第3話 光と闇の神話

(創造と破壊。善と悪。光と闇。突き詰めれば、世界の全てはそこにたどり着く。対立する二つの存在、そのせめぎ合いの狭間にこそ、この世界は存在するのだ)


 ……おっさん顔の爬虫類が滔々と語り始めた。


(神々もしかり。善神と悪神は宇宙の派遣をかけて、未来永劫に渡り戦いを繰り広げている。時には光が勝利を収めることも、また時には闇が光を討つこともある。だが、滅びることは決してない)


 はぁ……そうですか。


(この世界を創造せし、大いなる二柱の神。光明神アフラ・マズダと暗黒神アンリ・マンユもまた然り。今この世があるのはアフラ・マズダが一時の勝利を得たが故。しかし、弱き人間は光の治世下において堕落し、悪に染まりやすくなるもの。その結果世界は不浄に染まり、ついにアンリ・マンユ復活の兆しが……)

(いや、あの……もうだいたい分かったからもういいです。僕はいい神さまであの道寺とかいうおっさんは悪い神さまね。で、神さまな僕が邪魔だからトカゲにしてやったぞ、と)

(随分と雑な解釈だな)

(これ以上マニアックな話されても理解が追いつかないからね……それで僕ははこれからどうりゃいいんですか? どうやったら元の身体に戻れるんです?)


 まだ喋り足りなかったのか、ザラシュトラは不満そうな表情を浮かべながら、そのゴツいアゴでいくつかのケージが収められた棚の一角を指した。「非売品」と札が貼られたケージの中にドテッと寝そべってるのは榛名も飼っているというあのヒョウモンだかレオパとかいう黄色いヤモリだ。いや、待て……あれって、少なく見積もっても三十センチはありそうだよな……レオパってあんなにでかかったっけ?


(あれはレオパではない。その亜種のオバケトカゲモドキだ)

(オバケ……? バケモンみたいにでかいからか?)

(いいや、夜行性であるところから付けられた名前であるらしい)


 ヤモリなんて大概夜行性なイメージがあるのだが……まぁ、ここでネーミングの由来についてツッコミを入れてもしかたがない。


(そして、オバケトカゲモドキには別の名前がある。いわゆる学名というヤツだ)

(学名?)


 ザラシュトラは頷いた。


(Eublepharis angramainyu……彼らはその名に暗黒神アンリ・マンユの名を冠する種なのだ。だが、ヤツは名前だけではない……今はまだ微睡みの中にあるが、その身にアンリ・マンユの意識の一部を宿した存在なのだよ)


 はぁ? 僕は思わず寝そべる巨大爬虫類を二度見した。あれが? 暗黒神の一部だって?


(いやいやい、ないでしょ。なんで暗黒神がヤモリの中にいるわけ?)


 いくらデカイとはいっても、それはあくまでもレオパの基準に照らして、という意味だ。その辺にいるヘビやらカメやら、それこそワニのような、あれよりも大きな爬虫類はそこかしこにいる。なんならフトアゴヒゲトカゲであるザラシュトラ自身だってサイズなら引けはとっていない。


(あの姿は象徴だよ。かつて、その姿に暗黒神のを重ねて畏敬を抱いた者がいる、大切なのはその事実だ。畏敬であれ崇拝であれ、信奉者の存在こそが神を神たらしめる重要な要素だからな)


 拝む者がいてこそ神、ということだろうか。分かるような、分からないような話だ。


(……神の化身であるキミが何故、そのアカメカブトトカゲに封じ込められたのか分かるかね?)


 僕は首を振った。ちっちゃいけどカッコいいから……じゃ、ないよな。


(アンリ・マンユはこの世に顕現する際、爬虫類の姿を取って現れる……逆に言えば、全ての爬虫類はアンリ・マンユの器となり得るということだ。暗黒神の器に封じこめられた神に、本来の力を発揮する術はない)


 僕は思わず絶句した。それって、もう僕たちは敗北してるってこと? 確かに、よくよく考えたらこれ以上の絶望的な状況はない。まずこのケージから自力で脱出すること方法なんて思いつかないし、例え何らかの方法で抜け出せたとしてもこの身体で外に出たらカラスかノラ猫に食われて終わりだ。僕にできることはこのまま、両親にも友人にも会えないまま、この狭いケージの中で一生を送ることだけってこと……? 一気に押し寄せてきた絶望感に、世界が足元からガラガラと崩れていく。


(だが、希望がないわけではない)


 落ち込む僕とは対照的に、ザラシュトラの言葉にはまだ力があった。


(何らかの儀式でアンリ・マンユ復活を目論むなら君の肉体はそのための生け贄とされる可能性が高い)

(……いや、それじゃ余計に希望なんてないじゃないか)

(そうでもない。逆に考えれば儀式の時まで、君の肉体は無事に保管されている可能性が高いということだ。そのケージを脱出して肉体を見つけることができれば少なくともキミは元の生活に戻ることができる。うまくいけば儀式の阻止も可能かもしれない)


 なるほど、と僕は頷いた。しかしそれにしてもこの身体では色々とハードルが高すぎるだろう。


(だろうな。だから協力者を見つける必要がある)

(協力者?)

(うってつけの人材がいるではないか)


 誰の事かは聞かなくてもすぐにわかった。確かに彼女ならトカゲになった僕を、いや、とりあえずトカゲだけは受け付けてくれるだろう。だからといって協力者になってくれるとはとても思えない。


(そもそも、どうやって事情を説明するんだよ。僕やあなたが何を言ったところで、トカゲの言葉なんて通じるわけないじゃないか!)

(……そうだな。だが今のキミは幸いにもアカメカブトトカゲになっている)


 言ってる意味がまったく分からない。確かに今の僕はアカメカブトトカゲだけど、それのどこがラッキーな状況だというのだろう。むしろ、体長十五センチそこそこの身体は非力に過ぎるというものだ。せめてイリエワニ(最大全長七メートル)ぐらいのサイズだったら誰にも負けないのに……!


(アカメカブトトカゲは発声器官を持っている)


 その言葉に、イリエワニになった自分があの道寺とかいうオッサンを丸呑みにする空想からハッと我に返った。


(発声器官……?)

(つまり、声帯だ。もしかしたら、訓練次第でキミは言葉をもって他人と意思を疎通することができるかもしれないのだ!)

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