それから毎晩、カーミラに会うため夜中の公園に通い続けた。当然お母さんや従兄には夜出歩くことを注意されたが、友達に会うためだとか何とか言って適当に誤魔化していた。ネコの一件以来お互いに話しかけづらい状態が続いていて、あまり深く追及されることはなかった。


 ネコのお墓に手を合わせてからベンチに並んで座り、缶ココアを飲みながら、色々な話をした。中学校の勉強に対する不安や新しい友達を作ることが出来るかなど、他愛の無いお喋りをしている時は彼女もよく微笑んで話を聞いてくれた。


 彼女はいつも首からネックレスを下げており、そこには銀細工の小さなチャームが付いていた。「これはね、銃弾――銀の弾丸よ。云わば魔除けの道具ね。ゲームとか漫画で聞いたこと無い? 人狼や吸血鬼を倒すためのアイテムとしてよく出てくるの。貰い物なんだけれどね。お守りなの……私の中の吸血鬼を抑えるための」「お友達から貰ったんですか?」「ええ……まあ。高校の同級生なのだけれど、変わった子でね。『たとえ迷信でもそう言われるようになった理由が必ずあるはずだし、広く信じられているのならきっと何らかの効果があるに違いない。だって神様も人に信じられているから人知を超える存在なのであって、神様を信じない人を神様が救うことは出来ないんだよ?』って、そんな事を大真面目に語るものだから、つい納得しそうになってしまうの」カーミラというあだ名もその子が付けてくれたのよ、とその「友達」の事を話している時の彼女はとても楽しそうで、表情豊かだった。


 カーミラはまた自分の家の話もしてくれた。「この町の人は昔から死体に触れるのを極端に嫌っている――そもそも死体に触りたがる人なんて滅多にいないけれど、昔は身内が亡くなっても悲しみこそすれ、その亡骸には決して触れようとしなかったそうよ。でも死体をそのまま放置しておくわけにはいかないから、死体処理の『専門家』がいたの。それが私のご先祖様。うちは代々死体処理を家業としてきた家系なの。といっても最近は葬儀屋も増えてきたから、廃業同然なんだけれどね。ただ都会ならこんな事は無いと思うけれど、葬儀屋でも扱うのを拒否する死体が一つだけあるの。それが人外病患者の死体。医学的には遺伝子の異常が原因だと言われているけれど、昔は人外病というと悪魔に取り憑かれたのが原因だと考えられていたの。そしてその死体に触れると、悪魔に乗り移られてしまうのだと。今でもそう信じている人は少なくなくて、そういう死体の処理はいつもうちに回されていた。よく言われたわ。『悪魔の家』『あの家は悪魔を溜め込んでいる』って。その成れの果てが私だというわけ」もちろん人外病の正体は遺伝子異常であるから、接触によってそれが感染するということはない。しかしそれが明らかになったのはごく最近で、当時はあまり一般には知られていなかった。「つまり真実を真実たらしめているのは事実や論理ではなく、信用だということ。たとえば人口が百人の村で一人が正しい事を主張しても、他の九十九人が誤った事を信じていれば、誤りこそが真実となる。真実は多数決で決められる」


 病気の話をする時はやや強張った表情になることが度々あった。カーミラは病気の話をする時、よく「私の場合は」と前置きしてから話していた。「私の話はあくまで『私の場合は』であって、人外病全般に当てはまるわけではないから。それだけは覚えておいてね」


 人外病の進行度はガンと同じく0からⅣまでのステージで表される。0は遺伝子異常が身体に影響を与えていない状態であり、人間度が十割であると表現される。そこから身体に人外の特徴が現れ始め、その度合いが増すごとにステージの段階が上がって行く。目安として人外度が二割程度でステージⅠ、四割程度でステージⅡ、六割程度でステージⅢ、八割程度でステージⅣとされる。つまりカーミラが話していた「人間と吸血鬼がだいたい二対八で混ざっているような感じ」とはステージⅣ――最重篤患者であるという意味となる。ただし人外度は身体的特徴のみで判断されるわけではない。人外病の種類によっては身体面には何の異常も見られないが、精神面で変質が進んでいるということもあるので、人外病の診断は特に慎重さを求められる。しかし当時は人外病が病気であると認められてまだ間も無く、専門医は世界的にも少なかった。


 人外病そのものは遥か昔から存在していたと推測されている。それこそ空想上の生物のモデルは大昔にいた人外病患者だと主張する説もある。一方で人外病患者は時代を通じて差別の対象とされてきた。魔女狩りで火炙りにされた「魔女」や狐憑きもその一つの例だと言われている。現代の日本では障がい者差別解消法に基づき、人外病患者も他の障害者と同様に日常生活を送るための合理的配慮を提供すべき対象とされているが、世界的に見ると法整備や病気に対する理解の遅れ、宗教、政治、文化など様々な理由から人外病患者を人間と区別すべきだという意見は根強い。しかしこれらはあくまで現在の状況であり、カーミラと出会ったこの頃はまだそこまで人外病に対する理解は進んでおらず、差別と迫害が公然と行われていた。


「そんな、そんなのおかしいですよ。だって、その人達はただ病気になっただけで、何も悪いことなんてしていないのに」


「差別なんて得てしてそんなものよ。ただ誰もそれをおかしいと思わないだけで。多数決のこの世の中において、少数であるということはつまり弱者であるということ。弱者が差別され、虐げられるのはもう必然と言ってもいいくらいね。学校でもあったんじゃない? いじめられるのはいつだって他の子より何かしら劣っている子ばかりだって。もちろん人間誰もがそうであるわけではないけれど、そういう人が多数派だという話」


 子供だった私は彼女の話を聞いて悲しくなった。けれどそれまで安穏と暮らしてきた子供にはそれを否定することも反論することも出来なかった。それは今でも変わらない。彼女の言うことは間違ってはいない。ただ、それだけでは無いということも私は知った。それを教えてくれたのは他でもない、彼女自身だった。

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