第10話「本当の旅立ち」

 結局、私達は3日程、城に留まった。

 これは同行を許したピルンが出国するまでに必要な時間と、パンジャン家に対する処罰にかかった時間だ。


 パンジャン家への処罰は思ったより早く、私達が脳筋派を引き渡した二日後に決まった。

 国王リッティからの正式な沙汰があった日、ラナリーが部屋にやって来て説明してくれた。

 私がお茶を準備し、フィンディと共に話を聞いた。

 ラナリーは笑顔だった。


「おかげさまで、一族全滅は免れましたですぅ」

「ほう。一族全滅は免れたのか。それは良かったな」

「それもこれもお二人が陛下とエティス様に働き掛けてくれたおかげですぅ」


 ラナリーは、泣き笑いでペコペコと頭を下げてきた。どうやら、私達の口添えがなければ相当数の命が粛清される流れだったらしい。

 

「本当に、感謝の言葉もありませんですぅ」

「気にするでない。お主までうっかり処刑されたりすれば、ワシらも寝覚めが悪いじゃろうが。それで、例の脳筋派はどうなったのじゃ?」


 結果として、ラナリーを始めとしたピルンの拉致に関わっていない者はお咎め無しだが、実行犯のラインホルスト一派は何らかの処罰が決定されたらしい。

 一体、どんな裁きが下ったのだろうか。やはり処刑だろうか?


「ラインホルスト達は、貴族としての立場を剥奪した上で、大森林の狩人になるように命じられましたぁ」

「それは、罰なのか?」

「一般的にはかなり罰じゃな。ワシが育てておいて何だが、大森林は危険な魔物がウヨウヨいる場所じゃ。そこでの狩人は採集や魔物退治で生計をたてるのじゃが。ま、割にあわん。死ねと言われているようなものじゃ」


 フィンディがそう言うなら間違いない。しかし、あの戦闘大好きな人々なら喜んで狩人に墜ちてくれそうな気がするのだが。


「なるほど。普通ならば死ねと言われているようなものだな。しかし、彼らは……」

「お察しの通り、喜んで受け入れていましたぁ」

「やはりか……」


 脳筋派の連中は凄い。想像通りなのが、想像以上だ。


「この国としてそれで良いのか? もっと厳しい罰を与えた方が良いように思えるのじゃが」

「あの人達は考えが足りないだけで、戦力としては王国最強クラスなんですぅ。だから、いざという時に使えるようにしておく必要があるんですぅ」

「それで今回の処置か。しかし、貴族の地位を失うなど、恨まれると思うのだが」

「大丈夫ですぅ。むしろ陛下に感謝していましたぁ。元々、貴族に向いてない人達でしたからぁ」


 普通なら処刑されても文句が言えないところに、慈悲ある裁き。その上、ずっと戦闘し続けれる環境まで用意してくれたと大喜びらしい。

 どうやら彼らは脳筋ではなく、戦闘抂だったようだ。私達がもの凄く強くて良かった。普通に国の騎士団や冒険者が動いた場合、かなり厄介なことになったに違いない。


「以上が、今回の件についての報告ですぅ。他に何かありますかぁ?」

「ピルン……使者殿はそれで納得していたのか?」

「はい。驚くほどあっさりと受け入れてくれましたぁ。もっとゴネるかと思ったんですがぁ」


 それはそうだ。ピルンにとって目下最大の問題は、自身の立場が私達の出発を遅らせていることだろう。それに比べれば、脳筋派のことなど些末事に違いない。実際、毎日頭を下げに来る。


「ラナリー、お主はどうなるのじゃ? 一応、ワシらに協力したのじゃから褒章でもあったか?」

「おかげさまで出世できそうですぅ。ただ……」

「ただ?」

「ラインホルスト達の監視役も仕事のうちにされそうですぅ。うぅ、頻繁に大森林に行くのは辛いですよぅ」


 元同族で、彼らの扱いを知っている彼女が適任という判断だろう。ラナリーはかなり強いので、大森林で戦う脳筋派と共に行動可能な点も大きそうだ。有事の際には、狩人から兵士となった脳筋派を率いる彼女の姿が目に浮かぶ。


「そうか。出世おめでとう。偉くなれば、責任も増えるものだ」

「ぶっちゃけワシら、関係ないからのう。大森林は危険じゃから気をつけるのじゃぞ」

「うぅ、気をつけるようにしますぅ」


 ラナリーには悪いが、これから旅立つ我々にはどうしようもない話だ。今後の活躍をお祈りするしか無い。

 それはそれとして、私はラナリーに聞きたいことがあった。


「……なあ、ラナリー。今回はどこまで君の想定通りだったんだ?」

「……何のことですかぁ?」


 私の質問に疑問符で返すラナリー。フィンディは横で静かに茶を飲んでいる。驚いていないところを見ると、このくらいの想像は巡らせていたのだろう。


「君は留学までしている才女だ。短い付き合いだが優秀さはわかる。今回の件の犯人と落とし所くらい、見当をつけていたのではないか?」

「そもそもワシら来なければ、お主が中心になって事に当たる予定だったのじゃろう。その程度は出来る人間なのじゃろ?」

「…………」


 しばらく無言だったラナリーだが、観念したようで、話し始めた。


「えっとぉ、実は想定外の最高の結果ですぅ。王国の戦力は落とさずに、脳筋派の皆さんはいい具合に政治に口出しできない立場になりましたからぁ」

「想定だとどうなっておったのじゃ?」

「最悪は、私を含めてパンジャン家は全員処刑ですぅ。でも、出来れば脳筋派と偉い人が責任を取るくらいで済ませたいと思ってましたぁ」

「なかなか怖いことを言うな、君は。国のために一族全てを投げ出す覚悟だったのか……」


 しかも、自分も含まれてるし。命は大事にしたほうがいい。


「私が忠誠を誓っているのは一族ではなく、リッティ陛下とエティス様ですからぁ。今回の件ならば、そのくらいの覚悟で望みますよぉ。それで国が救われるなら安いものですぅ」


 ピルンは大国の使者だ。うっかりでも死なせたら、ただでは済まない。彼女は自身の全てを賭けて任務に望んでいたのだ。

 ラナリー・パンジャン。口調はふわふわしているが、国王と大臣の信頼通りの忠誠心を持つ立派な女性である。


「見事な忠義じゃ、ラナリー」

「えへへ。光栄ですぅ」


 私の代わりに、フィンディがラナリーを称賛してくれた。この国の人間ならば、これが一番良いだろう。

 

 その後、少し歓談したあと、どうせ近くだからと、フィンディの家をラナリーがたまに様子を見に行くことに決まった。

 内部は魔術で保存されているので気にしなくていいが念のためだ。

 また、フィンディがいくつか魔術の品をラナリーに送った。うっかり大森林で死ななないための用心らしい。フィンディのポケットには魔術装備を詰め込んだ倉庫がある。神世時代の強力な装備も多いので、私もちょっと欲しいくらいだ。

  

 ラナリーとのこのやり取りをした翌日、ピルンから「出立可能」の報告を受けて、私達は旅立つことにした。


   ○○○


 出発の日。私達は以前と同じく裏門に集まった。

 見送りは国王リッティと大臣エティス。ラナリーはいない。早くも大森林に向かったとのことだった。

 出発の準備に手間取っているのか、ピルンだけがまだ来ない。彼は荷造りも出来ていなかったようなので、仕方ないだろう。

 ピット族の登場を待っていると、エティスが私に話しかけてきた。


「バーツ様。本当にお世話になりました。心よりお礼申し上げます」

「なに、仕事をしただけですよ。冒険者としてのね」

「そうでしたね。陛下からの報酬も弾んでいます」


 笑みを浮かべながら言うエティス。今回の件は私達の冒険者としての初仕事なので、しっかり報酬は貰っている。しばらく路銀には困らないはずだ。

 

 私とエティスが話している向こうでは、リッティとフィンディが別れを告げていた。

 フィンディはともかく、リッティの方は大分感傷的になっている様子だ。


「あちらは長引きそうですね」

「仕方ありません、生まれた時からの付き合いですから。陛下はフィンディ様を大分頼りにしていますし」

「これからは、エティス様が頼りにされる番ですね」

「やめてください。それと、私相手に敬語は不要です。すでに貴方はフィンディ様と同格の扱いをするよう言われていますから」

「む。そうか、そんなところまで気を使わなくても良いのだが」


 いきなり大層な扱いをされてしまうというのも戸惑う。敬語は慣れていないのでかなり助かるので、その通りにさせて貰うが。


「私は大臣ですから。気を使うのが仕事です」

「それもそうか。ピルンの方もそろそろ来るはずだが」

「出国までの手続きを無理に早めましたので、準備がまだでしたからね。まさか、お二人と出発したいと言うとは思いませんでした」

「彼なりの事情というやつだ」

「ある意味安心です。お二人と一緒なら、絶対安全ですから」

「買いかぶり過ぎだよ。私達とて万能ではない。そうだ、一つ聞きたいのだが」


 先日のラナリーと同じく、私はエティスにも聞いておきたいことがあったのを思い出した。


「なんでしょう?」

「どうして私を魔族だと思ったのだ?」


 出発前、手紙を渡すときにエティスは「まあ、久しぶりに人里に降りてきた魔族の方へのアドバイスのようなものです」と言っていた。

 私は自分が魔族だと言ったことは一度も無い。

 何を基準に彼女が私を魔族だと判断したのか興味があったのだ。


「長命な種族のようですが、エルフには見えなかったので推測できました。それと、グランク王国では魔族の国民が珍しくありません。バーツ様はなんというか、その、雰囲気がその人達に似ていました」

「そうか。確かにエルフには見えないだろうからな」


 500年以上生きる種族は多くない、私の外見はどう見てもエルフではないので、推測は容易だったわけだ。魔族と気づくと警戒する相手もいるだろうから、この辺りの表現は今後気をつけよう。

 加えて、雰囲気で魔族に見えたというのも意外だ。私にはわからないが、500年も魔族と暮らせば、自然とそうなるものかもしれない。


「なるほど、勉強になった。って、魔族の国民だと、それは本当か?」

「? 本当ですよ。それどころか、国王の妻の一人は魔族です。だからこそ、魔族を受け入れやすい風土なのです」


 驚く私に対して、何を当たり前のことを、という態度でエティスは答えた。

 信じがたい話だ。人間と魔族は敵同士。一部の特殊な個体が人間の国家で身分を得ることはある。だが、国王の妻になり、珍しくない数の魔族が国民になるなど、聞いたことがない。


「なんと……人間の国でそんなことが……。あれだけの戦いがあったのに」

「バーツ様にとっては500年がつい先日でも、私達にとっては遠い昔ですから……」


 500年。私にとっては短い時間だが、人間ならば過去となるに十分な時間だということか。それでも、魔族を妻としたグランク王国の国王は只者ではない。私の知るこの世界の歴史上、あり得なかったことをやり遂げている。


「国王自らが魔族を娶る国、グランク王国か。俄然、興味が沸いてきた」

「とても良い国です。きっとバーツ様も気に入るかと」

「ああ、楽しみだ。旅立つ前に良い情報を得た、感謝する」


 私が思わず右手を出すと、エティスも笑顔で握手をしてくれた。

 魔王城から放り出されて一週間も経っていないが、非常に良い経験をした。

 

 私とエティスが話している間に、フィンディの挨拶も終わったらしい。

 ため息をつきながら、フィンディがやってきた。


「ふぅ、これは旅に出て正解だったかもしれんのう。リッティの奴はワシを頼りすぎだ」

「生まれた時から居た人との別れだ、多少は勘弁してやれ」

「そうだのう。たまには手紙でも書いてやることにしようかのう」


 フィンディのその言葉を聞いて、リッティが即座に反応した。


「聞きましたよフィンディ! バーツ殿! たまに手紙を書かせてください!」

「し、承知した。任されよ」


 物凄い必死だったので頷くしか無かった。フィンディが面倒くさそうな顔をしていたが、これも仕事だと思って、たまに手紙を書いて貰うことにしよう。


「あれ、大丈夫なのか?」

「数日落ち込むでしょうが、まあ、なんとか……」


 この国の大臣はこれからも大変そうだ。まあ、優秀な彼女なら国王と協力して国を盛り上げてくれるだろう。

 

 別れの挨拶を済ませたところで、ようやくピルンがやってきた。彼は自分の身体くらいある、巨大なリュックを背負っていた。見た目に反して、まるで重そうに見えない。旅慣れているのだろう。

 そういえば、ピルンはお供を連れているという話は聞いていない。リュック一つで各地を回っていたのだろうか。だとすれば、身軽にも程がある大国の使者だ。今度、その辺りについて聞いてみよう。


「お待たせしました。色々と手続きがありまして、遅くなってしまいました」

「気にするでない。身分があると大変なものじゃ。じゃが、ようやく、これで旅立ちじゃな」

「うむ。以前と同じように裏口からな」

「お望みなら、正門から盛大に送り出しますよ!」


 国王が笑顔で提案したが、私達は全員一斉にノーを突きつけた。国王はちょっと落ち込んだ。


「次に来る使者については追って本国から連絡があると思います。それをお待ち下さい」

「二人共、次に来る時は子供の一人もこさえておくんじゃぞ」

「国王リッティ、大臣エティス。本当に世話になった。ここから旅立てるのを嬉しく思う」


 三人でそれぞれ好き勝手言って、手を振りながら、出発する。フィンディの発言に、エティスが怒っていたが気にしない。ちょっとした置き土産のようなものだ。

 

 門を出れば、街の中だが、旅の空だ。

 目指すはグランク王国。そこに向かうまでに、魔王城についての情報が入ってくることがあるだろうか。

 

 何はともあれ、私のかつての配下を探す旅が、ようやく始まった。

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