第13話 決着の時

「榛名さん……? どうして……?」

「いやぁ、なんかその辺ウロついてたからさ、思わず捕まえちゃった」


 ヘラヘラ笑いながらふざけた事を言う道寺に、初めて本気の殺意を覚えた。


「いまさら人質なんから取らなくてもオマエの有利は揺るがないだろ! なんで無関係な彼女を巻き込むんだよ! 今すぐ解放しろ!」

「人質? おいおい、誤解するなよ」


 ナイフをもて遊びながら、道寺は僕の方に近づいてきた。


「言ったろ? オマエの応援要員だって……まあ、予備でもあるんだがな」

「予備?」


 一体、なんのことだ?


「そもそも、最初は彼女に目をつけてたんだ。ほら、そこのケージにコーンスネークのブリザードがいるだろ? あれが彼女の新しい身体、そしてアジ・ダハーカになる予定だったんだ……純白の邪竜なんてのも、ちょいとオツなもんじゃないか」

「榛名さんが? ちょっと待てよ……聖なる血を汚すことで邪竜が復活するって……」

「だーかーら!」


 焦れったい様子で、道寺は声を荒げる。


「彼女もオマエと同じ神の……アメシャ・スペンタの一柱、ハルワタートの化身なんだよ!」


 なんだって……? 思わず榛名さんを見ると、彼女も唖然とした表情で首を振っている。まぁ、僕だってザラシュトラに言われるまでそんなことは知らなかったわけだし、今だってピンとこないままだ。彼女が知らなかったところで意外でもなんでもない。


「だから最初は彼女を生け贄に捧げるつもりだったんだが、タイミングよくオマエを連れてきてくれたんでな……ターゲットを変更することにした。理由は…….分かるな?」


 悪神ドゥルジの敵対者である僕に対する嫌がらせかよ……とにかく、これであのネコトラップの意味も分かった。たとえ僕があそこで食い殺されてたとしても道寺としては別に構わなかったのだ……榛名さんという代わりを、すでに用意していたから。まったく、どこまでもいけ好かないヤツだ。


「さて、そろそろ我が主も痺れを切らしていることだろう。よーい、ドン、でスタートだぞ、いいか?」

「……わかった」

「よし、それじゃよーい……ドン!」


 僕は全力でダッシュしようとした。勝ち目はなくとも、それしか残された手はないからだ。だが道寺はスタートしようとせず、代わりに脚をこっちに向けて……


(ヤバイ!)


 と思った時にはもう蹴り上げられていた。思いっきり蹴られたわけではない。それでも全身の骨が軋むほどの衝撃ではあったし、その程度で僕の身体には軽く宙に浮いた。このままコンクリートの床に叩きつけられたら……僕は……


 だが、そうはならなかった。間一髪、榛名さんが身体を投げ出して僕を受け止めてくれたのだ。とはいえ、両手を拘束されたままだ。受け身を取ることもできずに床に叩きつけられる形となったのでかなり痛かったのかもしれない。猿轡の下から、くぐもった呻き声が聞こえてきた。

 そんな僕に余裕の笑みを向けてから、道寺は悠々と歩き始める。これで彼我の距離は絶望的。僕にもう、勝ちの目は……


「え……?」


 榛名さんの腰の辺りで身を起こした僕は、足の下の硬い感触に気がついた。これは、もしかして……?


「榛名さん、ゴメン!」


 僕はスルリと榛名さんの上着のポケットに潜り込んだ。中には、僕の予想通りのものがあった。


「道寺……いや、ドゥルジ!」


 僕の叫びに、道寺が振り返る。急拵えの祭壇は、僕の身体はもうヤツの目の前だった。

 その瞬間、連続した閃光がヤツの目を灼いた。


「うっ!」


 道寺が呻き声を上げて、顔を押さえる。この薄暗い空間に突然の閃光だ。目が慣れていない上に、光に弱い暗黒神の眷属にはそれなりのダメージになったことだろう。


 僕が使ったのは、榛名さんの上着のポケットに入っていたスマートフォンだ。爬虫類の身体でも操作できることは榛名さんの部屋で実証済みだったし、スマートフォンのカメラ機能にはフラッシュが付き物だ。

 そして、カメラ機能ならロックを解除しなくても使うことができる……!


 道寺が見せた怯みに、榛名さんの行動は早かった。素早く立ち上がって全速でダッシュしたのだ。そのまま道寺の身体に、頭から突っ込んでいく。


「え? うわぁっ!」


 まさかこんな反撃があるとは予想もしていなかったのだろう。道寺は榛名さんと縺れるように僕の身体を巻き込んで祭壇に突っ込んだ。ダンボールを積み上げてだけの祭壇はグラリと大きく傾ぎ……


「危ない!」


 僕の叫びにいち早く反応した榛名さんが床の上に転がる。そして遅れた道寺の後頭部にあの、石造りの邪竜の像が落下し……あ、なんか嫌な音がした。


「ふう……」


 榛名さんがゆっくりと立ち上がって、大きく息をついた。どうやら今の衝撃で猿轡がズレたらしく。ようやく普通に呼吸ができるようになったようだ。


「榛名さん、大丈夫?」

「うん、あっちこっち擦り傷だらけだけどね……芦屋くんは?」

「僕もなんとか大丈夫。ありがとう、榛名さん」

「ううん、芦屋くんが隙を作ってくれたから……チームワークの勝利だね」


 そう言って、ニッコリと笑った榛名さんの笑顔が眩しい。もしかしたら、本当に榛名さんは女神かもしれない……なんて思ったり。

 見れば、石像の直撃を受けて完全にのびてしまった道寺の傍にナイフが落ちていた。


「それで手の拘束、切れるかな?」

「うーん、難しそうだけど試してみる。あ、芦屋くんは早く自分の身体に」


 言いながら、赤面した榛名さんが顔を背ける。どうしたのかと見ると……


「あ、ああぁぁぁっ⁉︎」


 僕の身体はみっともないM字開脚の状態で祭壇から転げ落ちていた。見られてはいけない部分が完全に丸見えだ! これは……もしや榛名さんのパンツやら下着やらを存分に堪能してしまった天罰なのか⁉︎


「み、見ちゃダメ!」

「そんなこと言われても、もう見ちゃったよ! とにかく、早く元の身体に戻って!」


 床に横たわるようにして、なんとかナイフを拾おうとする榛名さんから離れて僕は自分の身体に向かって走った。なんだか色々あって、最後まで締まらない感じだったけどこれでひとまずホッと……


 もうすぐ身体に辿り着く、というところで思いっきり横っ面を引っ叩かれて吹っ飛んだ。道寺が息を吹き返したのか? ……と、思ったのだがそれは有り得ない。だったら、一体何が……


 床に叩きつけられた僕が身体を起こすと、再び吹っ飛ばされた。太い尻尾による一撃だった。


「芦屋くん!」


 異変に気付いた榛名さんが声を上げる。なんとか身体を起こした僕は、新たな脅威と対面することとなった。


 オバケトカゲモドキ……アンリ・マンユの化身がそこにいた。






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