閑話「双子の国へ向かう途中」
「どうです、良いお店でしょう」
「流石はピルンじゃ。良いところを知っておるのう」
「本当に変わるものだな、昔は海辺といっても都市から離れていれば寂しいものだったが」
私とフィンディ、そして旅の仲間として加わったピルンの3人は、とある港町で休憩をとっていた。
大森林の国カラルドを飛行魔術で飛び出した私達は、街道を見失わないように気をつけつつ移動。通常なら10日はかかる行程を1日で消化して、隣の国である双子の国エリンへ入った。
そのままの勢いでエリンの王都まで飛んでも良かったのだが、休憩と情報整理のために適当な町に立ち寄ることにしたのだった。
私達はピルンのオススメの店で食事をとりながら話している。
海の見える、石造りの小洒落た作りの食事処だ。美的センスのイマイチな私ですら「洒落ている」と思わせるこの店は、グランク王国によくあるレストランというタイプの店舗らしい。
窓には高価なガラスが使われ、店内は明るい。こういった店で海を見ながら海の幸を食すとは。なるほど、贅沢だ。
「この店も相当によく出来ているが、町の方も大分栄えていたな」
私の知る時代だと、どの国も王都と主要な街道が交わる町でなければ寂しいものだった。
この店のある町も、かつては寂れた漁村だったはずだ。
しかし、今ではそれなりの規模に発展し、毎日新鮮な魚や加工品を近隣の町に届けているらしい。
更に、人々が海で泳いだり、体を休めにくる観光地にもなっているという。
人間が増えると、色々と変化が起きるものだ。
「東のグランク王国から、どんどん文化が西に輸出されていますからね。それに伴い街道が広くなって治安が良くなり、経済も活発になった結果です」
「カラルドは本当に田舎だったんじゃのう。この町ですら王都のオアシスよりも活気があるのじゃ」
「たしかに……」
フィンディの言うとおり、町の広さはともかく活気だけならこの港街が上だ。
「わたしとしては、お二人の方が驚きですよ。飛行魔術で移動するのは体験済みでしたが、まさか食事を必要としないとは……」
「必要としないわけではないぞ。ワシはちゃんと食べる」
「む、私も美味しい食事は好きだ。別に食べなくてもいいけど」
3人で旅立って最初に問題になったのは食事についてだった。
この町に立ち寄る前にピルンが食料のことで私達に相談した。移動速度が早いので、どの程度の食料を持てば良いか悩んだらしい。
私とフィンディの回答は「食料はほぼ持っていないのでわからない」だった。
神世エルフのフィンディは水と野菜や果物、簡易な食料を少し持てば、一週間は余裕で行動できる。
他の種族と比べて高い能力を誇るだけでなく、非常に燃費の良い種族なのだ。
そして、私の方は食事をしなくても大丈夫だ。
以前、一月ほど飲まず食わずでいたが、何の問題もなかった。
自分自身がどんな種族かわからないが、どうやらそういう存在らしいのだ、私は。
食べなくても生きられるが、味覚はあるので食事は大好きである。
それらをピルンに伝えると彼は大層驚いていた。ピット族は普段は3食。多ければ1日4食食べるそうだ。
その話の中で、私達は食事の必要は薄いが美味しいものは好きだと言うと、オススメの店があるとピルンが言ったのもあり、この港町で休憩となったわけである。
「ご注文はどうしますか?」
「ピルンのおすすめで頼む。何がいいのかわからん」
「ワシもそれで良いのじゃ」
「承知致しました」
ピルンが給仕に注文する。聞き覚えのない料理の名前だったので、何が出てくるかはお楽しみだ。
「さて、料理が来るまでに少し確認をして良いでしょうか。バーツ様の昔の仲間のことです」
「ああ、頼む」
給仕が置いていった水に口をつけながら、ピルンが声を落として話し始めた。
私の目的、新魔王及び元配下の捜索。その件について、落ち着いて話すのもここに立ち寄った目的だった。
「今の所、私にその方面の情報はありません」
「当然じゃろう。バーツが魔王をクビになってまだ一週間じゃ。魔王復活の情報が流れてくるには早過ぎる」
まあ、話し合うと言っても現状確認程度しか出来ないのはわかっていたことだ。
私が魔王をクビになってからの期間が短すぎる。別の大陸に魔王が拠点を構えた可能性などを考えれば、海を超えて情報が渡ってくるのを待つ必要もあるのだ。それらしい情報を得られるまでもう少しかかるはずだ。
「おっしゃる通りです。ですが、緊急事態が起きていれば私に本国から連絡くらい入るはずです。今の所それもありません」
「つまり、グランク王国でも事態を把握していない可能性が高いということか?」
「はい。魔王についての情報は何もないと考えて良いでしょう。あと、カラルドにいる間に本国に魔術で連絡を取りました。恐らく、このエリンの国にいる間に何らかの連絡があるはずです」
流石は大国の使者であるピルンだ。既に私のための情報収集を開始していたとは。なんとなくノリで同行を許可した節があるのだが、思った以上に力になってくれそうで頼もしい。
「ふむ。どんなことを聞いたのじゃ?」
「大森林の賢者が魔族について心配していた。何か情報はあるか、と。失礼ながら、フィンディ様の名前を使わせて頂きました。神世エルフの言葉が最も説得力があると思いまして」
「まあ、よかろう。嘘ではないしな」
「ピルン、次にフィンディの名前を使う時は事前に言うようにしてくれると嬉しい」
「はっ、肝に銘じます」
ピルンの行動が少し先走っていたので一応注意だけしておく。まあ、今回は事後承諾でも構わない内容だったが、他人の名前を勝手に使うことは控えてもらった方が良いだろう。
「この街でも少し情報を集めてみたが、魔王の噂はまるで無かったな」
一応、レストランに来る前に冒険者ギルドなどで話を聞いたが実に平和なものだった。この近隣で物騒な事態は起きていないようだ。
「じゃが、油断は禁物じゃぞ。現にバーツがこうなっているのじゃからな」
「そう言われると、緊張感がありますね」
「まあ、何とかなるんじゃないか?」
「お主は緊張感無さすぎじゃっ!」
フィンディは怒るが、魔王が派手に動くタイプならとっくに何かしていると思う。それがないということは、魔王はまだ裏で準備でもしているということだ。
……なんか、考えてみると、そちらの方が厄介な気がしてきた。出来るだけ早く、尻尾くらい掴みたいものだ。
私達がまだ見ぬ魔王について話している間に、料理が来た。
私達の前に皿が並べられる。
ライスとスープ、そしてメインとして皿の上に乗っていたのは見慣れない海老の料理だ。
それが海老とわかるのは尻尾が見えているからである。それ以外の部分は茶色い物体に包まれていてわからない。
恐らく、頭や殻をとって何らかの処理をした料理だろう。その上には白いソースが乗っている。
見慣れない料理を見て、フィンディが質問した。
「ふむ。この料理はなんというものじゃ?」
「エビフライと言います。国王陛下が若いころに考案した料理で、グランク王国の海沿いでは定番になっています」
「フライ? そうか、これは、油で海老を揚げているのか。贅沢だな……」
海老を何かで包んで揚げたのだろう。不思議な料理だ。しかし、油なんて貴重品をふんだんに使うとは。ピルンの奴もなかなか高い店を紹介するものだ。
「王国では魔術を使って色々と大量生産をしてますので、油も昔ほど高級品ではないのですよ」
「うぅむ。聞けば聞くほど凄い所だな」
どうやら、私の知識は古かったらしい。だが、料理一つ見ても、グランク王国というのは、世の中に想像以上の変化をもたらしているように思える。
「ワシが行きたくなるのもわかるじゃろう」
フィンディの言葉に頷きながら、私はフォークをエビフライに突き刺し、口に運んだ。
食べた瞬間、口内にかつてない味が広がった。
油で揚げた海老を包み込む部分の小気味よい食感、かかっているソースの酸味の効いた濃厚さ、そして海老の味。
なんだこれは、初めて食べる美味さだ。
「美味い! なんという……ここ500年で一番美味いものを食べたかもしれん」
「お口に合ったようで何よりです」
「ふむ。なかなかじゃな……」
控えめな感想を言いながらむしゃむしゃ食べるフィンディ。どうやら彼女も気に入ったようだ。
「ピルン……」
「なんでしょう、バーツ様」
「これからの旅先でも、こういう店はあるのか?」
「まあ、それなりに。グランク王国につけば、もっとありますよ」
「そうか……楽しみだ。情報収集の合間に案内してくれ」
「喜んで」
「ワシを置いてくでないぞ」
思わぬ旅の楽しみを見つけてしまった。食事に対する興味の薄かった私だが、こんな体験が出来るなら積極的に美味しいものを食べて行きたい。
魔王の問題が片付いたら食べ歩きの旅をして暮らすのも悪く無い。この食事は、私の今後についてそんな思いを抱かせるくらいの良い経験だった。
そのまま私達はほぼ無言で食事に集中した。
そして、食後のお茶を楽しみながら、これから訪れる場所について話し合うことにした。
「既にエリンの国に入っているのだが、この国の名前は500年前と変わらないな」
「そうじゃな。たまに危うい時はあったが、概ね安定しておる」
「隣国のラエリンと王都が同じ位置にあるから戦争しにくいですしね。それに、周りに進出してくるような大国も無かったですし」
双子の国、エリンとラエリンは歴史の古い国だ。
元はエリンという一つの国で、土地と君主と運に恵まれたおかげか、平和な上に比較的豊かな国として運営されていた。
ある時、王の子供に双子の王子が生まれた。王は二人の王子を平等に扱い、王子達は仲良く育ったという。
大抵の話ならこの後、王位を争って悲惨なことになるものだが、エリンの国は違った。
王子達はそのまま仲良く成長し、王が退位する際に国が二つに分けられたのだ。
上の王子がエリンの名で国土の西側を、下の王子がラエリンの名で国土の東側を支配することになった。
王都は共に同じ場所に設置し、二人の王子はその後も仲良く、それぞれの国を統治したという。
500年前、旅で訪れた時には既に伝説になっていた話である。
フィンディが言うには事実らしい。本当に、あり得ないくらい偶然が重なって、上手いこと国を二つに分けたそうだ。
現代においてもこの2国は、王都を実質共用しながら国家運営しているというのだから驚きだ。
ちなみにピルンによると「戦争で国を統一するメリットよりも経済で盛り上がるメリットの方が大きいので、そのままだったようです」とのことだ。そういうものか。
「不思議な由来の国ですが。私がこの前訪れた時も平和なものでした。ラエリンの姫君とエリンの王子の恋物語なんかが流行していましたよ」
「ほう、どんな話じゃ?」
意外とこういう話が好きなフィンディが食いついた。
「よくある話です。ラエリンの姫君に一目惚れしたエリンの第三王子がこっそり国境を越えて求愛して、姫君の心を射止めたとか」
ラエリンの姫君というのが王位継承に関係ないくらいの遠縁だったのもあり、順調に婚姻の話が進んでいるそうだ。第三王子は王位を諦め、結婚後は共に領地を貰って暮らす予定らしい。
「もしかしたら、王都についたら結婚の祭りでもしているかもしれません」
「そうか。それは楽しみじゃな」
「戦争状態よりは余程いいな。うむ、王都についたら、ピルンの本国からの情報を待ちながら、観光でもするとしよう」
一応、情報収集もするつもりではあるが、多少羽根を伸ばすくらい許されるだろう。
「はっ、仰せのままに」
「そんな大げさにしなくてもいいんだが……」
今の私はもう偉くないのだが。ピルンはどうしても臣下として振る舞いたがる。これが目下の私の悩みだ。
魔王で無くなった私が欲しいのは、臣下ではなく友人なのだが。ピルンがわかってくれる日が来るだろうか。
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