第6話 憑依がバレたので月へ逃走する

目の前にいる黒髪に橙色の目を持つちびっ子はヨダレを垂らして匙を持ったまま指差した。


「ひゃあぁぁぁ♪ プリンじゃ! プリンっ! プリン、プリン、プ・リ・ン♫」


いつの間にか目を覚ましたスサノオさんが、ため息を脳内に響かせた。涎が滝のように流れ始めたので、巾着袋からあらかじめ準備されていたプリンたちを取り出して盛り付ける。

中央に化物プリン、周囲にフルーツプリンを配置する。


「どうぞ、姉君」

「わぁぁぁぁい♪ いっただきまーしゅ!」


ここからオレは茫然と立ち尽くす光景を眼にした。

僅か数秒後には皿は無と帰して、食べこぼしが口元についており、満腹になった腹を摩っていた。


「けふー。な、なんじゃ。うら若き乙女のげっぷを見るでない!」


 恥じらいの表情を浮かべてさっと両手で顔を隠した。

なにこの可愛い生き物は……。


『可愛いであろう? 自慢の姉ではあるが、昨日の事件の証拠を捉えておいた写真と動画を見せると良い』


スサノオさんの言葉通り、再び巾着袋を覗くと写真が数枚、カメラがあった。


「お言葉だが、姉君。昨日の事件についての犯人を見つけた。写真と動画があるから見るか?」

「あ、あるのかっ!? 気になっておったんじゃ! 流石は我が弟じゃの♪」


取り出して振る写真に反応して即座にぶんどるように取ったアマテラス様。

 自分がこっそりとプリンを取り出して食べ尽くす様を押さえた写真と動画を見て先程よりも紅潮して頭から湯気が出ていた。


「なななななんじゃこれはっ!!? 妾が犯人じゃと!!? そんなわけがないっ! バカを申すな。捏造であろうっ! 」


 頬を膨らませ、ぷりぷりと怒るアマテラス様の三文芝居に癒されながら、スサノオさんの指示通り更なる証拠を提示する。


『ここの巫女たちから証言を預かっているから柏手を三回しろ』

(了解。)


柏手を三回すると部屋から神官の女たちが集結していた。彼女らは物申す。


「天照様、先日深夜私が花摘みに向かう途中あなた様がプリンを啜る奇怪な音を聞きました」


 ある者はこう言った。


「私は夜番で見回りをしていたのですが、天照様が目を瞑ったまま駆け寄ってきて、『プリンを食べたのは妾じゃが、スサノオに擦り付けてやるぅ──! だからお主、黙っておくのじゃ!』と悪意に満ちた笑みを浮かべていました」


 またある者はこうも言った。


「昨日は寝付けなくて月夜を眺めて過ごしていると、隣で同じくプリンを食べながら月見をしていて、『お主も食べるか? ほれ、あーん♪』と勧められたものですから思わず食べてしまいました。もし断っていたら……と考えると怖くて怖くて……」


 他にも二番目に証言した娘と同じように見回りをしていた者たちから目撃証言多数。

同様のことを言われる度に「はうっ」と身体を仰け反らされていた。

現在彼女の身体中に証言が刺さっている。


ハハッ。勝負ありか。証拠は揃ったな。これほどまでに滑稽なことなんてあるだろうか?

プリンが好きなのは頷けるが、ポンコツ過ぎて怒りを通りすぎて可愛いと思うようになったぞ。


「姉君、証拠は万全。反論は?」


オレの決め台詞になす術もなく、震えながら涙目で謝った。


「むぅぅぅぅ……! ご、ごめんなのじゃ! 妾が悪かった。許しておくれッ!」


ふるふると震える小動物的な可愛さに悶絶して、つい頭を撫でてしまった。


「姉君、もうしないな? 皆に迷惑がかかっているのだぞ。」

「あ、頭を撫でるなぁ……。妾は子供じゃないぞ……」


この微笑ましい光景に周囲の神官達は失笑していた。だが、この時オレは重大なことを忘れていたのだ。


憑依中、誰かに触れると触れた者にバレてしまうのである。

 ヤッベェェェェェ! やっちまったぁぁぁぁ!!


「……む? お主誰なのじゃ?」


どうやら気付かれたようで烈火のごとく怒りを露にしていた。太陽神だからか、怒りによって周囲の温度が急上昇している──!


「おい、スサノオもどき! 妾の弟を何処にやった! 憑依しているのだとしてもなぜ乗っ取っている!?」

「いや、その……スサノオさんに頼まれたんですって!」

「戯れ言を申すなぁ! お主ら、弟を乗っ取った不届き者を潰せェェェェ!」


突然の事態に状況を飲み込めていない神官達は、呆然としていた。


「たわけ者がぁぁ! 追うのじゃ!」

「「「はっ、はい!」」」


いつの間にか戦闘を重視した独特な衣装を着たアマテラス様は人智を越えた速さで追いかけてくる──!!


「まずはスサノオが乗ってきた車と馬を蹴散らすっ! 塵と化せ!!」


そう言って豪奢な意匠の鏡から光を収束して、二筋のビームを放つと、意思を持ったかのように渦巻いて車を停車していた所を爆発させた!

 あぁぁぁ! スサノオさんの車がぁ! ローヴェンバッハがぁぁぁ……!

しかし、こんな状況なのにスサノオさんは豪快に笑った。


『ウーッハハハハハ!! 面白いなぁ、ヴィセンテ! ローヴェンバッハは儂の加護を与えてあるからな、寿命以外では死なんわ! 厩舎に向かうぞ!』

「笑ってる場合ですかっ! 我が愛馬が寿命以外で死なないって強すぎるだろっ!」


 急ぎ厩舎へ疾走していると一陣の彗星が舞い降りた。ローヴェンバッハだ。


「助かる、相棒! 逃げるぞ!」


 相棒は『任せろ』と嘶くと後ろ足蹴りをかまして大地を隆起させ、土と氷の大壁を出現させて、しまいには雷を落として人々を失神させてから飛翔した。

 強すぎる──!


「小癪な! 乗っ取り犯め、許さんのじゃ! 八咫鏡よ、撃ち落とせ!」


 雷をかわしたアマテラス様は八咫鏡と呼んだ巨大な鏡で再び追従するビームを無数に放つ──!


 されど、〘純白と漆黒の彗星モノクロームコメット〙とも呼べる相棒の軌跡は誰にも止められない。

 湾曲してきりもみ、旋回し、葛折りをして華麗に避けるとビームは対応仕切れずに互いにぶつかり合って爆発した!


『うむ、この調子で逃げるぞ! 良くやった、ローヴェンバッハよ!』

「偉いぞ、相棒!」


ローヴェンバッハは嬉しそうに尻尾を揺らして喜びを表して今までよりも最速の滑空を見せる。

その速さ、時速200㎞を優に越えていた──!!


有頂天に達した相棒は雲を突き抜けて、いつもの鳴き声とは違う鳴き声を上げると馬たち32頭が後ろから昇ってきた。先頭二匹が白馬と黒馬だというところから鑑みるにあれが両親のラグニエル黒馬サーヤント白馬だろう。

そして、何を願ったのか彼は驚きの行動に出た。


「よう、相棒。聞こえるか?」


喋ったのである。

あのローヴェンバッハが喋ったのだ!


『ウーッハーッハー! こりゃ兄者、月読がやりやがったな! あやつ、ローヴェンバッハたちに恩寵を与えたらしい! 』

「スサノオ様、その通りです。我ら神馬族は言葉を始めに数多の恩寵を受けました。あなた様の紹介なくしてこの身体、能力を得ることは出来なかったでしょう」


え、え? マジかよ。色々有りすぎて困惑している。

えーっと、整理すると最初に受けたあのとんでもねぇ能力の数々は、月の神であるツクヨミ様がくれたわけ?

……物凄いことになってきている。


「あー、そのーローヴェンバッハ。月読様のお陰でその恩寵を得たわけか?」

「そうだ。相棒、これより月に向かうが準備は良いか?」


 準備っていうか、この流れ絶対行くよな。

 断れねぇじゃん。


「うっしゃあ! 面白そうじゃん! 行こうぜ、何処までも!!」

「その言葉が聞きたかった。 今ここに言質をとった!」


 え? 言質をとった?

俺の疑問を他所にローヴェンバッハは続ける。


「相棒と共に星々に誓う! 主君、ヴィセンテ・ガトニス様の命を受け我らは霊神彗馬りょうじんぜいぼ族と成った!!」

『うむ。いざ行かん、月へ!!』


何でか知らねぇけど進化しちゃったぁぁぁぁぁぁぁ!!? 星々にも誓ってたし!!

 もう訳わからねぇが、行くところまで行ってしまうか!


 ローヴェンバッハらが天翔ける度に、溢れんばかりのエネルギーの奔流が夜空を激しく彩っていった。


 後に“のぼぼうき”と呼ばれるこの現象は、各国の天文学者たち持ちきりの話題となった。

 また、彗星の煌めきを帯びているのは、ラグニエルが雅臣に召喚された際、彼の絶大な神エネルギーを受けて進化した為である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る