1話 記憶喪失
「あ! 起きた?」
「ここは……」
目を覚ますと知らない場所にいた。
ここは、どこだろうか。
「貴方、川で溺れていたのよ? 私が洗濯しに行かなかったらそこで死んでたかもしれなかったのよ!?」
「そ、そうなのですね……」
「とりあえず生きて良かった。貴方、名前は?」
「名前」
「もしかして、覚えてないの?」
「はい……」
「記憶喪失ね。住んでた場所とか、一緒にいた人の名前とかは?」
「いえ……」
何も覚えていない。
何も、思い出せない。
「とりあえずここで待ってて! 人を呼んでくるから!」
「は、はい」
綺麗なお姉さんは家を出て、どこかへ行った。
「ここはどこだろう」
小屋みたいな家。
見たところあのお姉さん以外には誰も住んでそうにないし、一人暮らし。
お姉さんって言っても、まだまだ若そうな人だけれど。
「おじいさんこっち!!」
「わしゃもう年じゃ。ちょっとまっとくれ」
「うん」
「お。起きたんじゃな」
「あ、はい」
「さっきも話した通り、名前も住んでた場所も覚えてない記憶喪失なの」
「記憶喪失か。とりあえず町長には話をしておくから身元が分かるまではここにいた方が良さそうじゃな」
「私もそう思う。おじいさんの所、人いっぱいだし私が預かろうか?」
「そうしてくれると助かる。頼むぞ、サクラバ」
「もちろん。何かあったらすぐに言いに行く」
「頼む」
「さて! 貴方の名前どうする?」
「えっと……」
「とりあえず私の自己紹介しとくか! 私の名前はサクラバ・グレーベン。ちなみに家族はいないからゆっくりくつろいでね!」
「は、はい」
「名前決めとかないと何かと不便だよね?」
「たしかにそうですね」
「そうだ! “アムネシア”っていうのはどう?」
「アムネシア?」
「たしか、貴方の髪と同じ薄紫の花の名前。どう?」
「はい。良い名前を付けてくださりありがとうございます」
「いいって! それじゃ貴方の本当の名前が分かるまではアムネシアね」
「はい」
これからの私の名前はアムネシア。
今度、アムネシアの花を見てみたいな。
なんて、呑気なことを考えていた。
「アムネシア!」
「どうかしました? グレーベンさん」
「もう。サクラバって呼んでって言ってるじゃん!」
「急に名前で呼ぶのは少し抵抗が……」
「まあ、しょうがないか! いつかは呼んでね」
「はい。必ず」
私はグレーベンさんと約束した。
「さて、何から教えようか?」
「料理」
「料理したいの?」
「いえ。料理のことはなんとなく覚えてる気がします」
「ほんと!? 私料理苦手だから良い感じの物出せる自信がなくてさ!」
「あの、包丁握ってみてもいいですか?」
「もちろん!」
私はグレーベンさんから包丁を借りた。
―――その時、頭に色々なことが過ぎった。
「っ」
「大丈夫?」
「大丈夫……です。少し記憶が戻りまして……」
「ほんと! どんなこと?」
「えっと……」
「ゆっくりでいいよ。料理は後にしよう!」
「すいません」
私は包丁を置き、椅子に座った。
「それで?」
「えっと、まず大きな建物が見えました」
「大きな建物?」
「はい。その後に四角い帽子を被っている男性と一緒に歩いていた……気がします」
「四角い帽子……シルクハットっぽいわね」
「シルクハット?」
「その帽子、黒かった?」
「あ、はい!」
「それなら確定っぽいわね。日常かは分からないけどシルクハットを被る町は結構遠い所よ?」
「そうなのですね……」
「ここは田舎だからね。都会だったら大きな建物があるってのも想像できるし」
「なら、私は随分遠い所にいるのですね」
「そうならいいのだけれど。まあ、町長が協力してくれると思うしすぐに見つかると思うわよ!」
「はい……」
何故だろう。
元の私に戻れて嬉しいはずなのに。
何故か、戻りたくなくなった。
「アムネシア?」
「なんでもありません。料理の続きをしましょう」
「そうね!」
あまり料理の記憶は戻らなかったからグレーベンさんに教えてもらいながら料理をした。
誰かと何かを一緒にするのは、とても久しぶりな感じがした。
「よし、良い感じの物が出来たわね!」
「そうですね」
「おじいさんの所からパンを貰ってきてあげるわ! 待っててね」
グレーベンさんは先ほどのおじいさんの所へ行った。
「美味しそう」
たぶん豪華な物じゃない。
でも、心が篭っている。
一緒に作って、一緒に食べて。
「楽しい」
こんな生活。
私はしていなかった。
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