3話 ありがとう
「はぁ」
フリューゲルさんから身元引き受けの話を聞いてから二日。
答えは出ていなかった。
「アムネシア、そんなに考え込まなくても大丈夫よ?」
「ですが……」
「おじいさんは優しいから急に決めてもひろーい心で受け止めてくれるよ!」
「迷惑になりませんか?」
「おじいさんの所はもう沢山いるし、一人増えても変わらないよ!」
「そう、ですか」
「ちょっと町長に呼ばれたから出てくるね」
「はい」
私はグレーベンさんを見送り、外を歩くことにした。
「相変わらず綺麗なところ」
最近見つけた綺麗な安らげる景色を見に来た。
辺り一面何もなく、自然を堪能できる場所だった。
「私、どうしたらいいのかな」
どの選択が正しいのか。
何が正しいのかよく分からなかった。
グレーベンさんがこの話を聞けばこう言うことは分かる。
“正解なんてないよ! アムネシアのしたいようにすればいい”
「グレーベンさん。分かりません」
私がしたいこと。
私がやりたいこと。
「記憶。私は記憶が戻りたいのかな」
今はそれすらも分からなくなっていた。
「あっ」
空に何かが飛んでいるのが見えた。
「あの! その帽子とってくれませんかー!」
「分かりました!」
私は一直線に空を飛ぶ帽子を追いかけた。
ひたすらに、何も考えず。
ただ、帽子を取ることだけなのに必死になった。
「ありがとうございました!!」
「いえ」
帽子は無事にとれ、持ち主に返すことができた。
「あの、何かお礼を!」
「構いません。大きな町に行くのですか?」
「はい。町に主人がいるのです」
「そうなのですね。お気をつけて。ご主人と会えることを祈っています」
「見ず知らずの私に……ありがとうございます」
「早く行ってください。日が暮れたら危ないですから」
「はい。それでは失礼します」
何度も言われた“ありがとう”の言葉。
その人にとっては当たり前の言葉。
でも、私にとっては心温まる嬉しい言葉だった。
「ありがとう」
自分が言うのと、相手に言われるのとでは重みが違う。
決して軽くない言葉。
でも、軽く言えてしまう言葉でもある。
「ありがとう。私はグレーベンさんにありがとうを言っていない」
私は一目散に家に帰った。
グレーベンさんにただ“ありがとう”を言うために。
ただ、それだけのために。
「アムネシア、おかえ……」
「サクラバさん!!」
「え。今、名前……」
「わた、私をこの家に置いてくださってとても感謝しています」
「う、うん」
「あ……」
「あ?」
「……ありがとう!!」
言えた。
私、アムネシアになってから最初の“ありがとう”を。
「ふふ。こちらこそ、ありがとう」
頭を撫でられた。
そして、下を向かされた。
「ふふ。初めてありがとうと名前、呼んでくれたね」
「はい」
「嬉しいな」
「はい」
サクラバさんの声は少し。
少し、震えていた。
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