第7話「オーク退治改め脳筋退治」その1
「えっと、まず、私達の一族について説明させていただきたいですぅ……」
一族の者達が他国の使者を拉致したという状況を把握したラナリーはそう言って説明を始めた。ちょっと手とか震えているが、仕方ないだろう。
うっかり使者が死んでいましたなんてことになれば、一族皆殺しにされても文句はいえない状況だ。
「私のフルネームはラナリー・パンジャン。そして、パンジャン家は代々この地域を収めてきた領主の一族ですぅ。元は猟師だったのですが、この国が作られた時に功績があり、領地を貰いましたぁ」
「そういえば、そんな奴がおったかのう」
「言われて思い出すレベルなのか……」
「すまぬ。他人の顔を覚えるのは苦手でのう。ワシも王都くらいしか行かぬし、会うのは王か大臣ばかりじゃったからな」
フィンディは家臣のことまでは把握していないらしい。まあ、彼女の性格上、がっつり政治に絡むわけがないので、仕方ないだろう。
「それで、その由緒正しいパンジャン家の者たちが、何故大国の使者を拉致するのだ?」
見た感じバーナスの町は治安も良かったし、ラナリーも王と大臣から信頼されているという。別に軽視されている一族というわけではなさそうだ。動機が見えない。
「実は……うちの一族は非常に武力に偏った方が多いというか、いわゆる脳筋と言われる一族なのですぅ」
「なんだそれは?」
聞いたことの無い言葉に疑問すると、フィンディが補足してくれた。
「脳筋というのは、脳みそまで筋肉で出来ているなような武闘派とか肉体派の人間を指す言葉じゃ。久しぶりに聞いたのう……。言われて思い出したが、パンジャン家の祖先はそんな感じじゃった。こう、知性が……な」
「ちょっと失礼な言い方じゃないか?」
「いえ、その通りですぅ……」
フィンディの言葉に赤面するラナリー。羞恥やら申し訳無さやらが溢れている。
「そんな一族なので、生まれたら男女問わず武術の鍛錬に明け暮れるのですぅ。そして、大抵の人間が力で解決する処世術を学んでしまうですぅ」
「それ、処世術というのか……」
少なくとも悪い世渡りしか出来ないように思える育て方に思えるが。というか、そのノリで領地経営はどうしているのだろうか。
「よくもまぁ、それで領地が運営できておるのう」
「たまに頭が良いとされる子が目をかけられて、学問を集中的に叩き込まれるんですぅ。一応、私も留学なんかをさせて貰っていますぅ」
同じ考えだったららしいフィンディへの解答で私は納得した。
なるほど、一部の学問を得た人間が領地を運営し、それ以外は肉体派なわけか。
聞いた感じだと、脳筋が多数派のようだが、会議等がまとまるか心配になる。いや、いっそあまり口を出さないのかもしれない。主流派は戦いに明け暮れ、非主流派が領地経営する。普通ではあり得ないことだが、それで回っていたのだろう。
まあ、今回は口どころか手を出しているわけだが。それもかなり重罪な方向で。
「察するに、領地経営は一部の者に任せていたようだが、何故このような凶行に至ったか想像はつくか?」
「恐らく、原因はエティス様です」
「あの大臣が? たしかに、相性は悪そうじゃが……」
「いえ、脳筋派の人達はエティス様と顔を合わせる機会は少ないので、相性以前の問題だったのですが……」
ラナリーがいうには脳筋派の面々の事情は次のとおりだった。
カラルドという国は豊かな森林を持つ田舎国家だった。人口も経済もそれほど活発ではないおかげでパンジャン家の面々は領地経営を一部の者に任せて、残りの者は武力を維持するための狩りや魔物退治などに集中するという方針でやってこれた。
そこに現れたのが新たな大臣のエティスである。グランク王国と関係の深い彼女が、リッティが国王に即位すると同時にやってくると国内が急速に発展しだした。
グランク王国経由でもたらされる技術や新商品、整備される街道、少しずつだが王国に繁栄の兆しが現れた。
それはとても良いことなのだが、パンジャン家脳筋派の面々は危機感を覚えたという。
商売もできない、領地経営もろくに出来ない自分達が蔑ろにされるのではないか、と。
別にそんな事実はなく、国王も大臣も脳筋派は貴重な武力として考えているらしい。領内に魔物は依然現れるし、いざというときの武力は不可欠だからだ。
「陛下もエティス様も脳筋派をどうこうしようとは考えてはいないのですが、短い期間で急速に国内が変化するので自分達の居場所が無くなるのではないかと思っていた節がありますぅ。私にも子供を学問の道にと相談にくる人が増えましたからぁ」
「なるほど。そこで、今回の事件というわけじゃな」
事情はわかった。周囲の環境の変化に対して、彼らなりに反応してしまったのだろう。
だが、まだわからないことがある。
「わからないな。グランク王国の使者を捕まえて、彼らは何をするつもりなのだ? 自分達を不利にするだけの行動に見えるが」
脳筋派の行った大国の使者の拉致という行動にメリットが見えない。このカラルドという国と自分達の立場を不利にするだけだ。使者の命を盾に大臣の退陣でも迫るつもりなのだろうか。上手く国を転がしている大臣に対してそんなことをすれば、国民全体から恨みを買うだけに思える。
「私もバーツ様の言うとおりだと思いますぅ。でも、何というか、脳筋派の人達の行動は読めないところがありますからぁ」
「なるほど。馬鹿の行動は読めないから困るというやつじゃな……」
「……ほんと、ご迷惑をおかけして申し訳なく思っているですぅ……」
深々と頭を下げるラナリー。
彼女はパンジャン家では非主流派だったわけで、これまで苦労してきたのだろうな……。
理不尽で予測不能な行動をする主流派に振り回される非主流派。そんな構図を想像すると、もの凄く気の毒に思えてきた。
何とかしてやりたい。
「さて、状況はわかったが、どう行動したものか。相手の考えが読めないのが厄介だな」
「使者の居場所に大体の当たりをつけた上で、こっそり回収してはどうじゃ? 別に争うことはあるまい」
「そうだな……。それが一番簡単だな……」
「あの屋敷、オーク退治に選抜された脳筋派の精鋭が10人以上いるはずですけどぉ」
「魔術を使えば問題ない」
「いっそ屋敷ごと消し飛ばしても良いのじゃが、人質がおるからのう……」
「ふぇぇ、流石にそれは勘弁してあげてくださいですぅ」
フィンディはすぐに全てを吹き飛ばそうとする。悪い癖だ。
ここは、こっそり救出するのが良いだろう。私とフィンディの魔術なら難しいことでもない。脳筋派の面々は、その後にでも拘束すればいい。
「では、こっそり使者を助け出すという方針が無難だろうか」
「そうじゃのう。観察した上で深夜にでも行動すれば良かろう」
「あ、あのぅ。ちょっとお願いしたいことがあるのですが」
「なんだ?」
早々に結論を出した私達に対して、ラナリーが遠慮がちに言ってきた。
「私、あそこにいる人達を説得したいと思うんですぅ」
相変わらず顔色は悪いまま、震えも止まっていないラナリー。
しかし、表情は強い決意があった。
そこには、一族の不始末を何とかするという覚悟が見て取れた。
「しかし、先ほどの話を聞く限り、説得は難しそうなタイプに思えるが……」
「それでもですぅ。きっと、みんな焦って変なことをしただけで、深い考えがあるわけじゃないと思うですぅ。このまま使者様だけ助けても、最悪の場合、一族滅亡コースなのはそのままですぅ。それは避けたいですぅ」
「そうは言うがのう。ある意味領主一族の監督不足じゃから、そこを突かれるのは仕方ないことじゃぞ?」
フィンディの冷たい物言いに対して、ラナリーは地面に頭をこすり付けて言う。
「うぅ。返す言葉もありません。ですが、これじゃあ、あんまりですぅ。一部の馬鹿共のせいで、頑張ってる他の人達まで被害を被るのは酷いですぅ。だから、何とか機会を。最悪あそこにいる人達の命だけで勘弁して欲しいですぅ」
「……さらっと同族見捨てたな、この子」
「なかなかやりおる……」
「そのくらい覚悟が必要な状況ですぅ。どうか、どうか機会をくださいっ……! せめて私が説得して投降させれば、何とかなると思うですぅっ!」
土下座の体勢のまま、ラナリーは私達に必死に乞い願う。
必死にもなるだろう。自分どころか、一族全ての命運がかかっているのだから。
私は必要の無い命が失われるのを見る悪趣味はない。
元魔王といっても、邪悪さで魔王になったわけでもないのだ。
「あー。フィンディ、ここは一つ、ラナリーに説得させてみないか?」
「同情か。いや、気持ちはわかるがのう……」
「犯人側の真意が知りたい。もしかしたら、裏で手を回した者などがいるかもしれない」
「なるほど……」
「確かに、脳筋派の人達は乗せやすいですぅ……」
裏で手を回した者がいるなら、あの大臣が気づいていそうなものだが。可能性はゼロではない。
「出来れば使者を開放するように説得。無理ならせめて向こうの真意を把握してくれ」
「何かあったらワシらに助けを求めるがいいのじゃ。声に出せば助けに行くよう準備しておくのじゃ」
「あ、ありがとうございますぅ!」
こうして、ラナリーの説得が決まった。
そして、私達はすぐに打ち合わせを行った。
ラナリーは正面から屋敷へ入る。彼女が言うには脳筋派に協力したいといえば無警戒で入れるはずだという。
説得中はフィンディが透視の魔術で内部を監視。私はいつでもラナリーを救出できるように準備し、万が一が起きたら行動する。
それだけ決めると、私達はすぐに行動に移った。
「しかし、正面からとはのう」
屋敷の正門に歩いて行くラナリーを眺めながらフィンディが呆れながら言う。手に持つ杖は宝玉がうっすら青く輝き始めている。監視用の魔術の準備は完了のようだ。
私は自分とフィンディを隠すように隠形の魔術を展開している。何かあればフィンディの合図で内部に飛び込み、適当になぎ払う考えだ。
「顔見知りならば大丈夫だろう。あとはラナリーの口がどの程度回るかだな」
「そこは期待したいところだのう。……ところでバーツ。この件、落とし所があると思うか?」
落とし所なんて難しいこと、私にはわからない。思いつくのは慈悲を乞うくらいだ。
「使者が無事で、脳筋派の向こう見ずな暴走だったなら、適当に処罰して終わりにして貰えないかエティスに頼んでみようかと思う」
「そうじゃな。ワシもリッティに関係ない者まで処罰せんように頼んで見るつもりじゃ」
人の命は短い。悪人でもないかぎり、無闇に短い命が失われるのは、私もフィンディも好むところではない。
「状況はどうだ?」
杖を光らせながらフィンディに聞く。私達が話している間に、ラナリーは屋敷の内部に入ることが出来た。
「順調じゃ。ラナリーが来てから、向こうの連中は会議を始めおった。ラナリーが涙ながらに叫んで説得しておるのが見える」
「説得……できそうに見えるか?」
「うーむ。どうじゃろ。あ、大人しく聞いてたごつい連中が怒鳴り始めた。ラナリーが涙目になっとる……。あー、周りのがラナリーを一方的に罵っとる構図じゃなこれ。あ、ラナリーが逆ギレしたみたいじゃぞ、なんか叫んどる。多分、「貴方達だけ死ねばいいのに!」みたいな内容じゃ」
「おい、それは助けに入った方がいいんじゃないか?」
私が腰を浮かすとフィンディが手で制した。
「今、ラナリーが連中に拘束された。でも、ラナリーがなんか口にしとる。なんか連中の顔が恐怖に歪んどるな。慌てて武装しておる」
何となくラナリーが何を言ったかわかった。
この場には、完全武装の脳筋が恐れてもおかしくない神世エルフがいる。
「思うに、私達の存在を暴露したのだろう。フィンディがここにいるなら怯えても仕方ない」
「どういう意味じゃ。神秘にして美麗な神世エルフじゃぞ、ワシは。お、なんか武装状態でラナリーを連れて外に出てくるみたいじゃぞ」
「誰も神秘にして美麗なんて言っていないが……。まあいい、恐らく人質を使って交渉するつもりだろう」
「ワシの存在を知って尚、人質が通用すると思っておるあたりが甘いのう……」
フィンディが言っているのは別に人質ごと攻撃するという意味ではない。人間の騎士程度ならば人質を助けた上で倒すくらい容易いという意味だ。多分。
「フィンディが本気で暴れたところを見たことがないからだろう。一度でも機会があれば、逆らおうとは思わん」
「かなり手加減してたのが裏目に出たみたいじゃのう」
それでも王国公認に精鋭が怯える程度には暴れていたのだから、十分だとは思うがな。
フィンディに怒られそうな言葉を飲み込んだ上で、私達は屋敷に向かった。
これはわかりやすく、魔術を使った交渉になりそうだ。
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