第2話 ペットショップで、キミと

 思わず言葉を失った。爬虫類? 榛名さんが? 確かに爬虫類や両生類をペットにしているタレントのこととかは聞いたことがあるが、こういうのはもっと特殊な趣味なのだと思っていた。まさかこんな街中のペットショップで普通に売られているなんて……


「変かな?」

「いや、変……じゃないと思う」


 さすがにぎこちない笑みを浮かべていたことだろうが、榛名さんは気にした様子もなく僕の腕を引っ張ってカラフルなトカゲの元へ向かった。黄色を主体とした体色とデカイ芋虫のような尻尾が特徴的だ。


「これがヒョウモントカゲモドキ。またの名をレオパードゲッコー。爬虫類飼育の入門種で、爬虫類界のアイドル的存在ね」


 夜行性なのか、ほとんどが眠っていた。確かに目を閉じた寝顔はちょっと可愛い……かもしれない。


「トカゲモドキ……? トカゲじゃなくて?」

「この子たちはヤモリの仲間なの。普通のヤモリにはなくてトカゲにはある目蓋を持ってるからトカゲモドキっていうの。それと、陸棲で壁に登らない種類ね。それでこっちが……」


 今度は少し大きなケージの前に引っ張って行かれた。砂漠を模したようなレイアウトがさっきのヒョウモンなんたらと大きく印象が異なっている。中では、大きくエラの張った顔に無数のトゲかヒゲのような物を生やした爬虫類が動かずにじっとしている。イメージ的には愛嬌のあるおっさん、といった感じだ。


「太い顎にいっぱいヒゲが生えてるでしょ? だからこの子はフトアゴヒゲトカゲっていうの。さっきのレオパと双璧をなす、こっちも爬虫類のアイドルね。それでこっちが……」

「お、榛名ちゃん。いらっしゃい」


 次の爬虫類を紹介しようとしてくれた榛名さんが、名前を呼ばれて振り返る。見れば店名の入ったエプロンを付けた中年の男性がニコニコと笑っていた。


「あ、道寺さん。こんにちは」

「いつものやつかい?」

「はい、Mを二十でお願いします」


 なんの注文なのだろう? いつものやつ、というからにはエサか何かの話なのかな……と想像しながら、僕はいくつかのケージを覗き込んでいく。舌が青いからアオジタトカゲ? なんだよ、さっきのフトアゴなんとかと同じでそのまんまじゃねぇか……それにしても色々といるものだ。

 振り返ってみると、こちらには小さめのケージが並んでいた。フトアゴなんとかとは対照的に湿地帯のような環境を再現したようなケージの中に黒い爬虫類がちょこんと蹲っている。


「お、こいつカッケーじゃん」


 全体的にゴツゴツとしていて、背中にはゴジラみたいなヒレ(?)が並んでいる。顔は矢じりのような形で、そこだけは目立つ赤い隈取りの中にあるつぶらな目がやたらと可愛らしい。しかし、全体的なシルエットはミニサイズの怪獣、といえそうな姿だ。


「え〜と、なになに……?」

「おや、アカメかい?」


 声をかけられて振り返ると、道寺とかいうさっきの中年だった。


「アカメ?」

「うん、その子はアカメカブトトカゲって言うんだ。目の周りが赤いからね」


 またそのまんまなネーミングだ。


「気に入ったかい?」

「はい、まぁ……ところであの、榛名さんってよく来るんですか?」

「ん? まぁ、水曜日と日曜日にはたいがい顔を出してるかな。新しい生体は水曜日に入ることが多いんだ」


「ふ〜ん」と適当に頷きながら視線を巡らせると、榛名さんはカウンターのところで何かを受け取るところだった。例の「Mが二十」だろうか。


「付き合ってるの?」


 いきなり核心を突かれて、思わず呼吸が止まった。遠慮なしかよこのオヤジは!


「い、いやいや、そんなんじゃ……」

「なんだ」


 と返ってきた言葉が異様に冷たく聞こえてドキッとした。見ると、顔は笑っているのに目が全く笑っていないようにも思える。なんだかひどく……イヤな感じだ。

「じゃあ」と頭を下げ、オヤジから離れてそそくさと榛名の方へ近づいていく。その間にも突き刺すような視線を感じ、背中にじっとりと汗が滲み出す。まったく、何なんだよ、突然。


「ゴメンね、ほったらかしにしちゃって」

「いや、いいよ。で、何買ったの? Mが二十とか言ってたけど……」


 訊ねると、榛名さんはぶら下げたビニール袋を広げて見せてくれた。平べったいプラスチックのカップに、何やら蠢く生き物が……


「なに……これ……?」

「コオロギ。ウチの子たちのエサ用。カルシウムパウダーまぶして、ピンセットであげるの」


 つまり「Mを二十」とは「Mサイズのコオロギを二十匹」ということだったらしい。そんなの想像できるか? フツー。

 ピンセットでつまんだコオロギを爬虫類にあげる美少女……そのシュールな光景を想像すると軽く目眩を覚えた。世の中、想像だにしていなかった現実というものが意外と近くに転がっているものらしい……



(そこまでは私も見ていた)


 ザラシュトラが頷く。


(問題はその後だ)

(その後と言われても……確か店を出て榛名をコーヒーにでも誘おうかと思ったけど、さすがにコオロギを持ったまま飲食店はマズかろうと思ってやめたんだ……それから一人で歩いてて……)


 家の近く、人通りの少ない通りで白いワゴン車から覆面をした男が降りてきて、後頭部をしたたか殴られた事をここにきてようやく思い出した。この頭の痛みはそのせいか……!


(で、気がついたらこの……アカメカブトトカゲだっけ? になってた、と)

(ドゥルジの仕業だな。キミがアシャ・ワヒスタの転生体であることに気づいて、目覚める前に先手を打ったんだ)

(……はい?)


 突然、意味の分からない単語が飛び出してきて、思わず面食らった。このおっさんトカゲはいったい何を言ってるんだ?


(いいか、キミは暗黒神アンリ・マンユの手下であるダエーワの中核をなす七人の魔王の一人、ドゥルジと敵対する運命を授かる神の転生体なんだ。清浄なるもの。聖火の守護神。その名をアシャ・ワヒスタという)


 ……ごめん、理解が追いつかない。

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