第4話 影の裏舞台 モネの話
とある撮影スタジオの楽屋。
大きな鏡台の前に座り、白いワンピースを着たモネは、頬杖をつき大きなため息をついた。
「どうしたモネ。もうすぐ雑誌の撮影だってのに元気がないな」
モネが振り向く。コーヒーの入った紙コップを持ったマネージャー、小坂が楽屋に入ってきた。小坂はガッチリした体格の男で、いつもサーモン色のシャツとジーパンを着ていた。睨んでいるような細い目と、やや威圧感のある口調もあいまり、彼を知る人物からは強面と評判だった。だがモネにとっては数少ない心を開ける大人だった。
「ほい、差し入れ」
モネは会釈し素直にカップを受け取った。だが口をつけかけてからカップを置き、つっぷした。
「小坂さん、あたし怖い」
「お前に怖いものなんてないだろ。お前が出演するイベントチケットは毎回売り切れ。いくつかアップした動画の再生回数はのべ数億回。人気雑誌の専属モデルの地位も獲得。映画の出演オファーまできてる。ここまでくりゃあ順風満帆……」
「そういうことじゃなくて」
小坂の言葉を遮り、モネは小刻みに肩を震わせ顔を覆った。
「あたしの写真とか動画とか、アップされる度に再生回数とかリツイートとか何万回って半端ないじゃん」
「ああ、だからそれはいいことじゃないか」
モネは首を振った。
「あたしぞっとするの。こうやって知らない間に知らない誰かに好きになられたり嫉妬されたりしていくんだなって。しかもそれ、アイドル用に作ったキャラで本当のあたしじゃないのに。有名になっていく度に怖くて。もともと目立つの嫌いだったし、こんなに有名になるなんて思ってなかったし」
「まあなんだが、贅沢な悩みだぞ。この業界じゃ有名になりたくてもなれない子がごまんといるのに」
「わかってるよ。でも、怖い。引きこもりたいくらい。仕事でも笑顔になれない時があって。部屋も真っ暗にしてるの。もうライトも浴びたくないから。いっそ誰かに代わってほしい。例えばいつも追っかけてくるあの人、マネだっけ?とかに」
モネはさめざめと泣き出した。小坂は困り果てて頭をポリポリかいた。彼にはもはや手助けの余地はなかった。こればかりはモネの心の問題だからだ。
「まあ撮影までまだ少し時間がある。コーヒー飲んだら気分転換に外の空気でも吸ってこいよ」
小坂は言い残しスタスタと出ていった。モネは鏡の前でヒクヒクと泣き続けていた。楽屋の照明によって、彼女の後ろに長い長い影が伸びていることなど、気付きもしなかった。
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