第4話 もう彼女の外面を暴いてもいいっすか?

 午後のメインイベント「自己主張」

 舞台袖で今か今かと自分の出番を待つ。

 俺は一番最後になった。

 原稿用紙を何度も読み返す。

 高校最後の文化祭みんなのために俺が最高の形に締めくくるよ。

 所々俺の前の人の自己主張が聞こえる。

「彼女が欲しいので募集しています」な内容である。

 それなら俺の彼女あげるよと言いたいところである。

 俺の前の人が終わったのでイベント担当の人から舞台にでるように促される。

「それでは本日最後の自己主張される方――3年1組の渋谷哲平くんです!」

 司会の言葉とともに俺が舞台に入場すると、ギャラリーの拍手が沸き立つ。

 ギャラリーの中にスマホを片手にスタンバイしているのが目立つ。



「今日は高校生活最後なので、日頃の彼女に想いを伝えたいと思います」

 ギャラリーから「だーれー」の合唱。

「僕の彼女は菅原すがわらあやさんです。幼馴染でもあります。周りからはラブラブでいつも一緒にいて羨ましいとよく言われます」

「では、今日は皆さんが知らない菅原さんの一面をお伝えします」

 俺はイベント担当の人にあらかじめ用意して頂いたノートPCとスライドを出した。

 PCは台の中に入れてあるためギャラリーからは見えない。

『皆さんの知らない菅原あやの世界』と銘打ったタイトルが一番最初に出てくる。

 ギャラリーが「なんだ? なんだ?」と顔を見合わせている。

「まずこちらです」

 と一枚目のスライドは去年バレンタインデーであやからもらったチョコレートである。ハート型や星型にして袋詰めされたものである。

「こちら菅原さんから頂いた方いらっしゃいますか?」

 すると女子数十人が手を挙げた。去年あやはバレンタインデーに同じクラスの女子全員にあげていた。

「そして僕が頂いたのはこちらです」

 スライドに載っている写真は黒焦げになった星型とハート型のクッキー。最早もはや原型がわからず。

 あやは「目の前で食べないと殴るから」と言われ渋々食べた。その翌日体調不良になって一日寝込んだ。休みだったのが救い。

「菅原さーん、こちらのクッキーの作り方わかりますか? 僕知りたいんで!」

 イベント企画の人が気を利かせてあやの方へマイクを持ってきた。

 さすが仕事が早い。あの人たち。

「・・・き、急に言われても・・・」

 あやが口ごもる。

「それもそうですよね。なんたって、菅原さんお菓子づくりはおろか、料理が本当はできないんですよ。先ほど挙手された方が頂いたクッキーは菅原さんのお姉さんが作ったものです。それをあたかも菅原さんが作ったように振舞ってたんです」

 ギャラリーがどよめく。

「続けてこちらの写真です」

 スライドに映し出されたのはたーにーが撮影したものである。

 全てあやにやられたものである。

 ギャラリーから「うわぁ、痛そう」だ「どうしたんだ、これ」の声。

「これは全て菅原さんが僕にしたことです。皆さんの前ではこのようなことはされませんが、僕には殴ります。そして暴言も吐きますから、彼女」

 とスマホに録音したものを流す。

『あんたみたいなひと生きてて楽しい? DIYって地味な趣味しか能ないもんね』『言うこと聞かないと殴るよ』『あんたのとこのおねえさん薬学部に通ってるんでしょ? 金食い虫ね』などなど暴言のオンパレード。

「まじかよ、これ、本当に菅原さん?」「ひでぇ」とギャラリーが呟く。

「う、うそよ! これ私じゃない!」

「ちーがーうだーろー! あいつの嘘よ! ぶっとばす!」

 必死に否定するあや。しかし彼女の顔がこわばっているのを俺は見逃さなかった。

「完全に菅原の声じゃん」「うわぁ、口悪すぎ」のギャラリーの声。

 あやに冷たい視線が突き刺さる。

「いかがでしたか? 皆さんの知っている菅原さんと今日のでどう印象もたれましたか?」

「・・・ぼ、僕は菅原さんと今まで付き合っていました。暴言暴力されても誰にも相談できないままでいました。でももうぷっつりと糸が切れたのです。なんとしてでも菅原さんがしたことを証明するためにこの自己主張という場を借りました。今回このために菅原さんのお兄さんお姉さんが協力してくれました・・・・・・」

 俺の声が段々震えてきた。緊張と恐怖だ。

 タイムキーパーの人が「もう、やめましょう。退場!」と俺の腕を引っ張ってきたが「これだけ言わせてください」と振り払った。

 大きく息を吸って。


「――皆さんに聞きます。もう俺は菅原さんの外面の良さに疲れたので、別れてもいいっすか?」



 ややあって「いーよー!」とギャラリーの大合唱で返ってきた。

 俺は「ご清聴せいちょうありがとうございました」と言いながら、舞台を退場した。

 俺の足が震えていた。


 イベント担当の人に出した原稿と今読んでいる原稿は全然違う。

 は目をつぶってくれるからね。



 

 

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