第2話「懐かしき友人」
私の友人であるフィンディについて説明しよう。
彼女は私の大切な友人であると同時に、この世界にとっても貴重な人材である。
フィンディは神世エルフと呼ばれる特殊な種族だ。
神世エルフとは、神々によって直接創造されたエルフのことである。彼らは神々の仕事を代行するために生み出された種族であるため、非常に強大な力を持つ存在だ。
例えば、この世界で生活するエルフという種族の始まりは、神世エルフが自らをサポートするために生み出したことに端を発する。
自分達のために下位種族を生み出すことの出来る、神のような力を持った種族、それが神世エルフなのだ。
多くの神世エルフは神々がこの世界を去ったのと同じタイミングで居なくなり、今ではフィンディ一人を残すのみ。
つまり、フィンディは神話の時代から生きているエルフの上位種族の最後の一人なのである。
フィンディがこの世界に残る理由は、太古の時代に神々から与えられた使命を果たすためだ。
彼女に対して神々が与えた使命とは「戦いで荒れた大地を癒やすこと」だ。
500年前、私が魔王になる少し前、彼女は大陸西部にある『無明の砂漠』という地域を癒やすことを自らの仕事とした。
無明の砂漠は非常に貧しく土地と厳しい環境の寂しい場所だ。いくら神世エルフとはいえ、そう簡単に癒せる土地ではない。
それ故に、今でも彼女がその場に留まっている可能性は高い。
そう考えて、私は友人と500年ぶりの再会をするために転移魔術を唱えたわけだが……。
「信じられん……」
私の最後の記憶では、岩と砂だけの土地の端っこにある、申し訳程度のオアシスの縁に作られた煉瓦の家。それがフィンディの住処だった。
それが今では、緑あふれる森林の中の、年月を感じる石造りの住居になっていた。
なんか蔦とか絡ませて、魔女とか住んでそうな家になっている。建物全体から魔力を感じるので、色々と工夫して建てられているのだろう。
家そのものは変わっているが、建物の各所に施された守り魔術は、私に見覚えのあるものだ。間違いない、この家にフィンディは住んでいる。
「よし、行くか。ちょっと緊張するな」
500年ぶりに再会するとなると、友人といえど他人のようなものだ。下手をすると私のことを覚えていないかもしれない。色々と覚悟が必要だろう。
ドアの前で私はそんな風に余計なことをもんもんと考える。なかなか踏ん切りがつかない。
「よし、いくぞ……。いくぞ……」
「なんじゃ不審者か! ワシの家に来るとはいい度胸じゃ!」
私が行動するよりも早く、ドアの方から開いてくれた。
怒りの声と共に現れたのは、私のよく知る友人だ。
背中まで伸びた青みがかった銀髪。エルフらしい尖った耳。冷たさすら感じる美しく整った造形の顔。だが、溢れる感情がその印象を打ち消している。
そして何より、まだ子供と言ってもいい背丈こそが、彼女がフィンディであることを証明してくれた。
彼女は何か理由があるのか、生み出した神の趣味なのかわからないが、人間で言うと13歳くらいの外見で成長が止められているのだ。
フィンディが言うには「こんな半端な年齢で創造された神世エルフはワシだけじゃ」とのことで、非常に例外的な存在らしい。
もうちょっと年齢を経た外見に成長できれば、神話レベルの美女エルフとして世界中で詩に歌われていただろう。彼女と出会った多くの人が勿体無いと感想を漏らすのを私は聞いたものだ。……その度にフィンディは怒っていたが。
今の彼女は若草色のワンピースに身を包んでいた。これといった装飾品をまとっていない、完全にリラックスした状況だったようだ。
500年経っても変わらない外見の友人は、怒りの目つきで私の方を睨んできた。
目があった。
「…………」
「…………」
「……もしかして、バーツか?」
「うむ。久しぶりだな、フィンディ。変わりないようで何より……」
私が発言を終えるより早く、ドアを閉められた。
「ちょっと待て! なんで閉める! 500年ぶりの再会だぞ!」
「ワシの知っておるバーツは旧友との再会に星柄パジャマ姿で現れるような非常識な輩ではない! なんぞ偽物か魔王軍に敵対する勢力の刺客じゃろう!」
しまった! パジャマ姿が裏目に出たか! いやしかし、服装に関しては対処不能だったんだ。仕方ない。うむ。
あと、星柄パジャマは私の趣味なので、その点まで指摘されたのは遺憾の意を表明したい。
ともあれ、対応は酷いものだが、外見で私を認識できているようなので、彼女に忘れられなかったということだろう。
私の外見がずっと前から、そこそこ長身灰髪に、まあまあ整った容姿、というのが維持されているのが幸いした。
「刺客ではない。本人だ。どうやら魔王をクビになってしまったらしく、困り果てて訪ねてきた。助けてくれるととても嬉しい。というか、助けてください」
「…………」
反応があるまでしばらく時間がかかった。内部で何やら音がする。片付けの音だ。そういえば、彼女は整理整頓が苦手だった。
しばらくして、ドアが開いた。半目のフィンディが隙間から覗いてくる。
「魔王をクビになったというのは、本当か?」
「状況的に考えるとそうなる。その辺りについても、色々と相談にのってくれると嬉しい」
フィンディはもう一度私のことを上から下まで眺めた後で言った。
「わかった。とりあえず入るがいい」
○○○
フィンディに案内されたのは、テーブルと椅子に家具が少しだけのシンプルで整った部屋だった。細工の少ない木製家具で作り上げられた空間は、不思議と居心地の良い暖かさに満ちている。
ここはきっと、フィンディが客を迎える用の部屋だろう。極力家具を置かないことで、部屋が散らかるのを防ぐコンセプトだ。奥の方に見えるドアの向こう、彼女の個人的な空間はもっと混沌としているはずだ。
出された紅茶とクッキーを口にしながら、私は漠然とそんなことを考えていた。ちなみに、未だにパジャマ姿のままである。フィンディは物を捨てられないタイプだから、500年前にここに私が置いていった(しばらく一緒に暮らしていたのだ)荷物が残っているはずだ。早く出して貰わなければ。
「……なるほどのう。起きたら城ごと魔王軍が消えていたとは。面妖なこともあるもんじゃ」
「流石に驚いた。恐らく、世界のどこかに新たな魔王が生まれたのではないかと思うのだが」
「お主は正式な手順で魔王になったわけではないからのう。この世界に神々が接触して、新たに魔王を生み出した際に異物として弾き出された可能性はある」
「フィンディもそう思うか……」
この世界において、魔王が生まれるまでの基本的な流れというものがある。
まず、はるか昔に去ってしまった神々の一柱が、この世界に気まぐれに接触する。
その神が見て、世界を循環する魔力のバランスに問題があると判断した場合、その問題点を集中させた存在として魔王を生み出す。
そして、魔王は世界の魔力バランスの歪みを一身に背負った存在として適当に暴れまわり、神が用意した勇者によって倒されるのだ。
こうして、世界の魔力バランスは保たれていくわけだ。
以上が、魔王と勇者の関係だ。全てフィンディからの情報である。世界の魔力バランスとやらを保つためにどうしてこんな面倒な手順を踏んでいるのかというと、神々は力が強すぎて、下手に触れると世界が爆発しかねないためらしい。
尚、私は上記の魔王誕生のプロセスとはまったく関係なく、死にゆく先代から任命される形で魔王となったイレギュラーである。厳密に言うと魔王(存在)ではなく、魔王(称号)といったところだろうか。
「しかし、ふむ……。本当に魔王が生まれたなら大事じゃな。世界が混乱する」
「それに、勇者も現れる。神々もこの世界に近づく可能性が高い」
この世界は神々が殆ど管理しなくなった世界だ。たまにやってきた神が魔王と勇者を生み出す以外、殆ど干渉はない。
これを神が管理しなくて良い安定した世界と捉えるか、神に見捨てられた世界と捉えるかは人による。
「それで、バーツはどうするつもりなんじゃ? 着の身着のまま放り出されて困っているのは事実じゃが、それだけではなかろう?」
「ああ。魔王城の皆の安否を確認したいな。500年共に過ごした家族みたいなものだからな」
私がそう言うと、フィンディは大きく頷いた。
「なるほど。相変わらず情の深い奴じゃのう。それだけか?」
「皆が問題なく暮らしているなら、私は去る。そして、また旅にでも出るさ……」
「阿呆かお主」
心底馬鹿にした目で酷いことを言われた。
「なんだと。私のどこが……」
「元魔王の癖に頭の中が平和すぎるところじゃ。正式な魔王なら人間に喧嘩を吹っかけるに決まってるじゃろ。恐らく、お前の家族みたいな仲間が大体死ぬぞ。500年前の惨状を忘れたのか?」
「……忘れるわけがない」
500年前、人間と魔王軍の戦いの結果、魔王軍の主力たる魔族はほぼ絶滅していた。私は死体の山が積み上げられた荒野で、瀕死の魔王から、生き残りを託された。
あまりにも凄惨な状況だったので、断ることが出来なかったのだ。我ながらお人好しだとは思うが。
「魔族といえど、存在全てが人間の害となるわけではない。それに、この500年は人間と接触せずに上手くやってこれたのだから……」
「お主の頑張りは認めるが、それはなんの解決にもならん。魔王は魔族に命令する能力がある。もし、魔王が全開で戦争を吹っかけたら今度こそ魔族は終わりじゃな」
「……ならば、どうにかして魔王を止める。勇者が現れる限り、魔王に勝ち目はない」
魔王は勇者に勝てない。それは神が決めた摂理だ。この世界の歴史上、数百の魔王が生まれているはずだが、一度たりとも勝った記録はない。
魔王が討伐されるのは仕方ないが、それに巻き込まれる魔族が気の毒だ。彼らは人間と同じく、この世界で生まれた種族だというのに。
「魔王を止める具体的な手段はあるのかのう?」
「実力で何とか……」
「意外と考えなしじゃのう」
「すまん」
私の謝罪の後、部屋に少しの沈黙が訪れた。
しばらくして、「やれやれ」とフィンディがため息をつくと、苦笑しながら言った。
「仕方なかろう。バーツにしても突然のことじゃしな。それに、タイミングとしてはちょうど良い」
「どういうことだ?」
私の疑問符に対して、フィンディはニヤリを笑う。流石は神世エルフ、何か考えがあるらしい。
「人の世界に、大きな変化が起きておる。これまでにない、大きな変化じゃ」
「変化? 人間は寿命が短いから500年もあればそれなりに変わるだろう?」
「特に変わったのはここ何十年かじゃ。魔術を利用した新たな技術を生み出し、驚くほど数を増やしておる」
「興味深い。少し詳しく教えてくれないか」
数万年の時を生きるフィンディが大きな変化と言い切るのだから相当だ。私の知らぬ間に一体何が起きたというのだろう。
「……実はワシも良く知らん。ただ、東のグランク王国で次々と新たな技術が生まれた結果、人々の生活が様変わりしたそうじゃ」
「あまり詳しくないのか……」
私の落胆に対して、怒ることもなく彼女は説明を続ける。
「お主と同じく、ワシもここを動いておらんからのう。だが、多少の知識は入って来ておる。治安が良くなり、街道が整備され、移動しやすくなっておるようじゃ。その証拠にワシを訪ねるエルフが増えた」
「なるほど。情報源はここに来たエルフか。彼らは何と言っていた?」
「不安を覚えておった。グランク王国は町を発展させ、治安を向上し、病を減らし、驚くほど短い時間で人間の数を増やしている。このままでは、エルフの居場所はなくなってしまうのではないか、とな」
「元々、エルフやドワーフと比べれば人間は繁殖力が高かったが……」
「他の種族を排斥するほどではなかったのう。人は平地に、エルフは森に、ドワーフは山に。住み分けることの出来る程度であった。しかし、山も森も人間の世界になるのではないかという勢いだそうじゃ」
「それほどなのか。信じられん……」
人間という種族は特別秀でたところがあるわけではないが、時々想像もつかないことをやってのける。例えば、500年前、圧倒的に能力差のあるはずの魔族を絶滅寸前にするなどだ。
それをわかっているつもりだったが、驚きだ。本当にそんなことがあるのだろうか。
私の疑問を感じ取ったのか、フィンディが頷きながら答える。
「ワシも同じ気持ちじゃ。それ故に、この目で確かめたいと思っておった。時代の変わり目ならば、見届けねばならん」
「なるほど。そんな時期に、私がやって来たわけか」
「そうじゃ。人の世界に変化が起きて、新たな魔王の誕生が予見された。ワシが面倒を見た森も育ちきった。再びお主と旅立つ時が来たのじゃろう」
「私の旅に付き合ってくれるのか? ありがたいが、恐らく危険だぞ」
「今更何を言う。ワシとお主の仲じゃろう」
「ありがとう。とても助かる……」
私の感謝に、フィンディは笑顔で答える。その外見も相まって、非常に魅力的かつ、頼もしい笑顔だ。
「気にするでない。今言った通り、旅に出なければならぬのは前から決めておったことじゃ」
「そうか。だが、この礼は必ずするよ」
「覚えておこう。……さて、そうは言ったものの、すぐに旅立つのは難しい。この500年でワシも立場というものが出来てしまったのでな」
「そこまで急がない。準備は大事だ。それと私の荷物が残っているか確認したいのだが……」
そう言って、私は自分の服装を見つめなおす。星柄パジャマ。その他に持つのは使えなくなった魔王の証。殆ど裸と変わらない。
流石にこれでは旅立つどころではない。
困った様子の私を見て、再び苦笑しながら、フィンディは言った。
「そうじゃな。まあ、色々と支度をしながら、今後のことを話すとしよう」
そういう彼女の声は、少し弾んでいた。そこでようやく私は気付いた。
彼女にとっても、これは500年ぶりのお出かけなのだ。
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