第10話 希望は微かに

(僕が……邪龍になる?)


 この状況でザラシュトラが冗談を言っているとは思えないが、それでも僕がそんな大それた怪物になってしまうなんて信じられない。だって、体長十五センチ未満のアカメカブトトカゲだよ?


(言っただろう、アンリ・マンユは爬虫類の姿を取って顕現すると。アジ・ダハーカはアンリ・マンユの分身とも言える存在だ……同様に爬虫類の姿を依代に復活しても不自然ではあるまい?)

(じゃあ、ヤツらは最初からそのつもりで僕をアカメカブトトカゲの身体に……?)

(だろうな)


 もう一度、ザラシュトラはため息をついた。


(私はキミを殺しておくべきだったのかもしれないな)

(な、何を言いだすんだよ、突然)

(キミが闇に堕ち、この世に破壊と殺戮をもたらす様など見たくはないからな。キミだって同じだろう? 愛する者が己の爪で引き裂かれる姿など見たくはあるまい?)


 愛する者を……自分の手で……真っ先に僕の脳裏に浮かんだのか誰かは、言うまでもないだろう。


(そうだね……だから、諦めるわけにはいかない。ねえザラシュトラ、僕はどうすればいい? ヤツらを出し抜くには、どう戦えばいい?)

(……確実な方法が一つある……が、キミたちには無理だろうな)


 あからさまに決めつけるような言い方にカチンとらきた。僕は覚悟できているし、榛名さんだって出来る限りのことはしてくれるだろう。だけど、そんな僕に構わずザラシュトラは言葉を続ける。


(アンリ・マンユとその眷属が恐れるものがあるとすれば、それは聖なる火と光だ。ならば、その火を用いるしかないだろう。つまり……)

(つまり?)

(この店に火を放って全てを焼き尽くしてしまえばいい)

(……は?)


 まさかの火攻めだった。いや、それなら確かに勝てるかもしれない。だけど、あまりに被害が大き過ぎるし、そもそも僕の身体だって失われてしまう。それに、それをやるとするなら実行するのは榛名さんしかいない。いくらなんでも彼女を放火殺人犯にすることなんて……!


(そんなの、無茶だよ!)

(だが、世界は救える。暗黒神の復活と引き換えとなら必要な犠牲と割り切ることも……)

(いや、できないから)


 聖人とは思えない過激な発言に思わず鼻白んだ。


(ならば、正攻法でいくしかないな。儀式の最中に乗り込んで肉体を奪い返す……敵もキミが現れることぐらいは予想しているだろうからほぼ不可能に近いがな)


 分かってる、それでもやるしかない。


(そうだ、ザラシュトラ。僕にもアレが使えたりしないの?)

(アレ?)

(ほら、神通力ってやつ。ケージのロックを壊した)


 ザラシュトラはじっと僕の目を……いや、その奥の魂を覗き込んでいるのかもしれない。全てを見透かされているような気がして、なんだか背筋の辺りがぞわぞわした。


(使える、かもしれん。だが蓄積が足りないのと、やはり爬虫類の身体がネックとなっている。出せて小さな火花の一つがいいところだろう)


 だめだ、それじゃ攻撃どころか線香花火にもならない。やはり頼りない知恵と体力で挑むしかないだろうようだ。


(分かった……じゃあ最後に、儀式の行われる日取りに心当たりは?)

(夜、だな。もっとも昏き夜空の元だろう……おそらく新月の夜である可能性が高い)

(分かった。ありがとう、ザラシュトラ)


 礼を言って、その場を立ち去ろうとする僕の背中に、ザラシュトラの声が届いた。


(ヤツらはキミを無力だと侮っているはずだ……そこに付け入る隙が生まれるかもしれん……健闘を祈るぞ)


 僕は床に近い換気口に潜り込み、一旦バックヤードに戻ってから元のダクトを通って『フレンド』の外へと出た。目立たぬ路地裏とはいえ、さすがにずっと待っていてもらっては怪しまれるので、定期的に様子を見にきてくれるように頼んでいた榛名さんに回収してもらう。


「どうだった?」

「うん……収穫はあったよ」


 再び天国……胸ポケットに収まった僕は『フレンド』で見聞きしたものをかいつまんで榛名さんに説明する。放火作戦の話になるとさすがに榛名さんの表情が曇った。


「とにかく侵入経路は確保できた。あとは新月の日までに何かできることを探すしかないな」

「新月の日、ね……」


 榛名さんはスマートフォンを取り出して指先で素早く操作する。


「ねぇ、芦屋くん。新月って……明後日よ」







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