第3話「旅立ち(仮)」
「流石フィンディだな。500年前の私の荷物をとっておくとは」
「それ実は片付けの苦手なワシに対しての皮肉じゃろう?」
「そんなことは無い。心から感心している」
「本当かのう?」
そんなことを話しながら私とフィンディは家の外にある倉庫までやって来ていた。
流石にいつまでもパジャマのままでいるわけにはいかないので服について相談したら、「500年前のお主の私物が保管してある」と案内されたのだ。
私の意図せず皮肉になってしまった言葉に怒らず、楽しそうにフィンディは説明を続ける。
「安心せい。家を建て直す前の荷物は全部倉庫に移動してある、状態保存の魔術も念入りにかけてな。後は探すだけじゃ」
「なるほど。後は探すだけか。……やはり500年程度では整理整頓は身につかなかったようだな」
倉庫はフィンディの家の隣に作られた大きな建物だ。彼女の自宅に近いサイズがある。500年分の荷物が詰まっているとするなら、この程度で済んでいる、と言うべきかもしれない。片付けが苦手な彼女なりに、整理したのだろう。
「まあ、中は期待通り散らかっとるんじゃがな……」
言いながら古めかしい鍵を使って倉庫の扉が開かれた。
足を踏み入れると魔術で自動的に天井が明るくなり、内部が照らしだされる。
倉庫内は整然としているとは言いがたい状態だった。
棚に置かれた箱。蓋を出来なかった箱から飛び出している杖か何か。棚に置けなくてその辺に転がされた調度類。
面倒だったのかろくに整頓されずに積み上げられた食器類。季節物の衣類と書かれた大量の箱は中身の詰め過ぎで蓋が浮いている。
他にも観察すれば色々見えてきそうだが、私は優しいのでその辺りでやめておいた。
定期的に魔術で清掃でもしているのか(フィンディは何でも魔術で済ませようとするのだ)、埃っぽくないのが幸いだろう。
「予想通りだ、問題ない」
「悪いか! これでも頑張ったんじゃぞ! あと、お主が几帳面すぎるんじゃ!」
「そうでもないぞ。配下の魔族にもっときっちりした奴がいた」
内部に入り、棚の物を観察しながら私は答える。この中に、私の500年前の装備が眠っているはずだ。普通なら奥まった場所に保管されているのだろうが、フィンディの片付けの場合、その予測は通じないのが厄介だ。
「ほう、どんなやつじゃ?」
「サキュバスの魔族でな。私が少し散らかしただけで物凄い怒られたものだ。私以外もだがな」
少し離れた場所を物色しているフィンディに対して、魔王城での生活を懐かしみながら話す。すると、彼女はわざわざこちらに顔を出して返事をしてきた。
「お主の口からサキュバスという言葉が出ることが意外じゃ」
「結構尊敬されてたぞ」
サキュバスとは男性の夢の中に現れて精力(魔力)を吸い取る女性型の魔族だ。
基本的に美人で露出度が高く、淫蕩な性格をしており、男性にとってはたまらない存在らしい。
また、サキュバスの一部は夢のなかだけでなく直接行動に出ることもあるらしい、私は詳しく知らないが。
私は彼女達がサキュバスらしいことをする光景を見たことがないし、魔王城の中にいるサキュバスは礼儀正しくて、整理整頓にうるさい者が多かったので世間の印象と大分ズレているだろう。
「尊敬じゃと……。お主のどの辺がサキュバスに好かれる要素があるんじゃ。根本的に相容れないものじゃろ」
「それが良かったらしい」
フィンディが私とサキュバスの関係に驚くのにはちゃんと理由がある。
私は外見が男性だが、性器が無いのだ。
というか、私には性別というものが存在しない。詳しいことは不明だが、どうやらそういう種族らしい。
外見は男性的だが、男性としての機能は備えていない。その上、いわゆる性欲とも無縁だ。
それゆえ男性に淫靡なことをすることが生業のサキュバスにとっては天敵とも成り得る存在であるらしい。
「私が魔王になった日の夜、下剋上狙いでサキュバスの親玉が寝室に忍び込んできたのだがな。私に繁殖するための器官がないことを知ると、心の底から絶望した顔で「どうしてエレクチオンがないのよー!」と絶叫して逃げ出したのだ」
「……ちょっと面白いのう。見たかったかもしれん」
懐かしい話だ。確かにちょっと面白い光景だったので見せてやりたい。
「うむ。そして、次の日には私の事を心底尊敬した様子で、忠誠を誓ってくれた。どうやら、天敵だと認識されたらしくてな」
「思ったより上手くやってたんじゃな、お主」
「まあ、な。それにしても、見つからないな……」
何やら感心しているフィンディを軽く流し、私は探しものを続ける。こちらはずっとパジャマ姿なのだ。そろそろ着替えたい。
本当にフィンディは片付けが苦手だ。ろくに分類すらされていない。
置かれた時代でも判断できないかと手近にあった小さな箱を開けてみた。中には小さな布が大量に入っていた。ハンカチか何かだろうか。それにしては薄手だ。色の種類は多い。
試しに一つ取り出してみる。広げてみると形は三角形で小さい穴が二つに、大きい穴が一つ開いている。
「む、なんだこれは。三角の布?」
「それはワシの下着じゃド阿呆!」
顔を真っ赤にしたフィンディに箱ごと持っていかれた。
なるほど、彼女の下着入れだったのか。これは失礼なことをした。一応、私の記憶にある下着と形が違ったのでわからなかったのだ、と心の中で弁解しておく。口に出すと怒られるからな。
「まったく、相変わらずデリカシーのない奴じゃ」
「すまない。私の知っている下着と形が違っていたのだ。500年の時間を感じる」
「魔王城にも女の魔族はいたじゃろうに」
「いたが、下着など気にしたこともない。サキュバスは履いていなかったし」
「そうか……」
ため息と共に諦めた様子のフィンディ。彼女は私に性欲がないことをよく知っている。
この辺りは付き合いの長さの賜物だろう。思えば、城のサキュバスは色々なことで私の欲望を刺激しようと努力をしていた。全部無駄だったが。
「女性が下着を見られて恥ずかしいと思うのは理解している。そのうち埋め合わせをするよ」
「今すぐとは言わんのじゃな」
「今の私は全てを失っているからな……」
「まあ、うむ、そうじゃな。それにしては悲壮感が無いが……お、あったぞ!」
フィンディが荷物を見つけたらしい。なんと、入り口近くに置かれていた。ちなみに入り口近くは一番散らかっていた場所だ。日用品などがあるだろうと予想した私は真っ先に候補から外したのだが、まさかそこから発掘されようとは。
フィンディのところに行くと、既に箱を開けて中身を確認していた。私も横から覗き込んで見る。
確かに、500年前に使っていた私の装備だ。
装備といっても黒の上下に灰色のローブといういかにもな魔術師系の服に、ベルトと腕輪などの装飾品がいくつかという簡素なものである。魔術で強化しているものの、デザイン的にはこだわりを感じない品々。
まあ、星柄パジャマしかなかった状況に比べれば大分マシだ。
「懐かしいな、大事に保管してくれたおかげで、まだ使えそうだ」
「ちゃんと状態保存の魔術は効いておるな。当時のままじゃ」
箱の中身を確認しながら、私とフィンディはしばし過去を懐かしんだ。
○○○
服の方は問題なさそうだったので、すぐに身につけた。
物持ちのいいフィンディのおかげで、私は星柄パジャマの怪しい奴から、灰色のローブをまとった魔術師風の男に見違えることに成功した。
ついでに靴なども一式見つけたので身につけた。どれも魔術がかかっているので劣化なし。フィンディの持ち物にかかっている状態保存の魔術は神世エルフのものなので、人間達のものとはちょっとレベルが違う。
そして、部屋に戻った私とフィンディは、本格的に旅の相談を始めることにした。
机の上に地図を広げながら、フィンディが言う。
「さて、落ち着いたところで行き先について相談するぞ。何か要望はあるか?」
「特にない。500年間、人間と会わなかったから、この大陸がどんな状況かもわからないからな」
「そうじゃろうな。さて、これが今の地図じゃが」
地図には長方形の陸地が描かれている。私達が暮らす大陸は相変わらず非常にシンプルな形をしている。その点は、昔と変わらない。
長方形の陸地の中央には、中央山地と呼ばれる山があり、そこから東西南北に山脈が走っている。長方形を四つに区切ったような大陸だ。
まるであつらえたような地形だが、その通り、古代に神々がそのように作ったためである。
ここは最も古い大陸であり、わかりやすさ重視で創造された大陸でもあるのだ。
フィンディが長方形の左上、大陸の北西部を示す。そこには『大森林の国カラルド』と書かれていた。それが今のこの地域の国名らしい。
そこからフィンディは指をまっすぐ右に、地図上の方角でいうと東に滑らせながら説明する。
「まずは、ワシらのいる大森林の国カラルドを東に行き、双子の国エリンとラエリンへ向かう。そのまま更に東に行って黎明の国ドーファンへ。そして、北方山脈を越えてグランク王国へ向かう。とりあえずの最終目的地はグランク王国じゃな」
一直線に東に指を動かして、フィンディの説明は終わった。
「念の為に確認するが、グランク王国を目指す理由は?」
「人間達の変化の中心がグランク王国だからじゃ。さっき言ったように人口も爆発的に増えておる。情報が集まりやすいじゃろう」
「なるほど。しかし、私の記憶だと南下して西方山脈を越えるルートでグランク王国を目指す方が楽だった記憶があるのだが。確か神殿が中心になって統治していたような……」
中央山地から伸びる東西南北の山脈の特徴ははっきり分かれている。
北方山脈は最も険しく、通り抜けるのが難しい難所だ。他に比べると山の規模が大きく、私から見ても色々と面倒くさい地域である。西方山脈と南方山脈は比較的緩やかで乗り越えやすい。東方山脈は少し険しいものの、人間の多い地域なので迂回ルートが沢山ある。
フィンディの説明通り、まっすぐ東に向かうと最も険しい北方山脈に突き当たる。直線距離ではその向こう側にあるグランク王国に最も近いルートだが、かなり厳しい道程になるだろう。
私の知識では乗り越え安い西方山脈を越えて南下し、神殿が統治する穏やかな国々がある大陸南側を東に進み、南方山脈を踏破。そのまま北上し、適当なルートで東方山脈を回避してグランク王国とやらに辿り付くのが無難ということになっている。
「この500年で神殿は力を失った。その結果、西方山脈の向こうは小国が乱立して小競り合いを繰り返しておる。治安が悪くて面倒事になる可能性が高い」
「そうか。勇者が去って、神々もこの世界から去ったのか」
勇者は神々が魔王を倒すために遣わされる存在だ。
基本的にこの世界には干渉しない方針の神々だが、勇者を生み出した時だけは別の話となる。
たびたび世界に干渉し、勇者が魔王を倒せるように誘導するのだ。
その影響もあり、勇者が登場する前後は神殿の勢力が極端に強まり、神々から直接加護を受けた人間なども多く現れたりする。
逆にいうと勇者が魔王を倒した後は神々は再び世界から離れ、神殿は力を失っていくことになる。
これが、この世界と勇者と魔王と神々の関係だ。
世界のバランスを保つために現れる神々の気まぐれで権力を得たり失ったりする神殿は大変だろう。
「まあ、神々からの加護を受けれない神官に国を統治するだけの能力はないということじゃな。他に質問はあるか?」
「我々は空を飛ぶ魔術で高速移動できる。ここから直接グランク王国を目指しても良いのでは?」
転送魔術は使うのに制約があるが、空を飛んで高速移動するのはそう難しくない。魔力消費が激しいのが一般的に問題とされるが、私とフィンディは空を飛ぶくらいは消耗のうちに入らない。まっすぐ全力で向かえば、一週間くらいでグランク王国に到着するはずだ。
「最近の人間の国は、出入りする際に身分証に記録を残す必要がある。余計なトラブルを回避するためと、情報を集めるために人間と同じように移動したいのじゃよ」
「なるほど。そういうことか」
それでも、国内の移動は魔法を使うつもりじゃ、とフィンディが付け加えた。
人間の国々を旅していくのだから、極力トラブルを回避したいという考えには大いに同意できる。それに、私の元配下たちの情報を得る機会を少しでも増やすなら、色々な地域を通った方が良いかもしれない。
「北方山脈越えか。厳しい旅になりそうだな……」
「今は大丈夫じゃ。なんでも乗り物で簡単に越えられるらしい」
「ほう。それは興味深いな」
「情報を集めながらの旅になるので3ヶ月くらいかかると思う。その間に、魔王軍に動きがないか心配なんじゃが……」
魔王軍が動くなら好都合だ。私としては元配下の状況を早く知りたいので、所在がはっきりするのはありがたい。
その後の行動は、その時次第だが、まあ、無理をするつもりはない。極論、私は元配下と別れの言葉を交わせるだけでも良いのだ。
「その点に関しては問題ない。手っ取り早く見つかったことを喜ぶまでだ。今のところ、なんの手がかりもないのだから、フィンディの計画に文句はないな。ところで、国を渡る際に身分証と言っていたが」
500年間まったく人間と交流のなかった元魔王には、身分証の持ち合わせなど無い。
私の考えを理解しているのか、フィンディは自信満々の笑顔で頷きながら言う。
「それは大丈夫じゃ。ワシはこの国ではそれなりの地位にある。国王も生まれる前から知っておるくらいじゃ。お主の身分証くらい準備できるじゃろう」
「それは頼もしいな」
伊達に人間の国で500年も暮らしていないということだ。本当に頼もしい。私の服も保管していてくれたし。
そのうち礼をしなければなるまい。なるべく喜ぶ形で。
「存分にあてにするといいぞ。さ、今日のところは荷造りでもして、明日にでも王都に向かうとするのじゃ」
「異論はない。これから宜しく頼む」
頭を下げる私に対して、フィンディは胸を張って答えた。
「気にするでない。ワシとお主の仲じゃ」
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