第16話 交渉

「天河君。待って下さい。危険です。」


背後で呼び止める声が上がった。この声は良く聞き慣れた、松下先生のものだ。

振り返ると、真剣な顔をした先生が居た。


「大丈夫ですよ。俺、警察官なんで。」


ポケットから警察手帳を取り出して言った。


「国民の安全を確保するのが、我々の仕事なので。」


先生を納得させるため、好きではない綺麗ごとを言った。


「そうですか。では、無理をしないで下さい。警察官でも、私の生徒なので。」

「はい。」


松下先生は納得したようだった。


「けけっ。馬鹿みたいな綺麗ごとだなぁ。耳障りだぜぇ。」

「信じたくないが、同感だ。」

「けけけっ。面白れえ野郎だぜぇ。全くよぉ。もう少し話してみたい所だが、」


ハウザーの雰囲気が変わった。

誰も居なくなった体育館の中で、殺意を持った言辞を吐いた。


「お遊びはここまでだ。」


そう言い切るか、切らなかった刹那せつな。ハウザーが斬りかかった。


加速アクセラレートで避けなきゃマズいな。)

しかし、


「早いっ。」


ナイフの切っ先は瞬一の頬をかすめた。


「早いな、ハウザー。」

「お前こそ。この攻撃を躱したかわ    した奴は久しぶりにだぜ。俺の専売特許だと思って居たのに。」

「こっちもだ。」


「お前、得物を使わないのか?」

「俺の武器はこの身体だよ。武器に頼ると人間は駄目になってしまうからな。」

「面白い意見だぜ。賛成だな。」

「だから、銃を持って粋ってイキ      いるガキも嫌いだ。」


吐き捨てるように言った、何か過去にあったのだろうか。


「だが、分が悪い。だから、これを使わせてもらう。」


近くにあった鉄製の棒を拾う。


「そうか、そんなゴミでいいのか。なら、いくぜ。」


一拍おいて、また斬撃の攻防戦が始まる。

しかし、瞬一は防戦一方だった。


「速すぎる。」

「ありがとな。最高級の褒め言葉だぜ。」


切る 伐る 斬る

どんどんと瞬一の身体には、傷が斬り刻まれていく。


ザクッと深い一撃が右のわき腹に食い込んだ。


「がはっ。斬り傷は痛いな。」


瞬一の制服は深紅に滲んでいた。


「もう終わりか。楽しませてくれよ。けけっ。」


「もしもし、花梨です。今、瞬一が敵と交戦中です。多分、ドミニオン8幹部だと思います。至急、俊瑛しゅんえい高校に来て下さい。」

「分かったわ。今すぐそっちに向かうから。持ちこたえられる?」


電話に出たのは、夏稀さんだった。


「多分、瞬一は負けない。」

「そうだね。所で生徒の中で怪我人はいるの?」

「今、アリサが確認している。もう少し待って、後で連絡するから。」

「分かった。」


「佐々木君。生徒の確認を手伝ってくれない?」


校庭で集まっている生徒を前に、冷静で居る颯太に頼んだ。


「いいよ、アリサ。」

「じゃあ、クラスごとに頼めるかしら。」

「先生は、、、もう少し時間が必要だね。」


まだ、先生達は当惑していて、冷静な対応が出来そうになかった。


「1年生ー。点呼をするから、学級委員中心に呼びかけて、確認したら私に報告して。怪我人がいた場合も並べて報告して。」


いまだに騒然としている生徒達に呼びかけた。


「はい。」 「分かりました。」 「了解です。」


少しずつだが、落ち着いた生徒が増えてきたようだ。



「アリサさん。1年C組は全員が居て、1人が転んで怪我をしています。」

「3年B組は全員無事で怪我人も居ません。」

「2年B組も同じく、全員居て、負傷者ゼロです。」

「2年A組も。」 「3年C組も同じです。」


次々と報告が入るがしっかりと対応するアリサ。

今のところ、行方不明者は居ないようだ。


少し経つと、アリサが担当する方は確認が終わった。


「佐々木君。こちらは確認し終わったけど、そちらはどう?」

「こっちは今、終わった所だよ。行方不明者ゼロで、負傷者7人。」

「こちらは、行方不明者ゼロ人で、負傷者9人だったわ。」

「怪我は、保健委員に手当してもらっているよ。そっちの負傷者も頼もうか?」

「ええ、よろしく。私は先生と花梨に伝えて来るから。」


「花梨、行方不明者ゼロ人だったよ。」

「分かった。なっちゃんに報告しとく。」

「あと、負傷者が16人。保健委員が応急手当しているよ。」

「ん。そっちも合わせて報告しとく。」


「ぐっ。血が止まらねえ。」

「けけっけ。このナイフは皮膚をズタボロにするための刃だからな。」


ハウザーのナイフは鋭利な返し刃が付いていた。


「なあ、俺の妹を知っているか?」

「ああ、もちろん知っているさ。」


予想と違って、即答で返ってきた。


「なら、吐け。」

「嫌だね。お前に教える義理も無ければ、メリットも無い。」


こちらは予想通りの回答だった。


「メリットを与えると言ったらどうだ?」

「それは面白そうだ。内容によるがな。」

「結実の居場所を吐けば、お前をこの場から見逃してやる。俺は、結実を探す為だけに警察官になったからな。犯罪者だろうと、懸賞金がかかっていようと興味無い。」

「けけっけ。本当に面白い野郎だな。だが、確証性が薄い、しかも俺にとってあまり美味しい提案ではない。別にその提案に乗らなくても、今お前を殺るやる事も出来るんだぜ。」


ハウザーは余裕そうに、ナイフをクルクルと手の中で回す。

しかし、依然として瞬一の制服は血で滲んでいた。


「なら、交渉決裂ってことか?」

「まあ、そうなるな。」


また、2人は対峙する。


どちらが先に動いたか分からないが、その刹那。

2人がぶつかり合った。先程よりも激しい乱撃で、金属同士の衝突音だけが、体育館で鳴り響く。


「けーけっけ。」


ハウザーが先程と同じように、わき腹を狙う。

しかし、


「その攻撃は、もう見切った。」


迫り来る死刃を後ろから掴んでつか    、へし折った。

つまり、ブレード部分は手が切れるため、バック部分を持って折ったのだった。


「なっ!?」


ハウザーも驚愕の表情を浮かべていた。


「やっとお前の攻撃に追い付いたよ。いや、追い越したと言うべきか。」

「いやいや、何お前。特殊合金をへし折るとか、ヤバいだろ。」


ここで、初めてハウザーに焦りが出る。


「あー、クソ。ナイフが1本になっちまったじゃん。あれ、特注品で高いのに。」

「いや、敵の武器の事なんか知ったことじゃねーから。しかも、なんで俺が重くて硬い鉄パイプを使ったか、分かってねーな。あのお前の連撃全てを、そのナイフの同じ部分に当てて防いでいたんだよ。だから、あんな簡単に折れたんだ。」


瞬一はこう言っているが、少し脆くなった金属でも、そう簡単には折れない。銅板などの薄い金属ならまだしも、ナイフのような厚みのある金属を折るのは、相当な力が必要である。


「でも、それだけやっても普通は折れないだろ。」


ハウザーもそこは思ったようだ。


「単純に、力が強かっただけだろ。」

「まだ、問題があるだろ。どうして、俺の高速の斬撃を簡単に、掴めた?」

「え?普通に眼が慣れたからですよ。」


当たり前だと言わんばかりに、敬語で返していた。


「俺って、良く眼が良いと言われるんで。」

「あー、もう分かった。つまり、俺のナイフを折る為にわざと攻撃を食らって居たってことか。」

「ま、要約するとそんな感じ。」

「なら。お前の条件を呑まざるをえない状況ってわけか。」


苦渋の決断をするかのように、声を絞り出していた。


「そうしてくれると、助かる。どんな奴でも、人を殺すのは好きではないからな。」

「本当に俺を追わないんだな?そこだけは、確認したい。」


念押しするように問う。


「ああ、確実に保証する。でも、俺は追わないってだけで、他の連中は追うかもしれないぞ。」

「お前みたいな化け物が居ないんだったら、大丈夫だぜ。」


化け物呼ばわりされた高校生は顔をしかめたが、思い当たる節しかなく、反論材料が思い当たらないので、批判はしなかった。正確には、出来なかった。


「じゃあ、お前は金輪際追わないってことで。」

「分かった。なんなら、書面に残そうか?」

「いや、残した所で意味無いだろ。」

「まぁ、それもそうか。」

「なら、お前の条件を呑もう。なんか、ポツダム宣言を受諾した日本の気持ちだぜ。」

「妹の場所はここだ。嘘偽りは無い。もし有ったら、何かしら証拠品を出して、この事件の犯人だと言え。最近の優秀な警察なら捕まえられるだろ。」


スマホを取り出して、マップ上のとある地点を示した。


「ここって、アメリカじゃねーか。」

「本部はアメリカにある。日本のは支部だ。」

「そうか、ありがとう。」

「別に、礼を言われる事じゃない。」


「てか、ハウザーって普通に良い奴じゃん。さっきの奴は誰だよ。多重人格か?」

「てか、何でドミニオン幹部なんかやってんだ?」


瞬一は次々と質問する。


「人生、色々有るんだよ。挫折したり、心が破壊したり、死にかけたり、幸せを失ったり、紆余曲折うよきょくせつあってたどり着いたのが、今の俺なんだよ。別になりたくてなった訳じゃない。」


遠い虚空を見上げながら,ハウザーは語った。


「わりぃ。嫌な質問だったな。」

「いや、別に大丈夫だ。最期に、握手してくれるか?」

「ああ、良いけど。」


瞬一も手を差し出す。

まるで、和平交渉のような感じになっていた。


「もう少し、違う人生を歩めば、お前と仲良くなれた気がするよ。」

「俺も同感だ。」


お互いに頷きあう。


「じゃあな。瞬一。」


そう言うと、ハウザーはすぐに居なくなった。

誰もいない体育館の中で、1人。瞬一だけが立っていた。




「血が足りねえ。」


バタッと瞬一は倒れた。


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