第4話「大森林の王都」
大森林の国カラルド。その王都オアシス。その名前は砂漠の時代の名残だ。
私の記憶の中にある街の姿は広大な砂漠の中、唯一の水源に人々が寄り添って出来た、決して豊かとは言えない規模のものである。
そこが何とまあ、500年ぶりに来てみたら、砂漠と同様、様変わりしていた。
町は広くなっているが、都会と言う雰囲気ではない。フィンディが言うには、昔に比べて人口は増えているが今でも田舎王国といっていい規模らしい。
実際に訪れて一番の驚きは緑が豊かなことだ。
記憶の中では砂漠の中にある申し訳程度の緑色という程度の町だったのが、今では逆に緑に飲み込まれそうな勢いになっている。
建物や通りなど、いたるところを覆うように巨大な樹木が生えている。
エルフの里と言っても通じそうな町。それが大森林の国カラルドの王都オアシスの姿だった。
なんというか、これはフィンディが仕事をしすぎたのではないだろうか。
私の隣を涼しい顔で歩いているが、凄いことをやる女だ。
そのフィンディだが、今日は旅用の衣装を身に着けている。濃い青のスカートと近い色の服。
どちらも一見地味だが、よく見ると繊細な刺繍などが施された上で、強力な魔術を形成している一品だ。更にその上に濃い緑色のローブを身につけており、こちらも強力な魔術装備だ。長い髪も髪留めを使って後ろでまとめている。そのまま流すと邪魔らしい。
髪留めも含めて、全て神世の時代からの彼女の装備である。下手な鎧よりも丈夫な上に色々な機能を備えている。
私の方は昨日見つけた昔の服のままだ。こちらもそれなりに良いものであるが、神世エルフの旅装束に比べると数段劣る。
ちなみに、私とフィンディはそれ以外に荷物を持っていない。ローブの中に特殊なポケットがあってそこに収納している。手ぶらだと色々な国を抜ける際に変に疑われそうなので、そのうちザックでも買おうかと思っている。
田舎王国なれど、流石は王都。それなりに人通りはある。
いかにも魔術師な私とフィンディの姿は身長差もあって目立つらしく、時おりこちらを見て礼をしてくる者がいる。
もちろん、フィンディに対しての敬意の表れだろう。彼女がこの国でそれなりの立場にあるのは紛れも無い事実のようだ。
「神世エルフの力は凄いものだな。こればかりは誰にも真似できん」
町を見て、人を見て、そう感想を漏らす。
「大したことではない。もともと、この周辺が砂漠になる前はこのような姿だったのじゃぞ? 500年かけて再生しただけじゃ」
褒められたフィンディの方は表情一つ変えずに答えた。この辺りの砂漠になる前の姿など想像したこともなかったが、彼女的には当然のことらしい。それでもまあ、神世エルフの力でもなければ砂漠の再生など不可能だと思うのだが。
「初耳だな。これが本来の姿だとは」
「大昔の魔王との戦いで森が砂漠になったのじゃよ。砂漠として生み出された大地なら、流石のワシにも癒やすことはできん」
「そうだったのか……」
お前にとっての大昔とはどれくらい過去だ、とはあえて聞かない。こう見えて、フィンディは自分の年齢を気にしている節があるのだ。長命なのをいいことに説教をすることがある割には繊細なのである。
「ところで、私は久しぶりに地位の高い人間と話すのだが、注意点などがあったら教えてくれると嬉しい」
昨日のうちにこの国について軽く聞いてあるが、念のための確認は必要だろう。
「お主なら普通にしていれば大丈夫じゃろう。国王のリッティは穏健な人物じゃ。ワシとは生まれる前からの付き合い。たまに魔物退治などで相談を受ける間柄じゃ。関係は良好といってもいい」
「なるほど。魔物退治か。君のことが良くわかっているようだ」
「どういう意味じゃ?」
少女のような外見と神世エルフ特有の神秘を兼ね備えた彼女だが、外見に反して武闘派だ。なまじ強大な力を持っているため強引な解決方法を取る傾向にある。
リッティという人物は、彼女を政治的な相談相手ではなく、魔物退治に利用しているあたり、その辺りを良くわかっているのだろう。
「……なんでもない。滞り無く話が進みそうで安心しただけだ」
「含みがあるのが気になるのう……。まあいい……。歓迎はされるが、謁見の間には通されんじゃろう。大臣のエティスの方がわしのことを警戒しておるでな」
「警戒だと? フィンディに半殺しにでもされたか?」
国王とタメ口で話すフィンディに対して激怒する大臣。逆ギレしたフィンディが大暴れ、という流れが脳裏に浮かんだ。十分あり得る話だ。
「ド阿呆が。わしは滅多にそんなことはせん。大臣は数年前にグランク王国から来た人間でな。ワシのことも国のこともまだ詳しくないのじゃ。長いこと居座って力も地位も確保しているワシが、王になろうとしないか心配しとるんじゃろう」
「フィンディが王になるなど、世界が滅んでもありえんだろう……」
そんな気があるなら今頃エルフを集めて一大王国でも築き上げているだろう。
フィンディが得意なのは世界を癒すことと暴れることだ。統率の能力は期待してはいけない。
「ワシも国など欲しくないが、そうは思わぬものがいるということじゃ。特に人間はな。強大な力と存在には不安を抱いてしまうものじゃ」
「まあ、わからん話でもないが。では、注意するのは大臣で、国王は味方なのだな?」
「うむ。ただ、今回は大臣が味方で、国王が敵になるかもしれぬな」
「? どういうことだ?」
「簡単じゃ。わしがこの国から出て行くと言えば、大臣は大喜びじゃろう。だが、国王は相談相手を失うわけじゃからな」
なるほどそういうことか。この国にとって王の相談相手(魔物退治専門)を失うことは痛いだろう。
しかし、大臣が無駄に気苦労を背負い込む心配がなくなるのは良いことかもしれない。
本当に無駄な心配だからな。
「国王が身分証の発行とやらを渋らなければ良いが……」
「ま、なんとかなるじゃろう。幸い、この国の事情は落ち着いているのじゃ」
その後、フィンディからこの国の情勢が落ち着いていること。大臣は国王がグランク王国に留学している頃に知り合った女性で、大国の出世街道を蹴ってまでこの国にやってきたことなどを聞かされた。
○○○
カラルドの王城、その城門は一本の巨大な切り株を繰り抜いて作られていた。なんでも、建国時にフィンディから贈られた樹木らしい。大森林から持ってきた巨木の切り株部分を城門に、残りは町や城を作る資材に使ったとのことだ。
建国に関わっているとは、これはそれなりの地位どころではないだろう。てっきり極力人間と関わらずに砂漠の再生を行ったのかと思っていた。
フィンディのおかげで顔パスで城門を通った私達が案内されたのは、謁見の間ではなく城の地下室だった。
狭い部屋だ。10人も入れば一杯だろう。
恐らく、魔術による盗聴などを防ぐために作られた特別な会議室だ。その証拠に壁や床にびっしりと魔術を禁止するための陣が描かれている。人間には見えないレベルで隠蔽された陣だが、私にはよく分かる。魔力に対して非常に敏感なのだ、私は。
一応、私はこれの壊し方を知っている、魔法陣に限界以上の負荷をかければ部屋ごと爆散するのだ。
スマートではないが、私の魔術の師匠が「パワーは全てを解決する」という主義だったから仕方ない。
ちなみに、その師匠の名前はフィンディと言う。
「王は私の存在を警戒しているのかもな」
「大臣もじゃろう。ワシが誰かを伴ってくるなど、あり得なかったことじゃからな」
建国時から森にいる神世エルフが旅姿で見慣れない魔術師と一緒にやって来た。
それで、謁見の間ではなく秘密会議用の部屋を使うべきだと王は判断したのなら、なかなかの用心深さだ。
フィンディと共に用意されたお茶を飲みながら、しばらく待っていると、目的の人物がやって来た。
「お久しぶりです、森の大賢者フィンディ。壮健な様子で何より」
そう挨拶したのはカラルド国王リッティだ。想像よりも大分若い。まだ30歳にもなっていないだろう。少し痩せた、金髪が特徴的な、知的で優しげな外見だ。
王としての立場のためか豪華で偉そうな服に身を包んでいるが、それよりも学者姿の方が似合っていそうな男だった。
「うむ。元気そうで何よりじゃ」
「そちらの方はどちら様ですか? 身元の怪しい方をリッティ様と面会させるわけにはいかないのですが……」
そう言って私に厳しい眼差しを向けてきたのは大臣のエティス。肩の辺りで切りそろえた黒髪と、茶色の鋭い眼差しが特徴の女性だ。かなりの美女といっても差し支え無いだろう。その態度からリッティに対する忠誠心と性格のキツさが滲み出ている。
「こやつはバーツ。古い友人じゃ。500年ぶりに山を降りてきて、ワシを訪ねてきた」
「バーツです。500年前に魔王が現れて以来、山の中を逃げ隠れていました。そろそろ安全かと思い、フィンディのところに来た次第です」
一応敬語を使い、頭を下げて挨拶をする。久しぶりだが上手くいきそうだ。こういう時、丁寧な言葉使いと態度が効果的なのを私は知っている。
「500年……。また長生きな友人を連れて来たのですね」
「友人の中でも長命な一人じゃよ。それと、バーツもワシと同じ魔術師じゃ、この部屋の中なら危害は加えられんから安心するのじゃ」
「そもそも危害を加える気などありませんがね」
そう言うとエティスが安心したような顔になった。フィンディの言ってることは大嘘だが。あえて指摘しない。ここには旅と身分証について話しに来たのだ。余計な口は利かない方が良いだろう。
リッティとエティスが席につくと、外に待機していた王達の護衛が扉を閉めた。護衛たちは中に残らない。部屋の中には私達4人だけだ。
私が魔術師だから危険ではないと判断されたことと、フィンディへの信頼の証だろう。
「それで、古いご友人と、どのようなご用件でいらっしゃったので? フィンディからやって来るのは非常に珍しいので、ただごとではないと思うのですが」
リッティはフィンディを呼び捨てだ。そういえば、生まれた時からの知り合いと言っていたな。敬称が必要無いくらいの身近な間柄なのだろう。
「ワシはバーツを連れて旅に出ようと思う。その挨拶に来た」
フィンディの宣言の後、室内にしばしの空白が生まれた。
国王リッティ、大臣エティス。共に彼女の「旅立つ」という宣言を理解するのに時間がかかっている模様。
「な、なんですって? 旅というと、この国から出るということですか? なにか、大森林に問題があったのですか? それとも、我々が何か不始末を……」
「陛下、落ち着いてください。フィンディ様がお怒りなら、ここに来る前に事を起こしております」
慌てたリッティをエティスが落ち着かせる。しかし酷い言い様だ。正解だが。
「おい、何を笑っとるんじゃ、バーツ」
「む、すまん。エティス様はお前のことをよく知っていると思ったまでだ」
「余計なお世話じゃ」
拗ねたような顔をするフィンディ。一応、自分の性格に自覚はあるらしい。
「フィンディ様、宜しければ、もう少し詳しくお話頂けますか?」
「良いじゃろう。なに、大したことではない……」
エティスに頷きながら、フィンディは説明を始めた。内容は昨日私達が話したことと同じだ。当然、私が元魔王であることは伏せている。
世の中の変化を感じとったこと、私のような古い友人が現れたことも予兆だと思われること。
神世エルフの言葉だと思うと、なかなか説得力があるように思えるから不思議だ。まだ殆ど推測に過ぎないのだが。
「500年ぶりに友が来たわけじゃし。ちょうど良い機会だと思ったわけじゃ」
「なるほど。納得致しました」
「フィンディ、帰ってきてくれるんですよね?」
頷くエティスに、不安そうに問いかけるリッティ。どうやら、国王の方はかなりフィンディをあてにしているところがあるらしい。なるほど、大臣が心配するわけだ。
「そうかもしれぬ、そうでないかもしれぬ」
「そんな!」
「陛下。絶望しすぎです。そもそも、フィンディ様が永遠にこの地に留まっているわけではないのは承知の上でしょう」
頭を抱えるリッティを慰めるエティス。日頃の大臣の苦労が忍ばれる光景だ。この王様、フィンディの話を聞く限りではかなり有能なはずだが、本当だろうか。いや、フィンディという親しい者を前にしているので本性が出ているだけかもしれない。ここは前向きに考えよう。
「私とフィンディはグランク王国を目指すつもりです。聞くところによると、その国が人間たちの変化の中心だそうで」
「そこで相談……いや、頼みごとじゃ。実はワシらは、身分証がない。ワシはこの国から出なかったので必要なかったし。バーツは山におったのでな」
王と大臣の反応は面白いが、話を進める。雑談なら、目的を片付けた後でも出来るだろう。
「なるほど。早速手配しましょう。フィンディ様は勿論、バーツ様もそのご友人ということであれば身分証を用意する分には問題ありません。職業はどう致しますか?」
「む、職業……?」
予想外の質問だ。どうしたものかと頭を捻ると、フィンディがフォローしてくれた。
「冒険者で良い。旅をしながら適当に暴れるのに適しておるじゃろう」
「暴れるつもりですか……」
国王が不安そうな顔をする。その気持はよくわかる。昔、フィンディと旅をしている時、割と頻繁に暴れざるを得ない状況になったものだ。
「では、そのように手配します。……そうだ、冒険者という立場で国境に向かうならば、一つお願いしたいことがあるのですが」
「エティス! その話は!」
これまでと打って変わって、リッティが責めるような口調になった。なんだ? この国の情勢は落ち着いていると聞いたが、何かあったのか。それこそ相談相手(魔物退治専門)の力が必要なことでも発生しているということか。
「お二人に手助けいただければ成功の確率はかなり上がるでしょう。渡りに船だと思いますが」
「何かあったのですか? 出来ることなら力になりますが」
私が言うと、横のフィンディも頷いた。フィンディはともかく、この国に対して何もしていない私が無条件で身分証を発行して貰うのだ、代金代わりに協力するのは良いだろう。それに、ここで恩を売っておいて損はないだろうし。
「しかし……」
「話してみい。冒険者への依頼ということなら報酬次第で受けるぞ。路銀が欲しいしな」
フィンディが笑顔でそう言うと、リッティは苦笑しながら語り始めた。
「仕方ありません。お二人の最初の依頼はこの国からのものですね。実は……」
王自ら話した依頼内容は次のようなものだった。
二週間程前、グランク王国からの使者がこの国にやって来た。
国として歓迎していたのだが、同時期にとある地域でオークが大量発生し、退治することになった。
たまたまそのことを耳にした使者が、オーク退治を見物したいと言い出した。どうやら、大陸の東側ではオークは珍しいらしい。
王と大臣は使者の要望を断りきれず、仕方なくオーク退治への同行を許可した。
その代わり、退治に向かうのは国の精鋭騎士団とした。
4日前、オーク退治の一団は出発した。
そして、未だに帰ってこない。
予定だと、既に帰還しているか、報告くらいはこちらに来ているはずなのに。
「なるほど。わかりました」
これは由々しき事態だろう。グランク王国は大国。その使者が行方不明になったのだ。下手をしなくとも国家間の問題になる。
「精鋭の騎士団ですから、全滅はしていないと思いますが……」
「オーク以外の魔物とかち合ったのかもしれぬな。良かろう、調べてみるのじゃ」
「お願いできるならば、詳しい資料を御用意致します。部屋を用意するのでお待ち下さい」
「承知しました」
私が頷くと、話は終わりとばかりにリッティ達は立ち上がった。きっと忙しい中、時間を割いてくれたのだろう。それに報いるくらいの仕事はしたいものだ。
二人が部屋から出て行くのを眺めていると、フィンディがエティスに声をかけた。
「ところでエティスよ」
「なんでしょう?」
「リッティとは何時くっつくんじゃ? 周りの者が待っておるぞ?」
ニヤニヤしながらそう言った。とても悪い顔をしている。
「バ! 陛下にはふさわしい女性がいらっしゃいます!」
「やれやれ、またか……」
顔を真赤にして怒るエティスと苦笑するリッティ。
なるほど、これをやるからエティスに嫌われているのだろう。多分、この大臣はフィンディが王位を奪うなんて微塵も心配していない。
○○○
その後、私達は場内の一室に案内された。
状況的にすぐにでも出発した方が良さそうだが、現場の方の準備があるらしい。エティスが大慌てで私達の受け入れ体制を整えているそうだ。
私とフィンディが案内されたのは相部屋だった。
一応、私は男性の外見で、フィンディは女性だ。夫婦だとは一言も言っていない。
これはもしかして、エティスからのささやかな嫌がらせだろうか。いや、別に構わないが。
室内で考えこむ私。対してフィンディは文句の一つも言わずにローブを脱いで、ベッドの上でくつろぎ始めた。
「相部屋か。ワシがあまりにも魅力的だからといっても襲いかかるでないぞ?」
悪戯っぽい表情で、そんなことを言ってきた。どこで覚えた台詞だろうか。長生きしていると無駄な語彙が多くて困る。
「安心しろ。物理的に不可能だ。仮に出来ても、私はそんなことをしない」
「面白みの無い奴じゃのう……」
フィンディは何故か不機嫌になった。
彼女が急に不機嫌になることは珍しくないので、私は気にせず自分のベッドを確認する。さすが王城、高級品だ。
「大臣殿が忙しそうに働いていることだし、今日はここで一泊だな」
「そうじゃのう。エティスのことだから、明日には万事整っているはずじゃ」
「働き過ぎで無理しそうなタイプだな」
「王も似たようなことを言って心配しておったよ。ま、ワシらの気にすることではない」
それもそうだ。私などに心配されては余計なお世話というものだろう。
ここは有り難く王城で一泊して、国王からの依頼に備えさせて貰おう。
その後、私達は時折やってくるエティスから詳しい依頼内容を聞いたり、王から晩餐に招かれたりした上で、眠りについた。
王城のベッドは快適で、よく眠れた。
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