5
「突然、部屋をお出になるなんて、どうかされて?」
私が客間に戻ると、リーリヤはそう不思議そうに尋ねた。
それが実際に彼女の発した言葉なのか、私の耳にだけ聞こえるものなのか、判断がつかない
。
「いや、なんでもないよ。少し、腹の具合が悪くてね」
一体、私はなにをしている? 今の自分は何者なのか?
'40年、母に止められた。絶対に戦争に行かないで、と。私は徴兵を免れる方法をいくつも母から教わった。大学に進む。コーヒー豆を齧る。太ももを縛る。針で陰嚢を刺す。だが、母は良心的兵役拒否の制度については決して言及しなかった。堂々と戦争に行かないと宣言することの方が、陰嚢を針で刺すよりみっともない行為と思ったのだ。
父も、戦争に行くなと言っていた。だがその理由は母とは違った。お前は恐ろしい目をしているからと。お前が戦争に行けば、きっと帰ってこれなくなると。父は私の肉体や生命を心配しているのではなかった。私の精神を心配し、私の前に立つだろう敵兵を心配していたのだ。
両親の言葉は、私にはなんの感情も喚起しなかった。戦争のあいだ私はずっと、彼女はどう言うだろうかと考えていた。戦争に行けと言うだろうか。それとも、戦争を愚かな人類悪の発露と嘲っただろうか。
「もうお話が終わったのかと、ええ、少しがっかりしてしまいまして。あなたとのお話は素晴らしく楽しいから」
リーリヤは言った。私は実体のないものを信じられなくなったと。
そのせいだろうか。私はあまりに実体のないものから離れすぎてしまったのだろうか。今聞いているリーリヤの声すら、本物なのか夢なのか、混乱した頭は泥の中にいるようでわからない。それとも、あの録音の方が夢なのか。
夢であってくれと思った。
声だけではない。今朝起きてから現在までのこと、すべてが夢であってくれと私は願った。いや、彼女が死んでからあとの時間すべてが……願いは届かない。私は、自分の爪の隙間に洗いそこねたレスリーの血がこびりついていることに気がつく。指でさわると、まだ渇いておらずぬるりとしていた。それは、かなりたしかな感触だった。
「まだ話は終わってない。だが、そろそろ終わりを迎えよう」
「ええ?」
「君に最後に訊きたいことがある」
「なんでもどうぞ」
「君は幻か、本物か?」
「本物よ、レオナルド」
レオナルド・シェパード。ジョン・グッドマンではない、私の名前。
本物の名前。
私はレスリーの拳銃を抜いた。
リーリヤを撃った。
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