第6話「オーク退治?」その2
バーナスはそれなりに立派な町だった。流石は第3の都市といった所だろう。
町を囲む外壁の向こうには王都オアシスと同じような町並みが広がっている。聞くところによると、鉱山が近いため、町の一角は工房がひしめき合っていて、ちょっとしたものだそうだ。
残念ながら工房に用のない私達は、入り口の守衛から冒険者ギルドの場所を聞いて、一直線に向かうことにした。
この町は冒険者が多いのか、なかなか大きな建物の冒険者ギルドを見つけると、私達は裏口から入った。これは大臣からの指示だ。冒険者は気性が荒い者が多いので、表から入ってトラブルが起きるのを念の為に防ぐためらしい。
恐らく、うっかりフィンディが暴れて被害を被るのを防ぐためであろう。
裏口をノックして、名前を伝えると、大事な客を迎えるための上等な部屋に通された。王城ほどではないが、調度類にも気を使った良い部屋だ。
室内には一人の人物が待っていた。
「は、はじめして。ラナリーと申しますぅ!」
緊張した面持ちで挨拶したのは若い女性だった。
比較的小柄な体格に、癖のある茶色の髪。簡素な鎧を身にまとい、腰には剣を佩いていた。装備品がよく手入れされていることから、それなりの使い手であることが察せられる。
どうやら、信頼できて戦うことが可能な人選をしたということらしい。
ラナリーの能力がどの程度かわからないが、ここは王と大臣を信じるしかないだろう。
「うむ。フィンディじゃ。事情は聞いておる。大変じゃったな」
「バーツだ。可能な限り手伝おうと思っている」
「我が国の問題に森の大賢者フィンディ様を巻き込んでしまい申し訳ありませんですぅ。あ、あとご友人のバーツ様も」
間延びした喋り方だが、ラナリーはこう見えて領主一族なので今回の当事者の一人だ。きっと気が気でないに違いない。私がついでみたいな扱いになっても仕方ないだろう。広い心で許そうと思う。
実際、この国だと私の立場はフィンディのおまけ扱いでも仕方ない。
「気にしないで良いのじゃ。リッティには世話になっておるからの」
「詳しい状況を説明してくれないか。急を要するのだろう」
ラナリーの口から、改めて状況の説明が成される。基本的にこれまでの聞いた通りだった。
使者を伴った精鋭部隊がオーク退治に山中に突入後行方不明。今の所連絡はない。
そろそろ捜索隊を出そうかと思ったところで王都から、私とフィンディが事件に対応すると連絡があったそうだ。
これは既に、事件に関しては完全に私達の管轄となったと思っていいだろう。
また、ラナリーは陰謀の可能性については口にしなかった。あくまで魔物の仕業と考えているか、何らかの陰謀だと本人は推測しているのかは解らない。だが、ここは下手に口を出さずにいくべきだろう。調べるうちにわかることだ。
隣のフィンディもふんふん頷くだけで、細かく口を挟むことはなかった。彼女の方は、面倒だからとっとと力づくで現場を抑えればいいと思っているに違いない。
「ふむ。討伐隊が接触した場所はどのあたりじゃ?」
「ここから一日くらいの山中ですぅ。お疲れでしょうから今日のところはお休み頂いて、明日の早朝に……」
ラナリーは私達を気遣ってそう言うが、いらぬ心配だ。徒歩一日くらいの山中。近いじゃないか。すぐに行動するべきだ。
「いや、それには及ばぬ。すぐに出発じゃ」
「ああ、急いだ方がいいだろう」
「え、ちょっと? 流石に無茶ですよぅ!」
私達が立ち上がると、ラナリーが慌てて立ち上がる。普通は無理だが、私もフィンディも普通ではない。この国の人間ならわかっていそうなものだ。
これは案外、フィンディが暴れた回数が少なかったのでないだろうか。もっと非常識ぶりを周知しておいて欲しかった。
「ラナリー、準備はしておるのか?」
「え? 一日かかるんですよ? もう午後ですし……」
「準備はしておるのか?」
「……少々お待ち下さい」
フィンディの圧力に負けたラナリーは、しばらくして荷物をまとめてやってきた。
その後、ラナリーに案内させた上で、目的地まで飛行の魔術を使った。フィンディに手を繋がれて、生まれて初めての飛行を体験したラナリーはかなりの恐怖を感じたようだが、まあ、これは仕方ないだろう。
○○○
「うぅ、地面に足が着いているのがこんなに嬉しいのは産まれて初めてですぅ」
「まったく、大げさに騒ぎおって。ワシの魔術を信用しとらんのか」
「そういう問題でもないだろう。高所は怖いものだ。すまないな、ラナリー。しかし、急を要するのだろう?」
討伐隊が入ったという山の近くに降り立つなり、ラナリーは大の字になって母なる大地に感謝をはじめた。トラウマにでもならないか心配だ。今後も移動は出来る限り飛行魔術を使うつもりなので、毎回これでは困るのだが。
「場所はここで問題ないのか? 普通の山に見えるが」
「はい、ここですぅ。このまま山中に入ってオークの巣を目指す予定でした」
「思い出した。昔、魔物討伐で来たことがあるのう。少し登ると岩が多くなっていて、魔物が作った洞窟などもあったはずじゃ」
「その岩場周辺を探索、状況に応じて対処するつもりだったと聞いていますぅ」
騎士団が入ったという山にはしっかり山道があった。魔物や人の行き来が多い山のようだ。
このまま山一つを探索するというのは大変だ、出来るだけ効率よくいかなければならない。
こういう時は、私の特技の出番である。
「バーツ。すまんが頼めるかの?」
「任された」
フィンディの指示を受けて、私は精神を集中させる。
私の得意技は魔力探知だ。集中すればするほど感覚が研ぎ澄まされ、かなり遠くの魔力まで繊細に感知することが出来る。魔王城跡地でやったように魔術も併用すれば範囲は更に広がる。この程度の山ならば必要ないレベルだが。
魔力感知そのものは珍しい能力ではないのだが、繊細に感知、というのが他の者にはない点だ。
私は人や魔族が戦った際の魔力のゆらぎや、魔術儀式の跡といった、何らかの痕跡をかなり正確に辿ることが出来るのだ。これは、私としては当たり前の技術だが、神世の時代から生きているフィンディすら驚くスキルである。
鋭敏になった私の感覚は、山の上の方で魔力の気配を感じた。かなり薄くなっているが、戦闘の痕跡だ。集団で戦った気配が残っている。
「少し上で戦闘があったようだな。魔力が少し溜まっている」
「え? 今なにをしたんですかぁ?」
「バーツは人間どころかワシよりも鋭敏な魔力探知が行えるのじゃ。ほれ、いくぞ」
ラナリーの質問にフィンディが短く答えると、軽く手を振った。すると空中に魔術陣が生み出され、私達三人を光る球体となって包み込む。フィンディの飛行魔術である。どうやら、私も含めて運んでくれるらしい。
「わわ。これ、魔力がもったいなくないですかぁ?」
「わしからすれば体力のほうがもったいないのじゃ。人間と一緒にするでない」
「す、すいませんですぅ」
「フィンディは神世エルフだからな。魔力量は人間とは比べ物にならない。それに、無駄に動くこともないのは事実だ」
私とフィンディにとっては魔力より体力の方が貴重なのだ。魔力は無尽蔵だが、体力はそうでもない。それに二人共、疲れるのは嫌いだ。
飛行魔術を使えば、徒歩で数時間かかりそうな山道も一瞬だ。私達はあっさり現場に到着した。
「ふむ。間違いないようだの」
「す、すごいですぅ。一瞬で見つけちゃいましたぁ……」
「これだけはフィンディよりも得意と言っていい技だな」
「うむ。存分に自慢するが良い」
私が探知した場所は、山中にあるちょっとした広場だった。近くにはフィンディが言っていた岩場もある。
元は草でも生えていたと思われる広場は、炎で焼き払われた場所があった。恐らくこれはオークを退治し、死体を始末するために火の魔術を使った跡だろう。
近くの岩場も軽く覗いてみたが、オークも人間もいなかったのだが、よく見るとオークの武器や血の跡などが確認できた。ざっと見た感じ、人間側の完勝だったように見える。
「見た限り、人間側の一方的な勝利のように見えるが」
「グランク王国からのお客様に万が一でも傷がつかないように精鋭を派遣しましたからぁ」
「なるほどのう。では、勝利した人間達がどこに行ったか、何か手がかりはないかの……」
そう言いながらフィンディは私に、再度の魔力探知を促した。我ながら便利な技術である。消耗も少ないし。
私はもう一度、精神を集中させる。
「む。あそこだ」
私は地面の一箇所を指差す。この場の魔力の痕跡は薄れつつあるが、一つだけ明確な反応を示す何かがある。
オークの焼かれた場所からすぐ側の草むら、そこに指輪が一つ、落ちていた。
指輪には見たことの無い紋章が彫り込まれていた。魔力を感じることから、何らかの効力を持つ魔術装備だと思われる。
「これ、グランク王国の紋章ですぅ! 使者さんが身分を証明するために身に着けているやつですぅ」
どうやら、非常に都合の良い物を見つけたらしい。あるいは、使者とやらがわざとこの場所に落としたのかもしれない。大国の使者ともなれば、それなりに有能な人物のはずだ。そのくらいはやってのけるだろう。
「ほほう。これはこれは。思ったよりもことが早く済みそうじゃ」
「そうだな。グランク王国の人物は運がいい」
「ど、どういうことですかぁ?」
まだ指輪が見つかっただけですよぅ、というラナリーに対して、不敵な笑みを浮かべながらフィンディが言う。
「ここまでくれば見つかったも同然じゃ。ワシの魔術でこれの持ち主まで案内させることが出来るんじゃよ」
「そ、そんなことが出来るんですかぁ!?」
「なに。お主らがまだ見つけていない魔術を使うだけじゃよ」
言いながら、フィンディが何もない空間から杖を取り出した。先端に水晶球のような宝玉のついた白い杖だ。長さはフィンディの背丈ほど。
その名もフィンディの杖という、神から与えられた彼女専用の装備品である。
「ふぇっ、何もないところから杖が!」
「これはただの杖ではない、ワシの身体の一部みたいなもんじゃ。まあ、見ておれ」
フィンディが杖を掲げると、杖の宝玉の中に青い光が灯った。よく見ると、複雑な魔術陣が内部で幾重にも回転しているのが見える。フィンディの杖に記録されている神世エルフの魔術が起動しているのだ。
こうして杖に詠唱の大半を任せることが出来るので、フィンディはほぼ無詠唱で強力な魔術を使える。恐ろしい話だ。
「相変わらず見事なものだ。しかし、何度見ても神世エルフの魔術は複雑だ」
「私が教わった魔術とは根本的に違うみたいですぅ」
「ま、ワシらの魔術は神々から直接教わったものを発展させたものだからのう」
宝玉から出てきた青い光の中に、指輪を放り込みながらフィンディがさらりと凄いことを言う。
「す、すごいですぅ。それって魔法ってことですかぁ!」
「いや、神世エルフでも魔法は使えない。あれは神々だけの技術らしい」
「ワシらも魔法のような魔術はあるのじゃがのう。こればかりはどうしようもないのじゃ」
神々には魔法と呼ばれる力があったという。それは、我々の使う魔術とは根本的に違うものらしい。
フィンディが言うには、魔術は魔力を操り様々な現象を引き起こすのに対し、魔法は様々な現象を引き起こす法則を生み出すことが出来る能力であるらしい。
乱暴に言うと、「こうすれば魔術が発動する」という現象自体を創りだすのが魔法になるそうだ。
詳しい仕組みはフィンディもよく知らないらしいが、とにかく無茶苦茶な力だったらしい。
世界の創造などが出来るのだから、無茶苦茶なのも納得出来る話しではある。
「さて、準備が出来たぞ。指輪が持ち主の方まで案内してくれるから、着いて行くとするのじゃ」
「凄い。こんな魔術、聞いたこともないですぅ」
「まだ人間が見つけていない魔術なんだろう」
そう言って、私は飛行の魔術を準備する。3人の周囲を包むように結界が作り、軽く宙に浮く。わざわざ足で移動する理由はない。
フィンディが指輪から手を離すとそちらも宙に浮かんで、持ち主のいる方向へ漂い始めた。
あとは結界内を漂う指輪を目印に進むだけだ。見張りなどを警戒して、結界に隠形系の魔術を追加しておく。
「準備できたようじゃな」
「うむ。隠形術を追加したので、まず発見されないはずだ」
「あの、バーツ様も詠唱無しで魔術を使ってるように見えるんですが……」
「私はフィンディに魔術を教わったので、近いことが出来るだけだ」
「ふぇぇ。そういうものなんですかぁ」
嘘である。実を言うと私が無詠唱で魔術を行使できる理由は不明だ。そこを説明するのも面倒なので嘘をつかせて貰った。フィンディは特に口を挟まない、この説明で押し通して問題ないということだろう。
「では、出発するぞ」
指輪が導いた先は、現場から歩いて一日、バーナスの町から半日程度の距離にある森の中だった。それなりに人間の手が入っている場所で、馬車が行き来できる道もある。
指輪の行き先は、その道の先にある屋敷だった。かなり大きな建物で、中に20人くらい暮らせそうな立派な屋敷だ。それなりの貴族の所有物であることが推測できる。
私達は屋敷が見えた段階で、道から外れて森の中からの観察に切り替えた。
「ふむ。屋敷だな」
「なかなか立派じゃのう。里から離れた貴族の別荘といったところかの……」
「……そのよう……ですね」
ラナリーの返事が妙だった。彼女はこの地域の領主の一族だ、屋敷を見て何か感づいたのだろう。かなりの動揺が見られる。よく見れば、ちょっと顔色も悪い。
「どうした、ラナリー。顔色が悪いぞ」
「あれを……見てください」
ラナリーは屋敷の屋根を指し示した。そこには屋敷を所有する貴族のものと思われる紋章が描かれている。彼女の動揺の原因はそれだろう。きっと、かなりの大物に違いない。
「屋敷の持ち主の紋章じゃな。それがどうかしたのか?」
怪訝な顔のフィンディに対して、ラナリーが懐から短剣を出して、柄を見せる。
そこには屋敷のものと同じ紋章が刻まれていた。
「あれ、うちの一族の屋敷なんですぅ……」
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