11話 記憶が戻る時
「ここがアイビーが育った孤児院だよ」
「ここが……」
フリューゲルさんの所とは違い、家っぽくない所だった。
「中には入らないでおくね。次はさっき話した所」
「あの、木陰の所ですか?」
「そう。アイビー的にはあそこの方が思い出が詰まってるかもね」
すっかり敬語がなくなったクローバーさん。
私が汽車の中で敬語をなくしてほしいと頼んだから。私の方が年下だと思うし。
「綺麗な場所……」
「ここからは大きくはないけど湖が見えるんだよ。ほら、あそこ」
「たしかに」
大きくはないけれど湖が見えた。
私は木に寄りかかり、湖を見た。
「本当に、アイビー」
「っ」
「ど、どうかしたの?」
―――急に頭に何かが過ぎった。
あの時と同じだ。
記憶が戻るかもしれない。
「ぅ……」
「誰か呼んで来ようか!?」
「大丈夫……お願い、手を繋いで欲しいの」
「手?」
「記憶、戻るかもしれない……」
「繋ぐよ。頑張れ、アムネシアちゃん」
ズキズキと痛む頭。
「はっ、はあ……」
冷や汗が沢山出る。
視界がぼやけてきて、チカチカしている。
『ザグラスさん!』
『好き』
『本当に行っちゃうの?』
『行かないでほしいな……なんてね!』
アイビーが見てきた記憶が蘇る。
私は、アイビー。
アイビーなの。
「ザグラス……さん」
「! アイビー!」
「ザグラス、さん」
滲む視界でザグラスさんを見る。
私、記憶が戻ったんだ。
「アイビー。アイビー!」
「ザグラス、さん!」
力いっぱい抱きしめた。
私は、アイビー。
ザグラスが好き。
少しすると、私達は離れた。
「私、アムネシアだった頃も好きだな」
「俺もだよ。出会った頃のアイビーに良く似ていた」
「たしかに! 敬語じゃなかったけど尖ってたよね」
「そうだな」
「記憶戻ったけど、私サクラバさん達と離れたくないよ……」
「そうか」
「ザグラスさん、私どうしたらいいの?」
「アイビーがしたい通りにすればいい。もし、アイビーだった頃の自分が嫌でアムネシアになりたいなら俺はキミのことをそう呼ぶよ」
「ザグラスさん……」
「本当の名前はどちらでもない。キミ自身が決めればいい」
「私、アムネシアになりたい」
「ああ。そうしよう」
どちらも私だけれど。
“アイビー”として生きた十七年間より。
“アムネシア”として生きた半年の方が楽しかった。
もちろん、ザグラスさんと出会えたアイビーにも感謝しているけれど。
私は、アムネシアになりたい。
「俺はいずれ軍に戻らなければいけない。アイビーとして一人でいるよりもアムネシアとして皆と暮らす方が俺も安心だ」
「うん」
「孤児院の方もどうせ捜索届けは出していないからアイビーは亡くなったことにしよう」
「ザグラスさんはそれでいいの?」
「俺はいいんだ。アムネシアがしたいようにすればそれで」
「ありがとう」
私は本当にとても良い人を恋人にできた。
「帰ろう。アムネシアの記憶がたくさん詰まっているあの町へ」
「うん!」
私はザグラスさんと手を繋ぎ、また汽車へ乗った。
アイビーが生まれ育った場所にさようなら。
アムネシアが生まれた場所にありがとうを。
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