第16話 交渉
「天河君。待って下さい。危険です。」
背後で呼び止める声が上がった。この声は良く聞き慣れた、松下先生のものだ。
振り返ると、真剣な顔をした先生が居た。
「大丈夫ですよ。俺、警察官なんで。」
ポケットから警察手帳を取り出して言った。
「国民の安全を確保するのが、我々の仕事なので。」
先生を納得させるため、好きではない綺麗ごとを言った。
「そうですか。では、無理をしないで下さい。警察官でも、私の生徒なので。」
「はい。」
松下先生は納得したようだった。
「けけっ。馬鹿みたいな綺麗ごとだなぁ。耳障りだぜぇ。」
「信じたくないが、同感だ。」
「けけけっ。面白れえ野郎だぜぇ。全くよぉ。もう少し話してみたい所だが、」
ハウザーの雰囲気が変わった。
誰も居なくなった体育館の中で、殺意を持った言辞を吐いた。
「お遊びはここまでだ。」
そう言い切るか、切らなかった
(
しかし、
「早いっ。」
ナイフの切っ先は瞬一の頬をかすめた。
「早いな、ハウザー。」
「お前こそ。この攻撃を
「こっちもだ。」
「お前、得物を使わないのか?」
「俺の武器はこの身体だよ。武器に頼ると人間は駄目になってしまうからな。」
「面白い意見だぜ。賛成だな。」
「だから、銃を持って
吐き捨てるように言った、何か過去にあったのだろうか。
「だが、分が悪い。だから、これを使わせてもらう。」
近くにあった鉄製の棒を拾う。
「そうか、そんなゴミでいいのか。なら、いくぜ。」
一拍おいて、また斬撃の攻防戦が始まる。
しかし、瞬一は防戦一方だった。
「速すぎる。」
「ありがとな。最高級の褒め言葉だぜ。」
切る 伐る 斬る
どんどんと瞬一の身体には、傷が斬り刻まれていく。
ザクッと深い一撃が右のわき腹に食い込んだ。
「がはっ。斬り傷は痛いな。」
瞬一の制服は深紅に滲んでいた。
「もう終わりか。楽しませてくれよ。けけっ。」
◇
「もしもし、花梨です。今、瞬一が敵と交戦中です。多分、ドミニオン8幹部だと思います。至急、
「分かったわ。今すぐそっちに向かうから。持ちこたえられる?」
電話に出たのは、夏稀さんだった。
「多分、瞬一は負けない。」
「そうだね。所で生徒の中で怪我人はいるの?」
「今、アリサが確認している。もう少し待って、後で連絡するから。」
「分かった。」
◇
「佐々木君。生徒の確認を手伝ってくれない?」
校庭で集まっている生徒を前に、冷静で居る颯太に頼んだ。
「いいよ、アリサ。」
「じゃあ、クラスごとに頼めるかしら。」
「先生は、、、もう少し時間が必要だね。」
まだ、先生達は当惑していて、冷静な対応が出来そうになかった。
「1年生ー。点呼をするから、学級委員中心に呼びかけて、確認したら私に報告して。怪我人がいた場合も並べて報告して。」
いまだに騒然としている生徒達に呼びかけた。
「はい。」 「分かりました。」 「了解です。」
少しずつだが、落ち着いた生徒が増えてきたようだ。
「アリサさん。1年C組は全員が居て、1人が転んで怪我をしています。」
「3年B組は全員無事で怪我人も居ません。」
「2年B組も同じく、全員居て、負傷者ゼロです。」
「2年A組も。」 「3年C組も同じです。」
次々と報告が入るがしっかりと対応するアリサ。
今のところ、行方不明者は居ないようだ。
少し経つと、アリサが担当する方は確認が終わった。
「佐々木君。こちらは確認し終わったけど、そちらはどう?」
「こっちは今、終わった所だよ。行方不明者ゼロで、負傷者7人。」
「こちらは、行方不明者ゼロ人で、負傷者9人だったわ。」
「怪我は、保健委員に手当してもらっているよ。そっちの負傷者も頼もうか?」
「ええ、よろしく。私は先生と花梨に伝えて来るから。」
◇
「花梨、行方不明者ゼロ人だったよ。」
「分かった。なっちゃんに報告しとく。」
「あと、負傷者が16人。保健委員が応急手当しているよ。」
「ん。そっちも合わせて報告しとく。」
◇
「ぐっ。血が止まらねえ。」
「けけっけ。このナイフは皮膚をズタボロにするための刃だからな。」
ハウザーのナイフは鋭利な返し刃が付いていた。
「なあ、俺の妹を知っているか?」
「ああ、もちろん知っているさ。」
予想と違って、即答で返ってきた。
「なら、吐け。」
「嫌だね。お前に教える義理も無ければ、メリットも無い。」
こちらは予想通りの回答だった。
「メリットを与えると言ったらどうだ?」
「それは面白そうだ。内容によるがな。」
「結実の居場所を吐けば、お前をこの場から見逃してやる。俺は、結実を探す為だけに警察官になったからな。犯罪者だろうと、懸賞金がかかっていようと興味無い。」
「けけっけ。本当に面白い野郎だな。だが、確証性が薄い、しかも俺にとってあまり美味しい提案ではない。別にその提案に乗らなくても、今お前を
ハウザーは余裕そうに、ナイフをクルクルと手の中で回す。
しかし、依然として瞬一の制服は血で滲んでいた。
「なら、交渉決裂ってことか?」
「まあ、そうなるな。」
また、2人は対峙する。
どちらが先に動いたか分からないが、その刹那。
2人がぶつかり合った。先程よりも激しい乱撃で、金属同士の衝突音だけが、体育館で鳴り響く。
「けーけっけ。」
ハウザーが先程と同じように、わき腹を狙う。
しかし、
「その攻撃は、もう見切った。」
迫り来る死刃を後ろから
つまり、ブレード部分は手が切れるため、バック部分を持って折ったのだった。
「なっ!?」
ハウザーも驚愕の表情を浮かべていた。
「やっとお前の攻撃に追い付いたよ。いや、追い越したと言うべきか。」
「いやいや、何お前。特殊合金をへし折るとか、ヤバいだろ。」
ここで、初めてハウザーに焦りが出る。
「あー、クソ。ナイフが1本になっちまったじゃん。あれ、特注品で高いのに。」
「いや、敵の武器の事なんか知ったことじゃねーから。しかも、なんで俺が重くて硬い鉄パイプを使ったか、分かってねーな。あのお前の連撃全てを、そのナイフの同じ部分に当てて防いでいたんだよ。だから、あんな簡単に折れたんだ。」
瞬一はこう言っているが、少し脆くなった金属でも、そう簡単には折れない。銅板などの薄い金属ならまだしも、ナイフのような厚みのある金属を折るのは、相当な力が必要である。
「でも、それだけやっても普通は折れないだろ。」
ハウザーもそこは思ったようだ。
「単純に、力が強かっただけだろ。」
「まだ、問題があるだろ。どうして、俺の高速の斬撃を簡単に、掴めた?」
「え?普通に眼が慣れたからですよ。」
当たり前だと言わんばかりに、敬語で返していた。
「俺って、良く眼が良いと言われるんで。」
「あー、もう分かった。つまり、俺のナイフを折る為にわざと攻撃を食らって居たってことか。」
「ま、要約するとそんな感じ。」
「なら。お前の条件を呑まざるをえない状況ってわけか。」
苦渋の決断をするかのように、声を絞り出していた。
「そうしてくれると、助かる。どんな奴でも、人を殺すのは好きではないからな。」
「本当に俺を追わないんだな?そこだけは、確認したい。」
念押しするように問う。
「ああ、確実に保証する。でも、俺は追わないってだけで、他の連中は追うかもしれないぞ。」
「お前みたいな化け物が居ないんだったら、大丈夫だぜ。」
化け物呼ばわりされた高校生は顔をしかめたが、思い当たる節しかなく、反論材料が思い当たらないので、批判はしなかった。正確には、出来なかった。
「じゃあ、お前は金輪際追わないってことで。」
「分かった。なんなら、書面に残そうか?」
「いや、残した所で意味無いだろ。」
「まぁ、それもそうか。」
「なら、お前の条件を呑もう。なんか、ポツダム宣言を受諾した日本の気持ちだぜ。」
「妹の場所はここだ。嘘偽りは無い。もし有ったら、何かしら証拠品を出して、この事件の犯人だと言え。最近の優秀な警察なら捕まえられるだろ。」
スマホを取り出して、マップ上のとある地点を示した。
「ここって、アメリカじゃねーか。」
「本部はアメリカにある。日本のは支部だ。」
「そうか、ありがとう。」
「別に、礼を言われる事じゃない。」
◇
「てか、ハウザーって普通に良い奴じゃん。さっきの奴は誰だよ。多重人格か?」
「てか、何でドミニオン幹部なんかやってんだ?」
瞬一は次々と質問する。
「人生、色々有るんだよ。挫折したり、心が破壊したり、死にかけたり、幸せを失ったり、
遠い虚空を見上げながら,ハウザーは語った。
「わりぃ。嫌な質問だったな。」
「いや、別に大丈夫だ。最期に、握手してくれるか?」
「ああ、良いけど。」
瞬一も手を差し出す。
まるで、和平交渉のような感じになっていた。
「もう少し、違う人生を歩めば、お前と仲良くなれた気がするよ。」
「俺も同感だ。」
お互いに頷きあう。
「じゃあな。瞬一。」
そう言うと、ハウザーはすぐに居なくなった。
誰もいない体育館の中で、1人。瞬一だけが立っていた。
「血が足りねえ。」
バタッと瞬一は倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます