ワイバーンになった俺に殺されたい少女たちとの生活
「説明は以上です! では……私を
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
目の前の少女は興奮気味に目を輝かせ、胸の前で手を組んだ。
……なんてこった。俺は頭を掻こうとしたができなかった。
腕がなく、翼になっていたからだ。
* * *
大抵の人がそうであるように、俺も特別になりたい。
だから、轢かれてみることにした。
隣県の産業道路は今日もトラックで溢れかえっている。流石に怖いが覚悟は決めてきた。目をつぶれば一歩踏み出すくらいはできる。
トラックや電車などの車両に轢かれそうになると、人が消失する。
最近何度も確認されている現象だ。
実際に轢き潰されたワケではなさそうだ。ぶつかった本人の痕跡は一切残らず、運転手が衝撃を感じたりもしないらしい。
消失した人間は誰一人として見つかっていない。別のどこかへ行ってしまった、としか言いようのない状態だった。
もちろん、そこまで大勢の人間が試しているワケではない。何しろ成功すれば本当にいなくなってしまうのだ。逆に失敗すれば、それはそれで死ぬ。少しでも今の自分や、この世界に未練があればこのような行為に踏み切る事はできないだろう。
こんな事をするのは、噂に軽はずみに身を任せられるほどヤケっぱちで、この先どうなってもいいやと考えているような、自暴自棄で社会不適合なクズだけだ。
――要するに、俺のような。
目を閉じたまま、俺は境界線を越える。
凄まじい風圧と轟音が近づくのがわかる。大丈夫、俺は終わるんじゃない。先に進むんだ。あの光田龍翔のように。
最近世間の注目を集めているそのマルチクリエイターは「自分は別の世界から来た」と口にしている。真偽のほどは定かでないが、妙な説得力があり茶化す気にはならなかった。何より、彼が別次元の才能を発揮しているのは明らかだった。俺も率直に言って、憧れた。
ふわりと浮いたような心地。頭の中を思い出が流れていく。小学校。中学。高校。短いようで長かった十七年。
これが走馬灯か。その内容に俺は興味が持てなかった。不快なので早く終わってくれないだろうか。そう思った矢先だった。
浮いたような感覚がさらに強まった。いつのまに俺は膝を抱えた姿勢で、中空を回転していた。耳に届く轟音が車道のものから、グワングワンとうねる謎の音に変わる。そして、音が途切れた。トンネルを抜けたような感覚。俺は目を開いた。
目の前が、空だった。
「う…………ッわ!?」
思わず声が出た。慌てて下を確認すると茶色い地面がずいぶん遠かった。高い。せっかく走馬灯が終わったのにまた死にそうになっていた。どういう事だよ。俺は空中でもがいた。そんな事でどうにかなるとは思えなかったが。
バサァ。
思えなかったが、なんとかなってしまった。腕に空気を掴むような感触。俺は体勢を立て直していた。ちゃんと頭が上にある。何事かと思って腕を見た。だがそれは腕ではなかった。
翼だった。
同時に、ウロコに覆われた自分の身体に気が付く。首、胴、脚。そして……尾。ドラゴンだった。それが自然な事であるかのように俺は竜であり、当たり前に飛行していた。まるで違和感は感じなかった。
「マジか」
声に出した。どういうわけか、発声に支障はなかった。
随分な事になってしまった。ここはいったいどこなんだ。あたりを見回してみる。
ちょうど斜め下あたりに、高速で飛行する
「マジか」
もう一度声が出た。反射的に俺は飛翔していた。
「……っ! 止まれーーーーーーーーッ!!」
叫びながら、ワイバーンの背中に向かって突進する。たぶんあそこは死角だろう。体当たりしてやると、相手はギャア、と怪獣じみた奇声をあげた。あいつは喋れないのか。ワイバーンは恨めしそうにこちらを睨んだ後、よほど痛かったのかすごすごと逃げ去っていった。
「だ、大丈夫か!?」
俺は地上の少女に向かって言った。少女はへたり込み、目には涙が見えた。彼女はこちらを見上げ、震えるように口を開いた。
「何てことを……」
「?」
「何てことを、してくれたんですかっ!!」
* * *
「リーネと申します」
「えっと、俺はタツミ」
相手が名乗ったので、俺も仕方なく名前を言った。もっとカッコイイ横文字の名前とか考えておけばよかった。せっかく、生まれ変わったってのに。
リーネは虹色に輝く銀髪と、透き通るように白い肌が特徴的な少女だった。これだけでも一発で、違う世界に来たのだと理解できる。体つきは大人っぽいが、瞳を潤ませて不機嫌をあらわにしている表情はあどけない。歳は俺とそんなに変わらないんじゃないだろうか。
……というか、そうなのだ。彼女は怒っていた。
「どう責任を取ってくれますの? せっかくタイミングもドンピシャだったのに!」
「ど、どういう事だよ」
「邪魔をしたでしょう、邪魔を!」
背丈は倍近く違うだろうに、彼女は全く臆する事なく俺を見上げて言った。
「私は、ワイバーンに、轢かれにきたのに!」
「な……んだって?」
一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。すぐに聞き返したかったが、元の世界ですらまともに女の子と喋った事のない俺が、いきなり銀髪のファンタジー娘と喋れるはずもない。竜になってまで俺は口ごもっていた。何をやってるんだと思う。
「もしかして知らないんですか? あの噂を――」
リーネは説明してくれた。この国では最近、国民の失踪事件が絶えないらしい。そんな中、野良ワイバーンに衝突されそうになった男性が突然消えた、という目撃証言が複数あったのだという。
すると、このような噂が国内を席巻した。ワイバーンに轢かれると、ここではないどこかへ飛び立てるらしい――
「マジか」
みたび、俺はこの言葉を使うハメになった。同じじゃないか。この世界では、ワイバーンがトラックなのだ。
「説明は以上です! では……私を轢いてくださいますね!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
目の前の少女は興奮気味に目を輝かせ、胸の前で手を組んだ。
……なんてこった。俺は頭を掻こうとしたができなかった。
腕がなく、翼になっていたからだ。
「なぜです。あなたはワイバーンでしょう。人語を喋れる個体なんて初めて見ましたけど……誰かの魔術ですの? とにかく、これなら直接交渉できます。さあ!」
「さあ! で人間
なんとか俺は抗議した。だがリーネは止まってくれなかった。やたら鼻息荒く彼女は俺の身体によじ登り、顔を近づけて詰め寄った。リーネの髪からは信じられないくらい良い匂いがして、竜は人間よりも鼻が利くらしい事を俺はこの時知った。
竜なのに馬乗りされている。なんだかものすごく情けない気がした。
俺はちょっと遠い目になったが、その直後。ブイィィィン、と低く唸る音がした。
「あら」
リーネは何かに気づいたように、肩にかけたポシェットのような袋から半透明の石を取り出した。赤く発光し、震えている。彼女はそこに手をかざし、声をかけた。
「どうしましたの?」
『あれ、生きてるじゃん。まだこっちにいるって事? 失敗?』
石からは、別の女の子の声がした。通話ができるのだろうと俺は勝手に解釈した。
「そうなのよ! マジでクソみたいな事になっちまって、あそこで邪魔さえ……あっ、そうですわ!」
何か思いついたようにリーネが手を打った。こいつ、友達と話す時は口が悪いな。
「コニー! ラン! あなたたちもいらっしゃい。そう、街はずれの荒野。私たちの悲願が、一気に叶うかもしれませんのよ!」
彼女は俺の首にまたがったまま明るい声を出した。ただただ嫌な予感がした。
数分くらい経って、二人の少女が追加でやってきた。
リーネ、コニー、ラン。三人並ぶと全員身なりがバラバラで、どういう人々なのか俺にはよくわからない。
リーネは清楚なヒラヒラした服を着ている。腕や首に装飾品もついており、この中では最も金がかかってそうだ。
コニーと呼ばれた少女はリーネよりも背が高く、上はタンクトップ一枚、下はショートパンツとかなり肌を露出していた。金髪が太陽を反射してまぶしい。
ランという背の低い少女はかなり幼い。十歳かそこらだろうか。ダークブルーの長いワンピースを着ている。髪も黒く、全体的に色合いが重かった。小脇には何やら分厚い書物を抱えている。
「紹介しますわ。コニーと、ラン」
「ええと……よろしく?」
本来なら握手のひとつでもする所かもしれないが、あいにくと手がなかったので俺は所在なげに翼をバタつかせた。
「二人は、私と目的を同じくする仲間ですの」
「目的、というと」
正直、さっきのやりとりから答えは見えていた。ただ、ちょっとでも違う可能性がないかなって、そう思っただけなんだ。
「ワイバーンに轢かれたい女子の会! そう――
リーネの両目は得意げにキラキラと輝いている。
俺は二枚の翼で頭を抱えた。面積的にちょうど頭を覆ってくれていい感じだった。
「おお、ホントに喋るんだなあ! いっちょ派手に頼むよ!」
コニーが明るく言った。花火か何かみたいに言わないでくれ。
「主はこう仰られています……大きなものにぶつかった時、汝が成長するための大いなる機会である」
ランが低い声で呟いた。大きなものってそういう意味じゃないと思う。
「……マジか」
「マジよ!」「マジだけど?」「マジです」
三人の少女は一様に期待の表情で俺を見上げている。
その要求は単純明快ではある。三人まとめて、超高速で轢いて欲しいという事だ。
そこには一切の躊躇いも恐怖も感じられなかった。とても正気とは思えない。思えないが。俺はつい先ほどの自分を思い出していた。
こんな事をするのは、噂に軽はずみに身を任せられるほどヤケっぱちで、この先どうなってもいいやと考えているような、自暴自棄で社会不適合なクズだけだ。
――要するに、俺のような。
こいつらも、そうなのだろうか。
しかし、だとしても、俺がやるのか? この女の子三人を?
想像してみると、正直ビビった。まったく情けない。俺自身はそうやってここへ来たくせに。でも、俺の迷いは晴れなかった。
困り果てて、返事もできない。俺は大きくため息を吐いた。
すると。
俺の身体はみるみるうちに縮んで見覚えのある姿になった。
この目線の高さには馴染みがある。テンションの減退と同時に、俺は元の世界での姿……制服姿の人間に戻っていた。
ちょうど座り込んでいた俺はそのままの姿勢で少女三人に見下ろされる形になった。その時の三人の少女の表情を、俺は一生忘れないだろう。
「「「…………え」」」
底なしの落胆。光を失った六つの瞳には軽蔑すら浮かんでいた。ゴミムシを見るような目だった。
「……えっと」
腕が復活したおかげで、やっと俺は自分の頭を掻くことができた。
さて、ここから一体どうしたら良いんだろうね?
* * *
【あとがき】
デビュー前の2016年に書かれた作品。
コミカライズコンを「Pants-de-mic」で落選した渡葉が「何を書けばいいんだ!? 異世界書けばいいんですかね!?」とキレて生み出されたものです。
前年の「女子小学生ロック」といい、「自殺」は今に至るまで渡葉にとってトレンドな題材であり続けています。商業で採用されたことないけど。
異世界ものを書こう! って言ってこうなるあたり渡葉のロックな面が出ていますね。でも当時のプロットによれば、この作品は前向きな結論で終わる予定だったようです。
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