第31話 侵入

「さぁ、会議を始めようか。瞬一君。」


大勢の米軍を引き連れた、ゴードミラスさんは言った。

えーっと、すごい人数だな。しかも、全員がこっち向いて謎の圧力があるんだが。無言の同調圧力的な奴みたいなのが。


「よろしくお願いします。」


空いていた椅子に腰かけつつ、挨拶を返す瞬一。


「ジェイル君も久しぶりだね。」


ゴードミラスさんがめったに見せないような、優しい笑みをジェイルに向ける。

ゴードミラスさんとの会話にいつも戦々恐々せんせんきょうきょうとしている瞬一からしたら、その笑顔は違和感のかたまりでしかなかった。


「ん?・・・・」


対するジェイルは、心当たりが無さそうに首をかしげる。

ジェイルは前にソフィアの家に遊びに行った事が無いと言っていたが、本当は昔に遊んだとかだったんだろう。でも、こいつ記憶力が無いからな。


しかし、ゴードミラスが言った答えは、瞬一の予想外の方向だった。


「オプロが捕らえた私の部下の件と言えば分かるかな。まだ君が幼い頃の。」


オプロと言う名前が出た瞬間、少しだけジェイルが悲しそうな顔をしたが、気付いたのはゴードミラスだけだった。


「ああ、あの時の。どうも、久しぶりっす。」


絶賛、圧力放出中のゴードミラスにいつも通りの軽い口調で話せるのは、なかなか凄かった。


「はは、君も相変わらずだね。」


しかし、オプロというのは瞬一も剣誠も聞きなれない人名だった。そればかりか、ゴードミラスとジェイルに面識があったのも今知った事だった。


「ゴードミラスさんはジェイルとお知り合いだったのですね。」


話の外側に置かれた瞬一が、割って入る。


「ああ、昔の話だがね。」


なんか、感慨深く思い出しているゴードミラスさんは珍しいな。


「しかし、ジェイル君もオプロに似てきたんじゃないかな?」

「やめろって、そんなに似てねーよ。」


さっきからよく出てくるオプロと言うのは、誰なのだろうか。

しかも、仲良いな2人とも。


「あのー、僭越せんえつながらオプロと言う人について伺ってもいいでしょうか?」


ゴードミラスさんは、ジェイルの方をチラッと一瞥すると、


「オプロは、ジェイル君の父親みたいな者だったよ。ジェイル君に銃の技術を教えたのもオプロだ。」


またもやか、俺らの幼少期って似たような境遇だな。えーっとあれか、類は友を呼ぶってやつか。


「そうなんですか・・・」


瞬一も、これ以上は聞かない方がいいと思ったのだろう。


「さて、思い出話に浸りすぎてしまったね。本題に入ろうか。」


その言葉をきっかけに、オプロの事やジェイルの過去については何も触れなかった。


「被害予測から、こちら側から一網打尽にするのが良いのかと、、、確かに、その考え方も悪くないですが、裏から回られると防御が間に合いません。、、、そうですね。」

「じゃあ、この場合はどうなるんだ。」

「それはですね、、、」


剣誠と米軍さんによって白熱した議論が展開されているが、瞬一とジェイルはその話についていけてなかった。

しかし、その後も作戦を練る作業は長々と続く。


「なぁ、俺ら来る意味あったか?」


暇になった瞬一が、ジェイルに言う。


「主催者がそれを言っちゃいけねーだろ。」


主催者、確かに言い方を変えれば瞬一の立場は、主催者のようなものだった。


「主催者ね。確かにそうか。」


なんもしてない主催者なんだけどなぁと内心で呟く瞬一。


「それに、さっきから嫌な予感がするから、対応出来るようにしとけ。」


見た目はいつも通りだが、雰囲気が違うジェイル。瞬一もジェイルの気配が違う事には、気付いていた。

しかも、こういう時のジェイルの予感はよく当たることを、瞬一も知っていた。


「ああ、分かった。」


一応、辺りの気配を探って見るが、不審な気配は感じられない。しかし、清雅さんみたいな人もいるかもしれないから、注意は怠らないようにしよう。

ん?清雅さん・・・なんか引っかかったような、う~ん?せいがさんって何かあったっけ。

まぁ、良いか。でも、何か思い出したような・・・・・


その時だった、剣誠と米軍さん達が議論をしているテーブルの近くで、カンッと音がしたと思うとスモークが、落ちてきた金属塊からモクモクと出てきた。

スモークは、朦々もうもうと立ち込め視界が一面に白くなった。


近くでドサッと人の倒れる音がする。また、悲鳴やうめき声、断末魔の叫び声も上がった。


とっさの事に、対応しきれていない瞬一だったが、ポケットからハンカチを取り出して、口元にあてる。目くらましのスモークだと思われた煙は、毒ガスだった。

対応しきれていないと言ったが、正確には、清雅さんの事に気を取られていなければ、もっと早くに対応出来た。


「ふん、聞いて驚け!ドミニオン8幹部の1人、〈兇事きょうじ〉のズィミリド様だぜ。」


毒ガスのせいで、視界が遮られているが気配で、相手の位置は分かる。

しかし、なんとも発音しにくい名前だった。しかも、グラゼルのようにこいつもお調子者のようだった。・・・となると、死亡フラグが建てられたような気が・・・・。


「ばかやろう。1人で飛び出すんじゃねえ。」


高い声の罵声が飛び出る。

もう1人は、どうやら女性のようだった。


「おっと、意外と人数がいるね。」

「姉さん、殴らないで下さい。痛いです。」

「てめぇ、姉さんって呼ぶな。」

「すみません、マギサさん。」


瞬一は、ドミニオン8幹部に女性がいるとは思っていなかったので、心底驚いていた。

しかしながら、驚いたところでやることは変わらない。


「ジェイル、剣誠。こっちに来い!」


そう言うのと同時に、瞬一は足を大きく上げてバンッと床を蹴った。ハウザーの時に、体育館で使った時のような技だった。とても良く響き、空気が揺らいだように音が拡散した。また、瞬一を中心とした同心円状どうしんえんじょうに、毒ガスが霧散むさんした。


クリアになった視界に、2人の侵入者の顔が入る。のを確認したかどうか、ともかく、その刹那せつなに剣誠とジェイルは動いた。

ジェイルは、素早くホルスターから拳銃2丁を引き抜き、同時に発砲した。その2弾は、ズィミリドの手足に突き刺さり、そいつを無力化した。


剣誠も、袖口から仕込み刀を取り出して、空を蹴ってもう1人の侵入者、マギサに肉薄する。そのまま振り下ろされると思った刀身を、逆刃さかばに持ち替えてマギサの首筋を強打する。

マギサはそのまま意識を失った。


たった数秒の間に2人のドミニオン8幹部は、無力化されてしまった。


「おいおい、相手になんねーよ。」


とジェイルがホルスターに拳銃を戻しながら言う。


「気配察知するのを忘れていました、すみません。油断大敵ですね。」


剣誠も丁寧に仕込み刀を鞘に戻しつつ謝る。


ジェイルと剣誠は、平然と立っていた。

しかし、数秒の間にこちら側にも被害が出ていた。


アンダーソン!Anderson!目を覚ませ、Wake up,頼む、Please,返事をGive me してくれ。an answer.


同僚の亡骸を抱きながら、慟哭どうこくする米軍兵士。他にも、毒ガスによって意識不明の人が多数いた。

しかし、アンダーソンと呼ばれた人は、身体中に切り傷が走っていた。特に胸あたりの傷は長い鋭利な刃物で切られたような傷痕だった。

けれども、どこにも剣も刀もナイフも見当たらない。


「ゴードミラスさん!救急車を呼んで下さい。」


パニックに包まれた空間を突き破るように、瞬一の声が響く。


「剣誠、けが人の応急手当をしてくれ。」

「ジェイルは俺と敵の後始末を頼む。」


素早く、かつ的確に指示を出す瞬一。

本人は気付いていないが、ゴードミラスさんはこの時、ちゃんと正確な指示をみんなに伝える瞬一を見て、評価を改めていた。


「なぁ、瞬一。これって何だ?」


マギサが手に持っていた、リング状の物を取ろうとするジェイル。


そのリング状の物はどうやら、プーリーみたいな物でそれに何かが巻かれていた。

瞬一は、その事に気付いたあと、血相を変えて叫んだ。


「ジェイル!それに触るな!」


瞬一が必死に叫んだが、間に合わなかった。


「えっ。」


驚いたような顔をしたが、伸ばしかけていた手までは、止まらなかった。

ジェイルがプーリーを掴んだ瞬間、ジェイルの手に亀裂が走る。


「はっ?」


訳も分からないと言ったふうに、声を上げた途端に・・・・切断された人差し指と薬指が落下した。


「痛っつ、うあああぁぁぁぁああ!」


何が起こったかを自覚した瞬間、ジェイルが叫び声をあげる。

依然として、ジェイルの指の断面からは、大量の血が流れていた。また、マギサの近くに無数に張られていたワイヤーソーから、血が滴っていた。


「おい、ジェイル。落ち着け!すぐに救急車が来る。右手を心臓よりも高く上げろ。あと、切れた指も傷口に付けておけ。」


クソッ、こいつが〈糸殺しさつ〉のマギサか。危険人物だと聞かされていたが、ワイヤーソーは相性が悪いな。


平常心を喪失したジェイルは、なくなった指を見ながら右腕を押さえて叫んでいた。


その時だった。また、あの奇妙な視線を感じたのは。

しかし、感じたのは視線だけで、気配すら感じられない。


「なぁ、剣誠。あっち側に変な気配を感じられるか?」


剣誠の気配察知の能力を頼りに聞いて見るが、返答はNoだった。

う~ん。あの視線の正体が分からない。しかし、何のために俺を観察しているんだ?しかも、剣誠でも見つけられない凄腕の人が。

瞬一の拭いきれない不信感は、救急車のサイレンによってかき消された。


「けが人を運びましょう。」


剣誠の呼びかけを合図にみんなが動き始める。

やっと落ち着いてきたジェイルもすぐさま、向かう。

切断された指は、包帯とテーピングによって元の場所に仮固定されていたが、未だに血が滲んにじんでいて痛々しかった。


「はぁ、どうやら大きな事件を持って来られてしまったな。」


ゴードミラスさんは、少しため息交じりに呟く。しかし、会議の情報はどこで漏れたのだろうか?

ゴードミラスさんもその疑問を抱いたらしく、ドミニオン8幹部と名乗った2人の方を見る。

その疑問は、直ぐに解決した。


「なるほど、1人は変装していたのか。」


ズィミリドと言っていた男は、米軍の軍服を着ていた。

マギサの方は、この部屋の通気口から来たらしかった。


「痛って。全く、大きな痛手を負ってしまったよ。」


救急車の方にみんなが行って、監視の目が薄くなったころ、マギサが動く。


「ホントにそうですよ、あんな過剰戦力だなんて。」


右腕と左足に突き刺さった弾丸を取りながら、ズィミリドも起き上がる。

しかし、肉が抉れているのに痛そうな顔さえしていないズィミリドは、神経が無いのかと思わざるをえないほど凄かった。


「一旦戻って、練り直しだ。特に瞬一と言う人物は最要注意人物だ。」


マギサは冷静に撤退を選択する。


「俺様に攻撃した野郎と、姉さんに攻撃した野郎も強かったですよ。」

「うるせぇ、姉さんって呼ぶな。」


マギサが、ズィミリドを殴る。


「ひとまず撤退だ。」


2人の影は、いつの間にか消えていた。

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