影の末路

Meg

第1話 その後 セラピー

 病院のデスクで、精神科医はパソコンの画面の動画を見ている。

 画面には、ソファに座った十代後半の黒髪の少女『モネ』の映像がうつっていた。彼女は入院患者用のそっけない白い服を着ていた。だがどんなに地味な格好をしていても、万人をして彼女の容姿をかわいい、あるいは可憐と評するであろう。色白で小さな体に、きらめく大きな瞳が印象的な『モネ』は、ふっくらしたかわいらしい頬をふくらませていた。

「先生、あたしいつ帰れるの?悪いところなんかないって言ってるでしょ?」

 明るくはっきりとした声だった。

「あなたは、『モネ』?」

 動画に精神科医の淡々とした声が入った。

「は?」

 『モネ』は大きな目をみはり、思いもかけないといった風だった。

「この前は『マネ』だったから」

「『マネ』もここにいるの?あたし『マネ』に会ってみたい!会わせて!」

 『モネ』は身をのりだし、地団駄を踏み始めた。

 精神科医の声が『モネ』のわがままをなだめようとした。だが、『モネ』はそこで豹変した。なんの前触れもなかった。

「先生、私『モネ』になれていました?」

 精神科医は映像を止めた。画面の中の少女はもう『モネ』ではなくなっていた。

 まるまった背中。うつむき気味の頭。小さくかすれた覇気のない声。陰険そうな表情。中でも違うのは目だった。半開きの目は、春の湖面のようなきらめきが消え、どぶのように濁っていた。 

 顔も体も同じ、だが彼女はまったく別の少女だった。

彼女はある事件を通し、多くの人々におののきを与えた。そして社会から追放され、この病院へ送られた。 

 精神科医はこういった患者には慣れていた。おののきどころか、むしろ精神に対する知的好奇心がそそられるのを禁じえなかった。

 精神科医は内心ひそかに少女を『影の少女』と名付けている。

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