第34輪 姉 妹 物 語

「ねえ、リミアとあのローラって人のこと、聞いてもいいかしら?」


 姉さんたちが去った後、ティーナは少し心配そうに私の顔色を窺う。


「ふん。チャクラムをバカにする奴の話など聞きたくないが、お前の姉というのなら話は別だ。話してくれ、リミア」


「そう、よね。みんなには、ちゃんと私のことを話しておかなくちゃ、よね…………」


ーーー


 私、リミア=フラムウェルは、中流貴族の娘としてこの世に生まれた。


 兄妹は、たった一人、一つ年上の姉だけ。


 私たちの未来は、ただ一本のレールだけが敷かれていた。


 フラムウェル家に男子はなく、爵位の継承は長女である姉の役目。姉は家の尊厳を守る、ただその目的のために、ありとあらゆる教育を施され、常に期待の眼差しを向けられていた。


 一方の私は、政略結婚のための道具。その枠からはみ出ることは許されず、ただそこに留まり、余分なことをすることは許されなかった。


 姉は、どんなことでも人一倍こなせて、人当たりも良くて、周りにはちやほやされて。私はただそこにいるだけで、褒められもけなされもしない。


 毎日毎日「ずるい」って、「不公平」だって思いながら過ごしてた。


 でも、私は別に姉を嫌ってはいなかったから、よく姉には話しかけて、話す機会を作ろうとしていた。姉は優しかった。ように見えて、結局私は姉のことを何も教えてもらえなかったし、私のことも何も伝えられていなかった。


 仲が良さそうなのは見た目だけ、私たちは、お互いの腹の内を見せ合うことはまったくしなかった。


 そして15歳になったある日、私はたまたまドアが開いていた父の書斎に忍び込んで、人生で初めて「新聞」というものを読んだ。


「冒険者…………?」


 そこには私の知らない生き方があった。


 日に日に私はその生き方にあこがれを感じて、ついには、姉にその考えを伝えるまでになった。


「お姉さま。私、『冒険者』になりたいのです。世界中を自由に旅して、仲間と笑い合う。そんな生き方をしてみたいのです」


 その瞬間、私は今までに感じたことのない痛みを左の頬に感じた。姉にぶたれた、と理解するとともに、私は姉の、今までに見たことない表情を見る。


「お、お姉さま……?」


「冒険者? 冒険者ですって? あんた、あんたは! ただの道具で! お人形で! そう在ってくれさえいたらいいのよ! あんただけ…………そんなことは、許さない!」


 そう言って部屋を出ていった姉に、部屋に一人残された私。初めて聞いた姉の口調。でも、初めて姉の本当を知れた、そんな気がしたのを覚えてる。


 私はむしろ姉のその姿を見て、私の理想が正解らしいと理解した。私が姉に勝てる、その可能性は「冒険者」という生き方にあるんだと思った。


 私はその日、荷物をまとめてすぐに家を出た。


 自由も、称賛も、喜怒哀楽も、愛情も友情も、外に出れば手に入る。そう信じて。


ーーー


「とまあ、私と姉さんの話はこんなところね。家を出て4年間、最初は知らないことだらけだったけど、いろんな経験をして、なんだかんだで今はけっこうしあわ…………いや、なんでもないわ」


「うわああ……! リミアもいろいろ大変だったんだねえ……! ほら、なでなでしてあげるからおいで!」


 ミーニャは涙を流しながら手を開いて待ち構える。


「私は野良犬か! 別に、泣くような話でもないでしょ」


「でも、リミアのこの勝負にかける思いが少しわかった気がするわ。お姉さんを、超えたいのよね」


「ええ。姉さんがなんで冒険者になったのかはわからないけど、これは、きっと私に神さまがくれた機会だと思うから」


「そう。まあ、リミアがそう思うなら、頑張りなさいよ!」


「ティーナ。それでもあなたは関係ないのに勝負を受けちゃってごめんなさい…………」


「? 関係ならあるわよ。出会って間もないけど、リミアはあたしの、その……と、友達……でしょ? だから……あ、友達よね?」


 顔を赤らめながら少し不安げな顔をするティーナ。


「ティーナ…………。ええ、もちろん。そっか、そうよね。だったら、私も友達を絶対渡さない。そのためにも姉さんに勝ってみせる!」


「リミア…………。絶対、勝ってよね!」


 ガシッと手を組む私とティーナ。


「なるほどな、貴族の生まれとは。お前からたまに感じる謎の上品さに納得がいった」


「? 私はいつも上品だけど?」


「…………。それはともかくリミア。お前は自分のために姉に勝つ。それだけでいいのか?」


 キリヤは真剣な顔でよくわからない質問をしてくる。


「えっと、もちろんティーナのためにも戦うわよ?」


「そういうことじゃなくてだな…………まあいい。とにかく絶対に勝たなくてはならない。あのミナトという勇者と武闘家っぽい女、そして俺とミーニャの力の差がそれほどないとすれば、決着は…………」


「サポートの質と量。私と姉さん次第ね。わかってる。たとえ相手がビショップでも、私は負けるわけにはいかないから。全力出すわよ、キリヤ、ミーニャ!」


「ああ!」


「うん! ティーナに私たちの力、見せてあげるよ!」


 それぞれの思いを胸に、私たちは丘の頂上に向かう。

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