次にS県に来たのはその年のお盆だった。私は中学生になっていた。


 その年のお盆では、従兄は帰省しないことになっていた。それを聞いた私はチャンスだと思い、いてもたってもいられず帰省したその日の晩に公園に向かった。


 公園には誰もいなかったが、予想の範囲内だったのでそれほど驚きはしなかった。だが公園の中心にあった大きな桜の木が無くなっていたことには目を疑った。カーミラと埋めたネコのお墓も掘り返されて更地になっており、周囲をロープで取り囲まれて立ち入り禁止の札が立てられていた。あまりに予想外の変化に、しばらく呆然と立ち尽くしていた。


 自動販売機でカーミラがいつも買ってくれていた缶ココアを二本買ってベンチに座った時にはもう、楕円の月は天辺を過ぎて傾いていた。何となく公園から離れがたく、気付けば一時間以上もそこにいてしまった。しかし最後までカーミラは姿を現さなかった。そんな都合の良い話は無いと頭では分かっていても、心のどこかで期待していたのだろう。まだ病院にいるのなら、私が来たことに気付いて会いに来てくれるかもしれないと、自惚れのような期待が胸の内に忍び込んでいた。。


 夏の夜の公園は蝉と蚊と草いきれの坩堝で、春休みの頃に比べたらお世辞にも快適とは言えなかった。買ったままプルタブを開けずにいたココアはぬるいままだった。もう帰ろうと腰を上げた時、仔犬を連れた女の人が公園に入ってきた。見た目は二十歳くらいで、片手に花束を抱えていた。すれ違う時に目が合ったので軽く会釈だけ交わして公園から出て行こうとしたが、背後から聞こえた彼女の声に思わず足を止めて振り返った。


「今日は来るのが遅くなってごめんね、カーミラ。毎日暑くてやんなっちゃうね」


 彼女は立ち入り禁止の囲いの手前にしゃがみ込んで花束を置き、ちょうど桜の木があった場所に向かって手を合わせていた。まるで、誰かの墓参りをしているのかのように。五分ほど何もない虚空に話しかけてから立ち上がり、引き返そうとして初めて私に見られ続けていたことに気付いたようだった。「あの、何か?」と怪訝な目を向けられたが、咄嗟にうまく返事をすることが出来なかった。


「あ、あのっ、さっき、『カーミラ』って……」


「カーミラを知っているの? ……もしかしてあなた、鈴音澄さん?」


「えっ、どうして私の名前を……?」


「そう、あなたが。会えてよかった……」


 彼女は芹川細流と名乗った。その名は従兄がカーミラを詰ったあの時によく出てきた名前だった。私の事をカーミラから聞いていて、私に渡してほしいと預かりものをしているのだと彼女は言った。そこで翌日の昼間にまた会う約束をした。別れ際にカーミラが今どうしているか訊ねると、彼女は少し間を置いてから答えた。


「それも明日、教えてあげるわ。彼女に何があったのか」




 翌日、駅前の喫茶店で改めて互いに自己紹介をした後、これをいつかあなたに渡してほしいと頼まれていたの、と彼女が取り出したのは一通の封筒だった。宛名も差出人の名前も書かれておらず、封を開けるとルーズリーフが何枚も束になって出てきた。小さな字が表裏にびっしりと書かれていたため、ひとまずどのくらいの分量があるのか見るために頭から最後までさっと目を通した。そしてまた一枚目に戻ってじっくり読んでいくと次のような文が目に入ってきた。


「この手紙をあなたがいつ読んでいるか私には分かりませんが、その時私は既に死んでいるでしょう。この事をあなたはもう知っているかもしれないし、まだ知らなかったかも知れません。ですので、最初に謝っておくことにします」


 驚き、思わず顔を上げると細流は小さく頷いてから重々しく口を開いた。


「四ヶ月前に彼女――カーミラは死にました。自殺でした。あの桜の木で、首を吊って死んだのです。昨日がその月命日でした。その手紙は彼女が死ぬ前に、私に預けてきました。もし、いつかあなたに会うことがあれば渡してほしいと。彼女があなたに宛てた、いわば遺書です。どうか読んであげてください」

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