と準男爵という体で会話する。

今は口を挟まないが後でマリアに小言を言われることは理解しているが、あまりにもこの5年の隔たりは物理的にも心理的にも遠かった。


それから父は一言二言、マリアと会話し車に乗って立ち去った。


珍しく、マリアは一言も口にせず私室へと帰った。

施設の壁に凭れ、降り始めた雪に手を翳しながら、腰に装備したトグルアクションの拳銃に目をやる。

銃とはこれ即ち力。1発の銃弾が世の中を変えることもある。

…今の考えは間違いなく不穏分子どころか粛清されてもおかしくない。

口にしなくて運が良かったなっと言ったところだ。遥か東の大公国では社会主義者達が賑やかにやっていると聞くが、帝国でも共和主義者達が騒がしい為に言論統制などに憲兵がうるさい。

きな臭い世の中になったものだ。

「カトラゼウス少将閣下!」


「どうした少佐。」


ヨハン・ステファン・ノムレス・フォン・カトラゼウス侯爵。

帝国陸軍の少将を務める傑物で、軍部だけでなく帝室からの信頼の篤い人物である。

そして、彼は珍しくヴァルトネスチルドレンの1人から実家へと舞い戻った運の良い人間でもある。


「貴方はあのオラニエンブルク公爵のごり押しを認めるのですか!」


「正式な手順を踏まれての陞爵私達は第一に政治に手をつけるべきじゃない。彼も苦悩するチルドレンのひとりだ。」


若き将官の彼に相対する少佐の階級章をつけた少女もサエラ・ノムレス・フォン・ロドルフォと名乗るヴァルトネスチルドレンの1人。

ヴァルトネスチルドレンは貴族社会や君主制に恨みを抱く者も存在する。全てのチルドレンが名乗るノムレス、名無しを意味する単語もその一環だ。


軍部の代表として本日の式典に出席するカトラゼウスもそれは例外ではない。ヴァルトネス伯爵への恩義と忠誠は誰もが持っているが、それが皇帝や貴族社会への隷属とはイコールで結ばれない。


「皇帝陛下御入来!」


跪く、オラニエンブルク公爵やその派閥の貴族たち、その対岸には敵対派閥、その中間にカトラゼウス少将ら軍部や官僚達が並ぶ。


「フリードリヒ・カール・フォン・オラニエンブルク帝国子爵。貴殿を名誉ある帝国子爵の一員と認め、オラニエンブルク公爵家の相続権一位を認める。フランツ・アーレンハイト・フォン・オラニエンブルク公爵前へ!

フランツ、フリードリヒ親子帝国騎士の称号を与える。フリードリヒ卿には帝国陸軍少尉の階級と権限を認める。」


打ち合わせの外にある路線。皇帝の妹を正妻とするオラニエンブルク公爵は今更俺をどうしようというのだろう。

これで俺も名誉ある帝国子爵閣下に帝国騎士様で泣く子も黙る帝国陸軍少尉だ。貴族達が所属する帝国議会と議会にて選出され皇帝が承認する帝国大宰相を中心の内閣。

現大宰相はホラント侯爵カール・ヴァルケン卿。オラニエンブルク公爵の義弟にあたる派閥の中核人物だ。

式典解散後の立食パーティーでは、オラニエンブルク公爵に連れられあちこちを回っている。


「フリッツ、帝国陸軍少将カトラゼウス侯爵だ。」


「お初にお目にかかります。フリードリヒ・カール・リッター・フォン・オラニエンブルクです。」


「君がヴァルトネス伯爵の言っていた寵児か。よろしく頼む。貴殿なら軍部でも駆け上がるだろうからな。」


ヴァルトネス伯爵によると歳は32。2年ほどヴァルトネス伯爵本邸にて共に暮らした繋がりのある男で、若くして装甲猟兵エースとして植民地戦争を勝ち続けた英雄。その利益に実家が慌てて呼び戻したという経緯を持つ。

ヴァルトネスチルドレンの一員。


「過分な評価光栄です。ですが、非才の身。ご指導賜りたく思います。」


「では、暇な時に何時でも私の所に来なさい。フリッツ。」


「ええ、分かりましたヨハン侯。」


お互いに装甲猟兵所属の兵士で、魔術師。

人を殺せ、装甲猟兵一機程度なら対等に渡り合う俺たちは魔道適性を持たない人間には扱えない短距離魔道通信で意思疎通を行う。


「あぁ、失礼しよう。今回の主役を独占は出来ないからね。」


暫くして大宰相が見ていたようにこちらへ近づく。

「大宰相閣下、お久しぶりです。」


「久しいですな。フリードリヒ卿、義兄殿。」


「久しぶりだな。カール。」


義兄であるオラニエンブルク公爵の挨拶をする大宰相。外観からはにこやかに俺にも言葉をかける。


「卿の陞爵、喜ばしい事と思う。卿は何れ大人物になるだろう。良き先達として名を残す事を期待しよう。」


確かにオラニエンブルク公爵に10歳までの間付き従い、色々な大貴族と繋がりはある。オラニエンブルク公爵の知らない敵対派閥のニルドザクセン公爵やボーデン伯爵、ロストウェン辺境伯などだ。

ニルドザクセン公爵は若く、現在19歳。

父の急死に伴い、爵位を継承、速やかに掌握し父以上の権威を得た有能な我が友。

現在の貴族院議会の勢力図的に多数派のオラニエンブルク公爵派閥の貴族主義派。

第二の勢力を持つニルドザクセン公爵派閥の立憲主義派。

ヴァルトネスチルドレンや軍部、官僚の中立派となっている。

軍は基本的に貴族の将校に平民の兵卒からなるが、理想主義者的な面を持つ貴族諸君は若い者や1部を除き、激しく貴族としての権利を行使する者は居ない。

基本的に次男や三男など爵位を継承する者では無い者らがメインだからと言うこともあるのだろうが。戦死すると家系が絶える為に軍人になる長男は珍しい。平時に泊をつける為にやるのと高級将官に居るくらいである。


その他にも他国の貴族らと顔を合わせ、コネクションを構築するよう、オラニエンブルク公爵に命じられる。

一応は植民地政策で対立しない、連合王国の外交官と表面上にこやかに会話しつつ、俺の目的に合致する人物を探す。


「オラニエンブルク子爵閣下は軍人との事。さぞ、活躍なされるのでしょう。」


「いえ、私は未だ士官学校に属する候補生の身。戦場に出るのは先の事でしょう。」


「優秀な成績を残していると陸軍大臣殿よりお聞き致しました。曰く、今すぐに前線で使える人材だと。」


「非凡の身に余る評価光栄です。」


久しぶりの貴族社会とはこれ程面倒臭いものか。


翌日、帝都アスカニア中枢の官庁街の一角。帝国陸軍省の一室、帝都駐屯の第一装甲師団。師団長執務室にヨハン侯と俺が対面していた。

早朝にわざわざ子飼いのヴァルトネスチルドレンの少佐を回して連れてこさせる徹底ぶり。


「久しぶりだな。2年ぶりか?」


「それくらいだろうな。」


暖炉によって暖かい室内はその温度と裏腹に、雪の降りしきる室外と同じような空気が漂っていた。


「前振りは無しにしよう。フリッツ、貴様何のつもりだ?」


「俺に何のつもりもないさ。オラニエンブルク公爵のごり押しでね。ヨハン、君なら俺の意図を悟れると思っていたが?」


肩を竦めるヨハンに空気は弛緩する。


「少佐が煩くてな。」


ここまで俺を案内した少佐の階級章をつけた女を流しみる。


「彼女は?」


「サエラ・ノムレス・フォン・ロドルフォ少佐だ。装甲猟兵エースだよ。」


「ノムレス…こいつもヴァルトネスチルドレンか。」


「数だけ見れば我々の世代は100近い。優秀な我々上位10名と異なり、彼女は序列18位。それなりには優秀だ。」


「…失礼ですが閣下。こいつは、何者ですか?」


「失礼したな、お嬢ちゃんフロイラインフリードリヒ・カール・リッター・フォン・オラニエンブルク子爵陸軍少尉。ヴァルトネスチルドレンの1人だ。」


明らかに遊ばれた事に苛立つ。まだ若い。


「遊んでやるなフリッツ。ヴァルトネスチルドレンのナンバーズの1人だ。序列は秘密だが、単騎で生身の状態で装甲猟兵エースの駆る装甲猟兵を撃破する化け物だぞ。」


今度はヨハン自ら淹れた珈琲のマグカップ片手にこちらが肩を竦める番だった。


「化け物とは中々な評価じゃないか。ヨハン。院の方のチルドレンか。確かに5年間全てを本邸で過ごした俺が知らない訳だ。」


「貴方が、ナンバーズですって?そうは見えないわね。」


「サエラ、彼は先の戦争で共和国の装甲猟兵2個連隊を単騎の生身で屠った英雄だぞ?」


「マルク河畔?」


「なんだ知ってるじゃないか。軍への報告は私と部下1名による2個連隊の撃退だがね。」


大陸より南に位置するアフリカ大陸。その帝国領中央アフリカと共和国領のトランスヴァール共和国との戦争にて侵攻し総督府の存在するダルエスサラーム近郊まで接近した2個連隊を相手取り、ヨハンの命令で撃破した記憶がある。


「そこまで強力な魔術師とは思えないけれど。」


流石に腹が立った為に炎の槍を生成し隙間なく周囲を囲む。


「如何かな、お嬢ちゃん。」


指を鳴らし、打ち消すと汗を流し緊張の面持ちを見せるサエラがいた。


「…本物のようね。」


「何を持って本物とするかはわからんがな。ヨハン、要件は?」


「ヴァルトネス伯爵の同意は取り付けた。序列2位の私なら全てのチルドレンを動かせる。世界を変えるぞ。」


「成程、計画は?」


「立憲君主制への移行、賛同者の中から臨時政府を樹立し安定が得られ次第、民選議会を設立する。」


「貴族院は?」


「貴族院と庶民院の二院制にし、貴族院は名誉職にし、庶民院を優位議会とする。」


「軍部への根回しは?」


「ヴァルトネスチルドレンは既に同意済み。帝都駐留の部隊は近衛軍以外はこちらに着くはずだ。」


「内戦は回避させて貰うぞ。クーデターは兎も角、その後守旧派と我々で内戦になっては帝国の力を損なう。それは叔父上の力を損なう事になる。叔父上のポジションは?」


「臨時政府司法省長官。」


公平なヴァルトネス伯爵の事だ妥当な人選と思う。


「他の人選は?」


「臨時政府首班は私。軍務省長官はそのまま留任。内務省長官はコルネリウス・フォン・ノーウェンブルク男爵。」


「技術省にヒューゴ・シュマイザーを長官に、そんで外務省にニルドザクセン公爵、財務省にアリーシャ・マリア・ノストラーウェン・フォン・ゲルマニア皇女を。」


「アリーシャ殿下と面識が?」


「オラニエンブルク公爵に押し付けられた正妻予定の婚約者だが、彼女はチルドレンのナンバーズに劣らぬ知性の持ち主だ。帝室資産を運用して倍に増やしている。」


「マリア嬢はどうする気だ。」


「…このままでは、第2夫人だ。叔父上やマリアは同意しているが…やりにくいな。」


どう根回ししたのか、俺の心境を読み、貴族派の皇女では無く、我らよりのアリーシャを俺の婚約者として話を纏めた。


「…その話はよしとしよう。君のポジションを説明したい。」


「臨時政府首班を宰相と命名する。臨時政府直轄部隊の指揮官に任命する。」


「規模と人選は?」


「私の部下から装甲猟兵48機の増強大隊、12機の装甲狙撃兵中隊、補給中隊、司令部中隊。名目の指揮官は少佐が務める。が、全権は君にある。」


「装甲猟兵の型は?」


「勿論最新型の第三世代黒騎士シュバルツリッターE型。88mm砲、対装甲刀剣、重機関銃2基の高起動モデルだ。」


「赤一色にカラーリングしてくれ、肩部にザラマンダーの紋章を。」


「その通りにしよう。ザラマンダー戦闘団か。」


首肯、サエラも頷く。これで完了だ。

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