第8話「オーク退治改め脳筋退治」その2

 脳筋派の面々は私達に監視されていることを知ってか知らずか、正門からぞろぞろと出てきた。全員完全武装、いかつい外見の男性が多いが、女性もチラホラ見える。

 なんというか、戦闘で頼もしそうな方々だ。その中心に両手を縛られたラナリーがいて、リーダーらしき男に支えられている。

 リーダーは2メートル近い、鎧の上からもわかる筋肉ダルマのハゲだった。武器は大剣。全身鎧だが、兜はつけていない。

 屋敷の外に出るなり、ハゲが絶叫した。


「森の大賢者フィンディ殿! そしてあとなんかもう一人! パンジャン家の裏切り者ラナリーは見ての通り我が手にある! この場で処刑されたくなければ出てきて頂きたい!」


 物凄く大きな声だった。戦場で良く響くことだろう。

 捕まっているラナリーは声に怯えつつも、涙を流して叫ぶ。


「申し訳ありませぇぇん! やっぱり無理でしたぁ! この人達、なんにも考えていませんですぅ!!」


 発言を聞いた周囲の者が激昂し、リーダーがラナリーに向かって拳を振り上げる。


「まだ言うか貴様は!」

「ぎゃんっ!」


 悲鳴と共にラナリーが殴り飛ばされた。ハゲが纏っているのは全身鎧。拳も例外ではない。筋肉ダルマの拳を顔に受けたラナリーは、吹き飛んだ上で地面に転がった。

 死んではいないが、ただでは済まない。


「ううぅ……。父さま、母さま、申し訳ありませんですぅ……」


 殴られ、口から血を吐き、顔を腫らして、涙を流しながら、ラナリーは両親へ謝罪の言葉を口にしていた。


「この期に及んで親を頼るか。大臣に取り入るような腰抜けにはふさわしい姿だな!」


 ハゲの言葉に反応して周囲の連中がニヤニヤしながら頷く。

 なんというか、最低の光景だ。

 戦う力の重要性を否定する気はないが、私はこういうのは嫌いなのだ。


「なるほど。これは駄目だな」

「そのようじゃな。どうする?」


 フィンディの問いかけに対して、私は簡潔に答える。


「ラナリーが可哀想だ。魔術を解除して、彼らをどうにかしたい」

「同感じゃな。連中には本当の弱い者いじめというものを教えてやる必要があるのう」

「ほどほどに頼む。では、隠形を解除するぞ」


 フィンディの返事を待たずに、私は隠形の術を解除した。


「な、なんだと!」


 術の解除と同時に、ハゲ達が驚きながら武器を抜いて構えた。

 それもそのはず、私とフィンディは屋敷の正門。彼らの目の前でずっと隠れていたのだから。

 

 脳筋派の連中には、私とフィンディが唐突に姿を現したように見えただろう。全員がすぐさま戦闘態勢に入ったのは流石だが、遅すぎるとしか言いようがない。

 殺す機会ならいくらでもあったのだ、こちらは。向こうもそれは良くわかっているだろう。


「さて、お望み通り森の大賢者が姿を現してやったぞ。それで、ラナリーを人質にしてどうするつもりじゃ?」


 フィンディが杖を掲げながら、落ち着いた声音で言う。普段は決して聞くことはない冷たい喋り方だ。

 間違いない、あれはかなり怒っている。短い付き合いだが、ラナリーは良い子だったので、今の扱いはかなり頭に来たのだろう。


「こ、この娘は大臣と共謀して我が一族を窮地に追い込もうとしているのです。故に、仕方ない処置。ですから、ここは我々に任せて頂きたい」

「嘘を言うでない! 事情は全て、リッティから聞いておる。お主ら、大国からの使者を拉致して何をするつもりじゃ!」


 フィンディの叫びに呼応して、杖の宝玉から青い光が瞬く。これは何らかの魔術を準備しているな。死なない程度の威力だといいが。

 杖の輝きを見て、ハゲも周りの者たちも、間合いを詰めるタイミングを図っている。

 当たり前だが、もう完全に話し合いをする空気ではない。正直、こうなる予感はかなり前からあった。フィンディと旅をするとこういうことが多い。


「グランク王国からの使者殿は我らの役に立っていただく!」

「ほう、どのようにじゃ?」

「我らの役に立っていただくのだ!」

「すまない。具体的に言ってくれないか」


 思わず口を挟んでしまった。この問答はカラルド王国では権威のあるフィンディに任せようと思っていたのだが、つい。


「我らの役に立っていただくのだ! そのための話し合いを我々はしていたのだ!」

「「うわあ……」」


 私とフィンディが同時に同じ反応をした。

 こいつら、何のプランもなしに大国の使者を拉致ったらしい。

 先ほどラナリーの言った「何も考えてない」は文字通りの意味だったのか……。


「あの大臣が来て以来、国の様子が変わってしまった! 今後の身の振り方を考えている最中に、大国からの使者が来たのだ! 何か使えると思ってもしょうがなかろう!」

「しょうがなくないわい!」

「ぐはぁっ!」


 フィンディが怒りのツッコミと同時に、杖から青い光を放った。ハゲに当って魔術の正体がわかった。ぶつかると強力な衝撃が発生する攻撃魔術だ。

 光の速度は人間に反応できるものではなかったので、直撃だ。

 ハゲは真っ直ぐ吹き飛んで、そのまま屋敷の正門に盛大に激突した。あれは痛い。門も粉々になった。


「ラインホルスト様! 大丈夫ですか!!」


 ハゲの仲間が心配して近寄っていく。なるほど、あのハゲの名前はラインホルストと言うのか。似合わないな。ハゲーヌとかに改名した方がいいんじゃないだろうか。

 そこまで考えて、私はラナリーの治療を思いついた。


「そうだ。ラナリーを治療せねば。若い娘さんの顔に傷は良くない」


 ラインホルスト氏になど構っている暇はない。殴り飛ばされたラナリーの治療をすべきだ。

 私が一歩踏み出すと、脳筋派の面々がこちらに武器を向けてきた。リーダーが吹き飛ばされたのに、士気の高いことだ。


「フィンディ様はともかく、貴様のようなどこの馬の骨ともしれぬ輩を通すわけにはいかん!」


 察するに、フィンディは怖いが私はそうではないと踏んだのだろう。

 残念ながら、それは間違いだ。


「どきたまえ、脳筋諸君」


 私の発言に反応した脳筋戦士が4人ほど、武器を手に襲いかかってきた。得物は剣か槍。魔物相手の実戦で鍛えたのだろう、それぞれ別方向から時間差を設けての攻撃を試みる様子だ。

 騎士らしく正々堂々と一対一ではなく、複数で攻撃を仕掛けてきた点は評価したい。正しい判断だ。

 だが、残念ながら、無駄な行動としか言い様がない。

 ゆっくりとラナリーの方に向かって歩きながら、私はその攻撃を全て受け入れた。


 剣でのなぎ払いが2つ、槍での強烈な突きが続けて2発、私に直撃する。


「とったぞ!」


 誰かの声が響くが、それは勘違いだ。


「な、なんだこれは!」

「防御魔術だ。見たことがないのか?」


 4人の攻撃は全て私まで届いていない。

 私を包み込むように生み出された球状の結界に攻撃を止められたのだ。

 私の魔術結界は鍛え上げた人間の攻撃程度ではびくともしない。ちょこまか動かれると面倒なので、ついでに結界で武器を絡め取らせてもらった。


「馬鹿な! 杖も詠唱も無しにだと!」

「そういうことが出来る者もいるということだ。勉強になったな」


 そう言って、彼らに向かって軽く手を振る。先ほどフィンディが使ったのと同じ魔術を使うべく、体内の魔力を運用する。

 手の振りに合わせて、青い光が4つ飛び出して、脳筋戦士たちを吹き飛ばした。


「あばぁぁ!」


 叫び声と共に、4人の脳筋戦士が吹き飛んだ。

 鎧の部品とか体液とか色々撒き散らしながら飛んでいったが、死んではいないだろう。一応、手加減はしたつもりだ。

 最悪、死んでしまっても仕方あるまい。向こうは殺すつもりで複数人で襲いかかってきたわけだからな。


「ラナリー、無事か」

「うぅ、バーツ様。ありがとうございますぅ」

「喋るな、口が切れている。今治療するからな」


 ラナリーに近づいて、治癒魔術の準備にかかる。顔が酷く腫れている上に、口を切ったらしく血も出ている。

 あの殴られ方なら、歯も無くなっていたり、もっと悲惨なことになっていそうだが、意外と軽傷だ。


「思ったよりも軽傷だな」

「ふへへ。殴られる前に跳んで、少し威力を殺したんですぅ」

「なるほど。たくましいことだ」


 ラナリーは私の想像以上に強かな女性のようだ。これは評価を改める必要がある。

 それでも怪我をしているのには変わらないので治癒魔術を行使した。上位になると時間を巻き戻したりするのもあるが、今回は治癒力を著しく高める普通のもので十分だろう。

 

 私の治癒魔術でラナリーの顔はすぐに元に戻った。


「凄いですぅ。もう傷が治りましたぁ」

「フィンディ。こちらは大丈夫だぞ」

「ご迷惑をおかけしましたぁ」


 私達の声に、フィンディは無言で頷いた。

 リーダーのハゲが倒され、私に襲いかかった4人が一瞬でやられたのを目撃した残りの脳筋派は微動だにしない。

 勝ち目はないのは明らかだ。彼らにとっては最悪の状況だろうが、最悪の選択をしてしまったから仕方ないとも言える。


「さて、残ったお主らはどうする? 降伏するなら受け入れるぞ?」


 フィンディの言葉に脳筋派の面々がゆっくりと武器を降ろしはじめる。流石に、実力差はわかっているらしい。

 このまま武装解除して使者を救出。彼らを王都に運んだ上で、一族全員を処罰しないように王にかけあえば解決だろうか。

 私が頭のなかで次の行動について考えていると、脳筋派の女性が、唐突に叫び声を上げた。


「全員、よく考えろ! このまま王都に連れて行かれても命はない! ならばここで大賢者殿と一戦交えて華々しく散るのも一つの道ではないか!」


 とんでもないことを言うね、この一族の人は。


 しかも、あろうことか残りの連中が呼応して「最後に一華」とか「名誉の死」とか言って、再び武器を構え始めた。もうやだこの人達。


「お主ら、よく考えた結論がそれで良いのか! 一族の命に関わるのじゃぞ!」

「それは覚悟の上! いざ!」

「いや、いざ、じゃないだろう。というか、ここまでの流れを見て私達に勝てると思っているのか? あるいは凄い切り札でもあるのか?」

「本当に、本当に申し訳ないですぅ。この人達、切り札とか考えてるわけじゃないですぅ……」


 ラナリーが自身も腰から剣を抜きながら済まなそうにに答えた。どうやら彼女も戦うつもりらしい。


「ええい! ここまで話が通じんとは! フィンディ! 殺さないように気をつけろよ!」

「善処はするが、自信がないのう。うっかり殺してしまいそうじゃ」

「フィンディ!」

「わかっておる。冗談じゃよ。こやつらを裁くのは王の仕事じゃ」


 私の叫びに対して、フィンディはいじわるな笑みを浮かべて言った。うーむ、これはかなり怒っている。降伏勧告を無視されたのが良くなかったか。


「うぅ、お気遣いありがとうございますぅ」


 ラナリーの感謝の言葉と共に、戦いが始まった。 

 

  ○○○


 当然ながら、戦いは私達が勝った。

 ラナリーが言うには「指揮官のラインホルストさんが残っていれば降参したかもしれないですぅ」とのことだ。あのハゲはこと戦闘なら判断力があるタイプだったらしい。

 つまり、フィンディがうっかりあのハゲを最初に吹き飛ばしてしまったことで、余計な運動をしてしまったわけだ。いや、彼女が悪いわけではないが。


「さて、片付いたな」

「たわいもないのう……。というか、無策のまま、あの結界を張ったバーツに斬りかかったのは凄いと思ったぞ……」

「すみません。そういう人達なんですぅ」


 先程の戦いを見ていたはずの脳筋派だが、半分くらい人数が何の策も無く、一斉に私に襲いかかってきた。防御結界で絡めとって魔術で攻撃したが、あまりにも無策すぎて私は戦慄した。どうやら、指揮官がいないと本当に駄目な方々らしい。


 あっさり戦いを終えた私達は、脳筋派の面々の全滅を確認していた。

 念のため、魔力探知も行ったが、屋敷は例の部屋が見えない以外は人の気配はない。どうやら、全戦力で私達の前に来たらしい。


「しかし、ラナリー。お主、強かったんじゃな。助かったぞ」

「一応、この人達と同じ一族ですからぁ」


 剣を収めながら、ラナリーが照れた様子で言う。ちゃんとした状態で戦うラナリーは意外なことに手練だった。剣と魔術を巧みに使い、フィンディの盾となって、複数の脳筋派の戦士の攻撃を華麗に受け流していた。拘束されたのは、とにかく状況が悪かったということだろう。


 ちなみに、ラナリーの前に立った脳筋派は、全員フィンディの魔術で吹き飛ばされた。一応、死んではいないが私がやったのより傷が深い。


「さて、これからどうすれば良い?」

「うーん。全員死んでないみたいですし、拘束して屋敷の部屋に放り込んでおきましょう。それで、使者様を助けて、フィンディ様達は王都に向かってください」

「ラナリー一人では危険ではないか?」

「出来れば、この人達が簡単に起きないような魔術をかけて頂けると助かりますぅ」

「心得た、ワシが担当しよう」


 フィンディが杖を掲げて魔術の準備を始めた。恐らく、強力な睡眠の魔術を行使するのだろう。

 連中の睡眠を確認した後、運ぶ必要もある。鎧を着ているし、脱力した人間は運びにくい。


「では、私は魔術で彼らを運ぼう」

「わぁ、助かりますぅ」


 ラナリーは自分で運ぶつもりだったようだが、私の提案に素直に乗ってくれた。

 作業は手早く行われた。

 フィンディが魔術で眠らせ、私が飛行魔術の応用で彼らを浮かべて部屋に運びこむ。こっそりと、重症の者は軽く治療しておいた。寝ている間に死なれては困る。


 脳筋派を一番大きな部屋である会議室に閉じ込め、魔術でドアを閉じるまで1時間かからなかった。


 そして我々は、使者のいると思われる部屋の前までやって来た。

 魔力探知では見えなかった部屋。私が脳筋派を運んでいる間、その扉の鍵をラナリーが見つけてくれた。


「では、開きますねぇ」

「中に脳筋派の残りがいる可能性はあるか?」

「それならここまでの騒ぎで出てきておるじゃろ」

「それもそうだな」


 私が納得したのを見て、ラナリーが改めて口を開いた。


「では、改めて、開きますよぉー」


 扉の向こうは、快適そうな客室だった。

 その中にある上等なソファで、子供が眠っていた。 

 

 フィンディよりも更に小柄な少年。よく見ると耳が尖っているし、子供にしては体つきがしっかりしている。

 間違いない、ピット族と呼ばれる、小柄な種族だ。年齢も外見よりかなりいっているだろう。人間の倍以上の寿命がある種族だ。

 

 しかし、ピット族が大国の使者とは……。あまりそういう活躍とは縁のない種族のはずだが。


 私は戸惑いながら、ソファから降りてこちらに向いたピット族に質問をする。


「えっと、貴方がグランク王国の使者ですか?」


 使者殿は笑顔でこちらに頷きながら、自身の身分と名前を口にする。


「その通りです。グランク王国からの使い、ピット族のピルンと申します」

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