爬虫類戦争 〜小さな小さな神魔大戦〜

蒼 隼大

第1話 気がつけば爬虫類

 頭の疼くような痛みで、目が覚めた。目を開けるとひどく眩しくて、ひどく蒸し暑かった。まだ春先だというのになんだこの暑さは……間違えて暖房でも入れてしまったのだろうか。


 しかしこの痛みはなんだろう? 頭痛のような内側からの痛みではない。むしろ、どこかにぶつけたような外側の痛みだ。血でも出てやしないかと痛む箇所を押さえていた手を見る。


 ……は?


 思わず、自分の目を疑った。黒く、とても小さな鱗に包まれた手の平と、異様に細く長い指。違う、これは僕の手じゃない!

 しかし反対の手を見ても同じだった。僕の身体はどうなってしまったのか……身体を捻って見てみたら、さらに信じられないものを目の当たりにすることになってしまった。ゴツゴツした身体はやはり真っ黒な鱗に覆われていて、その先にはやはりトゲトゲの尻尾があった。何だこれ? 怪獣? 僕は怪獣になってしまったのか⁉︎


(目が覚めたようだな)


 声がきこえた。いや、実際耳に入ったのは「フスー、プシッ」という、空気の抜けるような小さな音だったのだが、それがどういうわけか頭の中で人間の言葉に変換されて聞こえたのだ。ますます訳が分からない。


(まずは落ち着きたまえ。落ち着いて、自らの置かれた境遇を認識するのだ)


 境遇を認識……? 改めて、僕は周囲を見渡した。さほど広くはない空間は透明の壁に囲まれていて、足元には水ゴケが敷かれている。眩しいと思ったのは頭上から照らしているライトのせいだった。そして背後には素焼きの箱のような……何だろう、シェルターというヤツだろうか。


(……なんだよ、これ……)


 呟いて、ドキリとした。自分の声も人間のそれではなく「ギーギー」といった雑音となっていたのだ。それでもどうやら相手には伝わったらしく


(戸惑うのもムリはない)


 という落ち着いた返事が帰ってきた。


(まずは私を見るがよい)


 言われて、声のした方に目を向ける。どうやら俺のいるこの部屋意外にも透明の部屋があちこちにあるようだ。何もない空間を挟んで正面にある部屋はこちらよりも大きく、中はまるで砂漠のように乾燥しているようだった。そして、その中から異様な姿の怪物が小さな眼でコッチをジッと見つめている。


(うわぁっ!)


 僕が仰け反ると、トイメンの怪物が苦笑したようだった。


(驚くことはない。今は君も似たような姿になっているのだからな……もう一度、よく私の姿を見たまえ。見覚えがあるはずだとおもうがな?)


 言われた通りに、もう一度その姿を眺めてみた。ボッテリとした砂色の身体と長い尻尾。何よりも特徴的なエラの張った顔には髭だかトゲだか分からないものが……


『だからこの子はね、フトアゴヒゲトカゲって言うの』


 脳裏に女の子の声が再生される。この声は確か……


(私の名はザラシュトラという。キミ、自分の名前は覚えているか?)


 名前……そう、芦屋和人が僕の名前だ。そして「彼女」の名前は榛名……榛名瞳子だ。確か彼女と僕は……

 混乱した頭の中が急速に整理され、クリアになったことで記憶のピースが次々に嵌っていく……


 せっかくの日曜だというのにやることもなくて、僕はぶらりと街へ出た。ちょっとだけゲームセンターと本屋を覗き、小腹が空いたのでファーストフード店でハンバーガーを食した。何も面白くはない、ダラダラとした休日を過ごすのもそんなに悪くはないもんだなぁ、などと思いながらさて、次は何処へいこうかと考えながら駅前のアーケード街を歩き始めたその時……正面から歩いてくる女子の姿に、思わずドキリとして立ち止まった。


「あれ? 芦屋くん?」


 先に声をかけて来たのは、白のトレーナーとデニムのロングスカート姿の榛名さんの方だった。


「奇遇だね。お買い物?」

「う、うん……まあ、暇だからブラブラしてたとこ」


 微笑みが眩しくて、思わず目を逸らしてしまった。鼓動がドコドコと胸を打つ。こんなところで彼女と出会うならヨレかけたTシャツとサンダルとかじゃなくてもう少しいい服を着てくるんだった……!


「は、榛名さんは?」


 思わず声が上擦ってしまった。恥ずかしい。


「あー、私はペットショップに用事があって」

「ペットショップ?」

「うん。そうだ、芦屋くんって動物好き?」


 正直、犬も猫も嫌いではないがそこまで好き、というほどでもない。しかしこのシチュエーションには肯定的な意見を表明しておくほうが良い選択というものだろう。


「うん、まあね」

「ホント? じゃあ、ちょっと付き合ってもらっていい?」

「え?」


 もちろん「付き合って」というのがそういう意味ではないのは分かっているが、それでも密かに想いを寄せている女子からそんな事を言われればドキリとしてしまうものだ。それにしてもなんだ、この嬉しすぎるご都合主義的な展開は……! ゲームならさっきの選択でフラグが立ってルートに乗ったと判断しても良さそうなところだがさて、現実では……?


「……あぁ、もちろん。暇だしね」


 まあ、どちらにしても休日を彼女と一緒に過ごせるチャンスであることには間違いない。心の中で思いっきりガッツポーズしながら、僕は榛名さんと肩を並べて歩き始めた。


『フレンド』というベタな名前のペットショップは駅前から少し離れた幹線沿いにあった。榛名さんの説明ではさほど大きな店舗ではないが『品揃え』はなかなかのものであるらしい。


「品揃え……?」


 なんだか違和感を覚える言い回しに首を傾げると、榛名さんは「フフッ」とイタズラっぽく笑った。可愛い。


 店内はペットショップ特有の、動物の匂いに包まれていた。動物園ほどひどくはないが、まあアレのちょっとマシなバージョンだ。

 顔見知りらしいレジの店員に「こんにちはー」と軽く挨拶してから意気揚々と店の奥に向かって歩いていく榛名さんについていく。犬猫エリアも熱帯魚エリアもスルーした榛名さんが目指しているのは、どうやら一番奥の小動物エリアのようだ。なるほど、ハムスターか何かを飼ってるのか……と思ったが、それらも無視。

 結局、榛名さんが目指していたのはアクリルケージの並ぶこのエリアだったらしい。


「って、これ……」


 見る人が見たら悲鳴の一つもあげかねない生き物たちが、そこにいた。グルリととぐろを巻いたヘビ。ペッタリと壁に張り付いたヤモリ。僕たちの気配を察してカサカサと姿を隠すトカゲ。張られた水から顔だけを出している毒々しい色のカエル……


「う〜ん、みんな元気そうでなにより」


 それらを前に榛名さんは上機嫌だ。


「あの、榛名さん。ここって……」

「うん。私、爬虫類が好きなの」

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