10話 クローバー
「ありがとう。キミの少しの言葉に救われたよ」
「そう、ですか」
「少し長いけれど、俺とアイビーが出会ったきっかけを話してもいいか?」
「はい」
「キミにこんなこと話すのはおかしいかもしれない。でも今、聞いて欲しいんだ」
「はい。聞きます」
「ありがとう。俺とアイビーが出会ったのは五年前……」
―――五年前。
「おいおい。いい加減にしとけよ」
当時の俺は見回りの警備員だった。軍に入れず、簡易でなったようなものだったけれど。
「アイビーちゃーん! 今すぐ行くよー!」
「何だよ。そのアイビーって女はそんなに良い女なのか?」
噂だけ知ってた。
孤児院のアイドル的存在、アイビー。
薄紫色の髪をしているのが特徴だと噂で流れていた。
まだ十二歳の少女だと聞いているため、俺はどうにも女性的な目線で見れなかった。
だから、本人の容姿は直接見ていない。
「当たり前だろ! あの美貌は誰にも真似できねぇよ」
当時の俺は酔っ払いの男に影響されるほど、心が不安定だった。
「しゃねえな」
俺は孤児院のアイドル、アイビーを見に行くことにした。
アイビーはいつも、木陰で本を読んでいると酔っ払いの男に聞いた。
「あれか」
薄紫色の髪をなびかせ、木陰で本を読む少女。
「アイビー」
「何ですか?」
「っ」
思わず口にした名前に反応し振り向いた少女。
その容姿はとても、少女に見えないぐらい大人びていた。
「警備員さん? 貴方も私を恋愛対象として見に来たの?」
「違う! 決してそんな理由ではない」
「それなら何よ」
すっとこちらを見るピンクの瞳。吸い込まれそうなぐらい美しく、儚かった。
「興味本位だ。男達はこぞって『アイビー、アイビー』と言う。そんなに興味が沸くほど美しいのか興味本位できただけだ」
「それならいいですけど」
少女は十二歳に見えないぐらい大人びていた。
容姿も、言葉遣いも。
「何の本を読んでいるんだ?」
「花の本」
「花?」
「アイビーの花だったり、クローバーだったり」
「クローバーか」
「お兄さん、クローバー好きなの?」
「俺の名前、ザグラス・クローバー」
「クローバー」
「そう。だからクローバーが何かと好きなんだ」
「珍しいね。男でクローバー好きなの」
「そうか?」
「うん」
それから俺はアイビーと花の本を見るようになった。
男達からは羨ましがられたら俺は決して恋愛対象としてみていないから大丈夫だと言った。
でも、俺は知らなかった。
その“恋愛対象”という言葉がアイビーを傷つけていることを……。
「クローバーさん」
「どうした?」
「クローバーさんはどうして私のことを恋愛対象として見てくれないんですか」
「え」
「私は、私はこんなにクローバーさんが“好き”なのに」
その日は突然来た。
いきなり、アイビーから好きだと言われた。
「え、えっと……」
「でも、クローバーさんは私のこと友情的な意味で好きなんでしょ。大丈夫だよ、失恋するから」
そう言うアイビーの目は最初に見た時より儚く。
美しい目だった。
俺はここで自分の心に嘘をつき続けていることを知った。
俺はアイビーに恋愛対象で見ていると知られれば他の男と同じ態度でいられると思った。
だから偽り、隠していた。
「アイビー、すまない」
「だから大丈夫だって」
「そういう意味じゃない」
「え?」
「俺は今まで、いや。最初からずっとアイビーのことを恋愛対象として見ていた」
「嘘……」
「お前に俺の心が知られれば今までとは違う、避けられると思ったからずっと自分の心に嘘をついていた」
「クローバーさん……」
「ザグラスと呼んでくれ」
「ザグラス、さん」
「ああ。ありがとうアイビー」
気持ちを伝えてくれて。
「ううん。私、ザグラスさんの恋人になりたい」
「もちろん」
その日、俺はアイビーと恋人同士になった。
「これが俺とアイビーの出会いの話と恋人になるまでの経緯だ」
「っ」
「今思い返せば、自分の名前が“クローバー”だったからアイビーと少し親密な関係になれたんだなって思ったよ」
自分とクローバーさんとの関係が崩れるかもしれないのに勇気を出して。
告白して、両思いになって。
両親がいなくて、自分より一回りも二回りも年上の男に言い寄られていたのに。
退けて、好きな人と恋人同士になった。
アイビー。
貴方はとても、とても凄い人だったのですね。
「アムネシアさんは俺のこと幻滅した?」
「え?」
「アイビーへの気持ちを隠し続けて、アイビーに先に気持ちを言わせて」
「……いえ。私がもし、クローバーさんの立場でしたらきっと貴方と同じことをしていたと思います」
私にはアイビーほどの勇気がない。
だから、きっとチャンスが来ても逃していただろう。
「そうか」
「クローバーさん」
「どうした?」
「クローバーさんはアイビーのことをずっと好きでいられる自信はありますか?」
「あるよ。アイビーがどんな姿になっても、アイビーが俺のことを嫌いになっても俺はずっと好きでいる自信があるよ」
「そう、ですか……」
真っ直ぐ、私の目を見てそう言ったクローバーさん。
その言葉に偽りはないだろう。
「初の汽車で疲れただろう。少し眠るといい」
「はい」
私はその言葉に甘え、目を瞑った。
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