第2話 冬馬の事情
「でもさ、君らどうして合コンなんだ」
冬馬が不思議そうに訊ね、安幸と猛男が「ほんとにな」と頷く。
「どう言う意味?」
相変わらず、警戒心満載の猫のように、霞子が聞き返す。
「だって三人ともスゲー美人さんじゃん。おまけに将来女医さんで知性も教養もある。合コンする必要なんかどこにあるんだ?」
「冬馬君。タケちゃんさんも、言葉が少し足りない。今のに可愛いとチャーミングと綺麗を加えなきゃ。で、そんな私達が何故合コンするかっていうと――男性を観察するため……だな」
「そうなの」雪江が言った。
「私達今まで忙しくて男性経験が無かったから今のうちに……ね」
「ちょっ……。その言い方ってさ、良くないよ」
雪江が誤解を招くような言葉を使うので、男達は言葉を詰まらせる。
冬馬が尚美の平手打ちを警戒しながら、
「合コンの流れで、男性経験がしたいって言えば、エッチがしたいってことと同意語なんだから」
「そうなんだ?」
「へえ!」という顔の女性達に、男達が一斉に頷く。
「でも、恋人を作ったり、お付き合いをする積もりは全然無いから、最初のお食事会だけで終わりにするんだけどね。合コン自体は三回目なんだけど」
「じゃあ、クラスの男性はどうなんだ? 多いんだろ」
「男性が多いと言うより、女子は私達とあと四人だけ。それ以外は全部男子なんだけどね。さっきもいったように学部とかクラス内で付き合ったらややこしいでしょ」
「振った奴と一緒にいるのも鬱陶しいし」
「いつも、ベタベタつきまとわれるのも煩わしい」
「そんな訳で」
箸をタクトのように振りながら、尚美が言った。
「あなた達とも電話もアドレスも交換はしない。でも、今までで一番楽しかったわ。私達のフルネームを教えたのなんか初めてだもの。あなた達って、女性から見た点は結構高いわよ」
安幸の
「はあ……」という間の抜けた声と、猛男の「そんな評価をされたのは初めてだな」という言葉に、女性達は自分達が与えた高評価に男性が喜び満足したと思い、微笑んだ。
だが、男達にとって、そんな女性からの評価など、どうでも良かったのだ。
冬馬が、「楽しかった。おまけに高評価貰って嬉しかったし。なあ」
同意を求め、2人が頷く。
猛男の、
「最後にこんな美人さんと楽しい酒が飲めて良かったよ。俺達は明日から予備考査があるんでね。声をかける暇もなくなりそうだから安心してくれ」
という言葉に「あっ本当だ」と、改めて自分たちにも考査が迫っていることを思い落ち着きがなくなる。
「嫌だ。猛男君があんなこと言うから、なんだか不安になってきた」
尚美の言葉が解散の宣言になり店を出た。
「男の努めだからと言うわけではないけど、送ろうか」
猛男が言った。
「有り難う。でも大丈夫です。これ、最初に言うと引かれるんで言わなかったんだけど」 雪江が恥ずかしそうに言う。
「カスミって空手二段なんですよ。ナオは剣道三段だし、まあ、私も一応合気道二段なんで」
「スゲエ」猛男が素直に驚いた声を出して「俺が送って欲しいかもだ」といった言葉は無視された。
「それにお酒飲んだときは、ナオのマンションに泊まることになってるから、ホントに心配しないでいいです」
送られて住まいを知られたくない。そう思っている事は容易に理解出来た。
それは合コンをする女性が抱えるリスクで、初めて会った男性が、どう変化するか解らない以上、ストーカーを警戒するのは当然のことだ。
「分かった。じゃあみんな、元気でな」
「卒業まで頑張ろうね。さようなら」
手を振って別れた。
「へえ。医科の女の子ってあんなだったのか」
猛男が、学生通りを行く女性達の後ろ姿を見送りながら言うと安幸が、
「あれは別ものだろ。家が金持ちで、頭が良くて、おまけに美人だ。参考になんかならねぇよ」
「まったくだ。もしキャンパス内で出会ってもニヤけて近付かない方がいいと思うぞ」
冬馬が尚美に平手打ちをくらった頬を撫でながら言い、安幸が「事故だと思え」と、冬馬の肩を叩いた。
「でも、久しぶりに美人さんと、話したな」
「ああ、ラッキーだったということにしよう」
猛男はJRに、安幸はバス停に、冬馬は徒歩で、「じゃあな」と声を掛け合い、それぞれの方向に分かれた。
冬馬のアパートは、大学の東側二キロ程の川沿いにある。
以前は、帝大の時代から立ち並ぶ学生相手の下宿屋のうちの一軒だった。
それを、家主が高齢になったので息子が、手間のかからないアパートに建て替えた。そんな新築の物件に、運良く入居することが出来て、五年になる。
冬馬に両親はいない。
中学生の時、母親を癌で亡くし、大学二年の時に父親を飛行機事故で亡くした。
生命保険会社は、『充分な補償をします』と言いながらも、約款に潜ませた条項をたてに補償額を減額し、航空会社の賠償も父の年収を定年までの残存年数を掛けた額と、僅かな見舞金しか示さなかったので当初予定していた院への道は諦めた。
管理ができなくなった土地と建物は不動産会社に委託して賃貸物件にした。
幸い交通の便がいいのですぐに借り手が見つかり、維持費と税金を差し引いた僅かな収入を得ている。
不動産屋の勧めに反対してその土地家屋を敢えて手放さなかった訳は、卒業後何年か企業で獣医師をしたら、その土地に動物病院を建てるつもりでいたからだ。
動物と自然が好きで、山歩きをするうちに今の仲間ができた。
剣道部は部長が替わり、大会には参加せず、自由に気軽に稽古する愛好会に準ずるという方針に変わった、三年の時に入部した。
それまでの剣道部は、いわゆる体育会系の剣道部で全国を目指していたから、高校の名門剣道部並みの鍛錬を強制していた。
生活の殆どを部活で消耗してしまえば、国家試験どころか、卒業試験さえも通らなくなる。
ましてや、楽しみにしている山歩きさえできなくなる部活など考えられなかったのだ。
各部科の考査が一段落ついたある日。
そんな剣道部に、あの日居酒屋で偶然同席した尚美が入部を申し込んできた。
理由は、『こちらの方が住居に近いから』だ。
部長は「うちは健康剣道なんで、そういう、ぬるい理由の人ほど歓迎するけどいいのかな。途中で大会に参加したいとか言い出さない?」
「大丈夫です。今居るところも似たようなものなんで」
そんな会話の後で、あまりやる気が無いことを歓迎された尚美は、即日防具を移動した。
北門を出て学生通りを東へ、僅か四百メートルほどの所に尚美が借りているマンションがあった。
この距離なら汗をかいたら道着のまま、マンションに帰り身体の手入れが出来る。
尚美は時々練習に来る近所の女子高生の指導をしながら、いつのまにか北の剣道場にも馴染んでいった。
南の部長は、両方の剣道部に籍を置く尚美に当初不満を漏らしていたが、尚美の言った「向こうの道場には女子高生が沢山来るので、その面倒を頼まれちゃって」
だから手の空いた人にも手伝って貰えると有り難いんだけどな。それに練習試合もできるし。という言葉に乗せられて、南北の交流が始まった。
「沢山というのは主観の問題だから、女子高生が四人も来れば私には沢山なんだよ」
そう言って冬馬にVサインを出した。
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