魔王ですが起床したら城が消えていました。

みなかみしょう

第1話「魔王、クビになる」

 前略、魔王軍の皆様。いかがお過ごしでしょうか。


 私と致しましては、このような事態になってしまい混乱の極みにあります。

 恐らく、配下の皆様も同じく混乱していることでしょう。 

 しかしながら、500年の時を共に支えあった皆様ならば、この困難もきっと乗り越えられると信じております。

 次に会う時まで、互いに壮健であることをお祈り申し上げます。 


 草々。


 と、そんなわけのわからない一文を思わずひねり出してしまう程度に、私は混乱していた。


 私の名前はバーツ。魔王をやっている者だ。北の地に城を構え、そこで配下と共に暮らしているため、人間達は「北の魔王」と呼んでいるらしい。


 その北の魔王が、パジャマ姿でクレーターの中心に立っているわけでして……。


「うむ。これはわけがわからんな! うむ!!」


 周囲を確認して、私はそう断言する。


 わけがわからない。

 

 朝起きたら、パジャマ姿の自分以外、全てが消えていた。

 ベッドもだ。お気に入りの抱き枕も無い。

 違和感に気づいて目覚めたら、クレーター状に抉れた大地の上で私は眠っていた。

 それが説明できる全てだ。


 景色を見る限り、城の周りのようだが……。


 周囲を見回す。クレーターの遥か向こうには、一度も溶けたことが無いと言われる雪を頂いた壮麗な山々が見えた。

 間違いない、人間の侵入を拒む、北の魔王山脈だ。なんか、私が来てからそう名付けられた山だ。


 つまり、ここは魔王城があった場所で間違いなく。いるのは私だけということのようだ。


 周囲を観察した上で、私はそう結論した。

 大変なことが起きているが、まだ慌てるような時間じゃない……。

 仮にも魔王。この身に宿る能力は多彩だ。

 例えば、私は魔力感知の能力で気配を探ることが出来る。


 よし、皆がどこにいるか、少し探ってみるか。


 思考と同時に、気配探索の魔術を使う。見るものが見れば、私の身体から周囲に魔力が放たれたのが見えただろう。

 私が使った気配探索の魔術は、周囲に魔力を放ち、目的とする対象にぶつかった際の反応を調べるものだ。

 範囲は魔王城周辺の大地全て。私と関係があるものが一人でも周辺にいれば、確実にわかる。

 魔力感知は私の得意技なので、ちょっと集中するだけで周囲数キロくらいなら探知できるのだが、流石にこれだけ範囲が広いと魔術を組み合わせなければならないのだ。


「……なんということだ」


 思わず声が出た。

 気配探索の魔術は不発だった。反応は無しだ。

 つまり、この周辺に私の知る者は、確実にいない。


 一体、何が起きた。 


 うなだれる私。

 魔王城(跡地)の向こうの森から鳥のさえずりが聞こえてくる。その長閑さが逆に辛い……。


「どういうことだ……。どういうことだこれは!」


 やるせない感情と共に叫ぶ。ついでに体から吹き出た魔力が光条となって放出され、遠くの山がちょっと削れた。


「む、いかんな。自然を壊してしまった……」


 私は感情的になると、よくない威力で魔力が発射されてしまうことがある。本気で怒鳴るなんて数百年ぶりなんで忘れていた。


「とにかく落ち着いて状況確認だな。そもそも、私は大丈夫なのか?」


 呟きながら、自問する。 

 これはかなりの異常事態だ。私を除く魔王軍の全てがどこかに消えた。普通じゃない。

 居城たる魔王城と配下のみならず、自分自身にも影響が出ている可能性を考えるべきだろう。

 少し、自分について確認してみよう。


 本名はバーツ。魔王をやって500年。人間には北の魔王と呼ばれている。種族は不明……。うむ、記憶については問題なさそうだ。


 自身の情報については間違っていない。根本的に意識を改変されている可能性などもあるが考えたらきりがない。過去の記憶や配下の魔族の名前などもちゃんと思い出せるので、とりあえず良しとしよう。


 続いて、自身の能力の確認だ。こちらは先程の気配探知で実証済みだが、念の為にやっておこう。


「火を……」


 右手の平を上向きにして、目の前に出す。小さな火をイメージすると、体内の魔力が僅かに動いたのはわかった。

 程なくして、手の平の上に指先サイズの火が生まれた。

 先ほど叫んだ煽りで魔力が放出されて山を削ってしまったことから考えても、私の持つ膨大な魔力は健在のようだ。

 魔力も、その扱いに関しても、しっかりと思い出せる。


 どうやら最悪の事態は避けられているようだ。魔力さえあれば生きてはいける。

 北の荒野にパジャマ姿で放り出された上、魔力まで失っていたら確実に死んでいた。


「残ったのはこれだけか……」


 私はパジャマの特製ポケットからあるものを取り出した。

 ポケットの中にあったのは、手の平より少し大きい程度の漆黒の金属製のカード。

 魔王の証と呼ばれる魔術具である。自分に忠誠を誓った魔族の状態を確認したり、連絡を取ったりできる素晴らしいものだ。

 私はこれを完全に使いこなせていないのだが、それでも十分有用な品だ。

 500年前、先代魔王からこれを託され、私は魔王になった。


 ……なんか。嫌な予感がするな。


 不吉な気配を感じながら、証に魔力を流し込む。そうすることで、連絡や状態把握などの各種機能が起動するはず。


「…………」


 なんの反応も無かった。

 魔王の証はただの金属製のカードになってしまった。

 居城と配下が失われ、魔王の証も動作しない。

 これらが意味することは一つだ。


「そうか、私はクビか……」


 私は魔王の職を解かれたのだ。


 ○○○


 心が落ち着くまで、少しの時間が必要だった。

 具体的には昼までかかった。

 太陽が空高く最高点に達した頃、呆然としていた私は、ようやく他のことをしようという気力を取り戻した。


 すり鉢状にえぐれた大地の中心で、パジャマ姿の(元)魔王が呆然と数時間突っ立っているという、なかなかレアな光景を生み出してしまったが、まあ、仕方ないだろう。

 

 とにかく、私は色々と受け入れがたい事態を受け入れるしかないと結論した。


 私は魔王ではなくなった。

 城も街も配下も服も全て失った。

 残っているのは、パジャマと使えなくなった魔王の証。

 

 幸いなのは、自身の能力には全く変化がないことだ。

 魔術が使えるなら、大抵のことが解決できる。移動もできるし戦闘もできる、あまり気は進まないが、人間の町まで行って色々と奪うことも可能だ。


 ……人間から何か奪うのは最後の手段としたいところだ。人間相手には、できるだけ穏便にいきたい。

 500年前の戦いを目撃した私の魔王としての方針は、人間と極力関わらないことだった。

 あの戦いは本当に酷かった。


 500年前、魔王軍は勇者の率いる人間の軍隊に敗北した。

 大敗北だった。

 私が死に瀕した当時の魔王と会った時、数万いたはずの魔王軍は10人程度まで減っていた。

 勇者達と人間が、容赦なく、徹底的に、自身の損害も恐れずに魔王軍を蹴散らした結果だ。

 本気になった人間は恐ろしい。加減というものを知らない。

 その光景に、私は心底恐怖したものだ。


 その後、証を受け継ぎ新たな魔王となった私は、配下と共に北の辺境に引きこもり、魔王軍を立て直すことにした。


 それから500年間、私と魔王軍は戦争を起こすことなく、北の地でまったりと過ごしていた。魔王軍を構成する魔族が絶滅寸前だったのだから、戦争どころではなかったというのが実情だが。


 とはいえ、長い引きこもりのおかげで魔王軍の規模も2000人まで回復した。

 かつての規模には遠く及ばないし人間は怖いので、このまま細々と生きていこう。そんなことを考えていた矢先に、この事態である。


「みんな……心配だな……」


 青空を見上げ、消えてしまった配下たちに思いを馳せる。

 共に過ごした私の配下。家族と言ってもいい存在だ。

 屋外に一人だと、北の大地の空気は寒すぎる。


 状況的に、クビになった私の代わりに新しい魔王が現れている可能性が高い。

 どういう経緯かわからないが、この世界に新しい魔王が現れたのだろう。そして、魔王城とその配下は世界のどこかに移動した。

 魔王である私自身は新魔王の配下に収まらず、お役御免になったというわけだ。


「……探すか。無茶なことさせられてないか、心配だし」


 元配下の現状が心配だ。魔王を解雇されたのは仕方ない。だが、元配下と別れの言葉くらい交わしたい。

 正直、望んで魔王になったわけではなかったが、こんな終わり方はあんまりだ。


 当面の目標は決まった。

 生きていく上で目標は大事だ。

 魔王城の引越し先を探すことを当面の目標としよう。

 魔王城を見つけ、配下の無事を確認できたら、その後どうするか、その時考える。

 私は昔から割と行き当たりばったりなので、そんなもので良いだろう。


 さて、目標が決まったならば、行動に移らねばならない。


 現在の私はパジャマ姿だ。

 旅立つには不適切な装備といえるだろう。

 どうにかして、旅支度を整える必要がある。

 人間の里までいって強引な手段を取ることもできるが、できればそれは回避したい。

 私は魔王をやっている時もその前も、人間とのトラブルは極力避けてきた。あいつら怖いし。

 

 他に取れそうな手段は、友人を頼ることだろうか。

 ここでの問題は魔王になってから500年も経過していることである。大抵の生物にとって莫大な時間だ。

 私のかつての友人知人の殆どはこの世から去っているだろう。

 中には寿命の長い種族の者もいるが、これだけの期間、同じ場所に居住し続ける者がどの程度いるだろうか。

 魔王になってからというもの、旧友との連絡をとらなくなって久しい……。


「……よし。フィンディのところに行ってみるか」


 声に出した名前は、寿命が長い上に居住地を変える可能性の低い友人だ。

 私が魔王になる瞬間まで共に旅をしてくれた、一番の親友と言ってもいい。


 フィンディはとある事情を抱えており、移動していない可能性が高い。

 そして何より、住居付近に転移魔術の魔術陣を置いてあるのが大きい。

 転移魔術は、場所さえ把握していれば、その後は何度でも移動に使える便利な魔術なのだ。


 よし、行こう。


 頭の中で転移魔術の陣を思い描くと、足元と頭上に青白く輝く複雑な文様が生まれた。

 通常は複雑な手順を踏まなければ完成しない転移魔術だが、私くらいになると思い描くだけで発動できる。

 伊達に魔王をやっていたわけではない。

 

 術を発動した私の中に、転移魔術特有の感覚が生まれてくる。自分の把握している魔術陣の位置が伝わって来た。残念ながら、使えそうな反応は一つだけ。

 どうやら、フィンディの家の近くに設置した陣だけは稼動状態にあるらしい。あるいは、フィンディが保全してくれているのかもしれない。


 自分の魔術の完成と、友人の存在の可能性に満足しながら、私は500年を過ごした北の大地(ほぼクレーター)に別れを告げる。


「大分残念な見た目にしてしまって申し訳ない。そして、世話になった」


 別れの言葉と同時に、転移魔術が発動した。 

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