第5話 太陽神はプリンをご所望のようだ
チトセのことが好きになってしまった俺はセンゾウの友人という扱いで俺の本名を書いた。
「彼は異界で旅の仲間を探しているから、もし良かったら話を聞いてやってくれ」
と手紙を書いた。簡易的なラブレターのようなものである。我ながら恥ずかしいことをした。
あの田植えの後、俺の精神が崩壊を始めていた。
原因は神の身体に無理やり憑依していると神エネルギーたる神力に蝕まれ、自我を保てなくなるのだ。
その為憑依を解いて一日一回憑依することに。
実はエリュトリオンには月がない。
その美しさと神秘性から大好きになった月見風呂を楽しんでいると、チトセのことを意識してしまい、満月に彼女の姿を投影するようになった。
はぁ、辛いぜ。
恋心と葛藤しながらもスサノオさんに憑依して精神を鍛えたり、剣の稽古をつけてもらったり、自動車に乗ったりした。
自動車なんて愛馬ローヴェンバッハより速いものだから用済みと思ってしまった。
しかし、激怒したローヴェンバッハは『レースするぞ』と言って競争することに。
結果、まさかの、まさかの……ローヴェンバッハが自動車の最高時速120㎞を優に越えて時速140㎞で爆走していたんだっ!
なぜか知らないが、あまりの速さに気絶するチトセを乗せて最後は天へと飛翔していた。右に黒翼、左に白翼をはためかせて──。
賑やかな数日のお陰か、ようやく暴走するチトセへの恋心を程好く抑えきれるようになった。段々と侍女達とも顔見知りになってきた頃、事件が起こった。
「はぁ……どうしたものか……面倒だ」
今朝、スサノオさんがえらく落ち込んでいた。
豪快な笑い声が皆を笑顔にし、思慮深くてどんな時も強い彼が珍しく沈んでいる。
「スサノオさん、おはようございます」
「おはよう、ヴィセンテ」
「何があったんすか?」
彼が振り向くと顔がげっそりしていた。こんなスサノオさん見たことないぞ……。
「いやなに、姉君が深夜に〘念話〙をしてきてな。それで『謹慎はちゃんとしているか、先日影武者に田植えをさせていたようじゃの』と世間話をしていたのはまだ良かった」
スサノオさんが深いため息をつき、一拍置いてから話を続ける。
「それで『プリンを誰かが食ったのじゃあぁぁぁ!!』と烈火の如く怒っておってな。そこからつい先程までずーっと愚痴を聞かされておった。しまいには『犯人が見つからなかったら太陽を隠してやる!!』とまで言った……。姉君のことだから、寝ている間に食べたとしか考えられん」
うわぁ、人に罪を擦り付けるとかなんてめんどくせー姉なんだよ……。そう考えているとスサノオさんが柏手を三回して侍女を呼び寄せた。
「はっ。お待たせいたしました」
彼女の両手には平皿に載ったスライムのようなぷるぷるした謎の物体を二皿持ってきた後、お辞儀をして去っていった。
スサノオさんは
「くっ、恨めしい。これが事件の元凶、プリンと呼ばれる菓子だ。匙がそこにあるから
プリンというのか。
エリュトリオンのある地方では、スライムの身体から水分を摂取して水分補給したり、料理に用いると高栄養食になると信じられている。
モンスターの生態を学び直した際、実際調べた奴の本を読んだ。
ひょろひょろの肉体が数ヶ月経つ頃には腐食耐性と強靭な肉体を手に入れた挿し絵が描かれていたのだ。
更に各地方に生息する環境に適応したスライムを食して様々な耐性を手に入れたらしい。
スライムの生態について良く知れたが、それ以外は胡散臭くて効果はなかった。
このプリンとやらも何かしらの耐性を手に入れることが出来るのだろうか……?
ふむ、香りは……
甘党なので、甘味には詳しいつもりである。
感触はスライムと同じようにぷるぷるしていて、最上部の茶色の膜から銀の匙を通すと、いとも簡単に崩れた。食材だから再生することはないようだ。
得体の知れぬ食べ物だが、甘い香りに誘われて恐る恐る口へと運ぶ。
── なんんだこれは!?
口に入れた瞬間、口内の熱によってバルッシュ豆の香りを拡散しながら直ぐに溶けていった。濃厚で広がりのある風味とほろ苦い茶色の調味料が甘さを表舞台へと更にのし上げる……!
これは噛んで楽しむものじゃねぇ!
飴のように転がして、少し弄んで楽しむ菓子だ!
このような罪作りな菓子を知らなかったとは……オレは後悔しているぜ……。
一口、また一口と運んでいくうちにあっという間になくなった。
この儚さを味わうのもプリンの醍醐味かもしれねぇな。
「うまいじゃねぇですかっ! これ!」
俺の張り上げた声に鬱陶しさを感じたのか、怪訝な顔をした。
が、一口プリンを食べれば目を見開いてバクバクと上品なスサノオらしくない食べ方で完食した。
「「おかわりっ!!」」
俺とスサノオさんは声を重ねて侍女におかわりをせがんでいた。
一時間経つ頃にはぷっくりと膨らんだ腹を
「げぷっ。オレ、久しぶりに大食いしましたよ。スサノオさんの姉さんがハマるのも納得っす」
同じく横に臥せってげっぷをしながらスサノオさんは愚痴を溢す。
「うぷっ。年端によらず
なぁ!? 怖くない、姉さん!! 弟を殺すまでしなくて良くない?
「けほっ。同感だ。姉君が所望したのは初夏限定のプリン達でリストを作成しておいた。儂は愚痴を聞き続けて精神が限界だ。だから憑依して代わりに買ってくれ。」
それが今日の依頼って所ですか。
腹を
ここ数日で覚えてきた平仮名と片仮名で丁寧且つ達筆に書かれていた。読めない漢字には読み仮名が打たれている。
=======================
・マンゴープリン
・ライチプリン
・パイナップルプリン
・みかんプリン
・さくらんぼプリン
・メロンプリン
・新発売! 化物サイズプリン
~
◎
◎
◎
=======================
「一つ書き忘れておったが、今の時刻は11時。極東マートまで二時間かかる。そして今日の営業時間は14時までなのだ。」
「はぁぁぁぁぁ!? 時間ないじゃないですかっ! 急いで憑依しますよ! 」
実は、現状〘ヒト降ロシ〙を使えるのはスサノオさんしかいないのである。なぜならオレは先日実践したが、効果が無かった。魂レベルで適性がない。
「同じ詠唱をすれば良い」
ええい、ままよ! オレの魂の癖に生意気なんだよっ! その根性、叩き直せよ!
「我はそなた。そなたは我。相反する二つが混在する時、異端の儀は至高へと昇り、そなたは我の表に出る。覆せ、〘ヒト降ロシ〙──!」
俺の願いが叶ったようで見事憑依することに成功した。
「うっしゃ、行きまっせ、スサノオさん! 車の乗り方教えてくださいよ!」
『わかったから、静かにしてくれ。頭が痛いから寝たいのだ』
俺も同じ体験したらそうなりそうだけどっ!
今日はぐっと我慢してほしい!
精神の半分が船を漕ぎ始めたスサノオさんに声をかけてたたき起こしながら車庫についた。
シャッターを開けると4人乗りの車がある。
『……むぅ? 着いたか。エンジンを入れろ。それから──』
説明通りエンジンを入れ、ギアチェンジ。足元にあるサイドブレーキを解除して走行する。まだ運転に慣れていないので時速40㎞で走り、一時間程走行。
慣れてきた所で少しずつ飛ばしていく。
~一時間頃~
時刻は13時か。
出来れば13時15分までには退出したい。
自動で開くドアに少々驚きながらも入店する。
地球と同じ構造らしく、入って直ぐ右側は様々な本が並べられており、左側はお金を出し入れできる縦長の箱があった。
無数と言って良いほどの多様な商品におどおどしつつ、食品が売られているという奥の棚へと歩を進める。
丁寧に読み仮名が振られた『
だが、二つ忘れているものがあることに気付いた。
・財布
・買い物カゴ
『うーむ、ふぁぁぁ……ヴィセンテ、ツケ払いにして姉君に払って貰え。金は出してくれるらしい。あと、買い物カゴはいらん。袖下に無限収納の巾着袋があるからそれを使うと良い。……ぐがぁー』
おいっ! 寝るんじゃねぇ、スサノオさん!
はぁ。この師匠、一回眠りにつくと中々起きないからな。もういいや、知らん。
ということで心配無用らしいのでもう一度特設棚に向回、全て確保。
化物プリンは今朝食べたプリンの三倍の大きさがあり、その存在感に圧倒された。
これを食べるアマテラス様ってどんな神だよと思ったのだ。
だが、マンゴープリンだけ無い……! 丁度、誰かがプリンを取る手の残像が見えた。
隣を覗くと、強面のハゲたおっさんが在庫全てのマンゴープリンを買い物カゴに詰めていやがる!
「そこの御仁。看板に御一人様、二つまでと書いておろう?」
先日と同じように憑依中はスサノオさんの真似をして威厳ある口調を意識する。
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期間限定コーナー
今月のイチ押し マンゴープリン!
期間限定セールにより、価格 320円→280円
※お一人様2つまで
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だが、オレの注意を無視して強面の男は不快感を露にした。
「なんやオドレ!? 文句あるんかっあぁぁ?! って……なっ……!!」
今のオレの顔はスサノオさんの顔だ。
ここ
「ヒィィィィィィィィ!! すすすスサノオ様!!?」
「いかにも。ほら、他の者も買いたいから、後ろに並んでいるではないか?」
さっきから『おいこのハゲ、買い占めてんじゃねえ……!!』と怒りのオーラを他の客たちが纏っていて、タダでは終わらないと思っていたのだ。
「その一つ、頂こうか」
ハゲおじさんのカゴからマンゴープリンを一つ頂戴する。踵を返すと口撃の嵐でボコボコにされていき、謝罪を述べる情けない男の姿があった。
食べ物と民衆の怒りほど恐ろしいものはないとオレは考える。
レジにて会計を済ませ、ツケ払いの領収書を発行。
時間を確認すると13時14分だった。ギリギリだぜ。
急ぎエンジンを吹かして中心部へと疾走した。
~??時間後~
事故もなく無事についたが、スサノオさん曰くここから先は馬以外は移動手段として使えないと言った。神々の法で中心部は馬、それより外周は馬は規制がかかり、自動車は適用されるそうだ。
複雑だからどっちでも良いと思う。
仕方ないので首にかけていた馬笛を吹き、愛馬を呼び寄せる。
数秒後、近くに生える木の影から一匹の芦毛の馬がにゅるりと現れた。
ローヴェンバッハである。
彼は神馬族になって、何処へでも移動出来る〘影渡り〙という能力を得ていた。
ちなみに騎乗した人間は通れないらしい。
これが自分の相棒なのだから信じられないが、気にしたら不粋だろう。
『ケッ、鉄塊に乗るなよバーロー』
車から降りると、嫉妬した表情を浮かべていたので「どうどう」と慰めたら『馬じゃねえしっ!』と
いやどう見ても馬じゃねぇか、相棒よ。
おふざけはこれくらいにして時刻は14時45分。
ここからアマテラス様の神殿まで30分ほどかかるらしいが、10分で着きたいところ。
「ローヴェンバッハ、飛ばしてくれ!」
「ヒヒィィィンン!!」
愛馬は異様なほどの速さで助走をつけ、屋根という屋根を蹴って滑空した!
両肩と腰から伸びるエネルギーを結晶化した白翼と黒翼をはためかせ、エネルギーの残滓が尾を引く様はまるで一陣の彗星のよう……!!
その姿に俺は大興奮していた!
「スッゲェェェェェェ!! 流石、ローヴェンバッハ! もっと行こうや!」
期待に応えた相棒は更に加速し、たった5分でアマテラス様がいるという神殿に着いた。
旋回して上昇した速度を徐々に落として入り口前に降り立つ。
突然の来訪に動揺して慌てふためく神官らしき者たち。派手な登場になってしまったことを少々反省しながら口上を述べる。
「馬上より失礼いたす。我は
神官達の中でも特に仕立てが違う高貴そうな男が手揉みをしながら近寄った。
「これはこれは。スサノオ様では御座いませんか。お派手なご登場には
ローヴェンバッハは神官の女に頼んで休んで貰い、奥へと目指す。
内部は豪奢の一言に尽きる。日本の神々のトップかつ太陽神の神殿とあってか、光を意識した煌びやかな意匠のものが目立つ。
程なくしてアマテラス様の部屋に到着。
神官の男が声をかけると返事が返される。
「入るのじゃ」
扉を開けると、満面の笑みで幼女が両手に匙を持って待ち構えていた。
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