結局あれから3日後の放課後に、俺と実咲は駅裏の公園で待ち合わせた。

 アイスクリーム屋のショーケースの前で2人でさんざん悩んだあと、実咲には「いちご練乳」、自分には「大粒いちご」のアイスを買って公園のベンチに腰かけた。

 うまい。やっぱりここのアイスはうまいよな。隣で実咲も「おいしー」と声をあげている。

「いい天気でよかったね」

「だな」

 公園内の木々は青々と茂っている。もうすぐ夏本番だ。

 昨日の委員会ではいつものように、西岡の隣の席に座って委員会の前後にちょっと話をして、っていう、それだけだった。

 それだけだけど、俺には十分だ。隣でアイスをほおばるこいつに言ったらけらけら笑われそうだけど。

『恋愛は壁でも槍でもないんだから、当たってもくだけたりしないよ』

 3日前の実咲の声が頭の中で再生される。それでもやっぱり、当たりにいく勇気はまだない。

 アイスを口に運びながら、公園の入り口近くに何気なく目をやった時だった。

「あ、西岡」

「え?」

 西岡が、いた。目が合って、思わず声が漏れる。

 直後、西岡は俺からぱっと目をそらしてゆっくりと、自然な感じを装って元来た道を戻り始める。ちょっと待て!

「もしかしてあの子、誤解したんじゃないの?」

 状況を察したらしい実咲が、西岡のほうに顔を向けたまま俺に問いかける。

「かもな」

 実咲が彼女だと誤解されたのかもしれない。

 けど、だから、なんだ。俺は西岡の彼氏でもないし、そもそも西岡は俺のことなんとも思ってないかもしれない。だとしたら弁明なんて、意味がない、どころか。

「なに突っ立ってるのよ。行かなくていいの?」

 考えを巡らせて動けずにいる俺の手から、実咲はまだ少し残っている大粒いちごアイスを取り上げた。

「望のアイスはあたしがおいしくいただいておくから」

「おい」

「望が帰ってくるの待ってたらとけてなくなっちゃうでしょー」

「けど、ていうかそうじゃなくて」

「ん?」

 西岡を追いかけることへのためらいと、実咲を置いて行くことへのためらい。それに、

「あたしのことなら、アイスおごってもらったからもう十分だよ」

 自分に向けられた俺の視線に気づいたらしい実咲に、

「いってらっしゃーい」

 今の俺は明らかにのせられている。

 けど、のせられてるから行ける、とも、言える。

 西岡の姿はもう見えなくなっていた。意を決して、重い一歩を踏み出した、その時。

「望」

 実咲が俺を呼んだ。ふりかえる。

「望は、望が思ってるより2倍はかっこいいよ。自信もって」

 実咲が笑う。無敵の笑みだった。

 なんだそれ、と思うのに、うまく言葉が出てこない。自然と口角が上がるのをとめられなかった。

 実咲はいつも俺の背中を押す。いつのまにか俺よりも小さくなっていたその手は、けれど俺よりも大きいことを俺は知っている。

 記憶ができはじめたような頃からずっと隣にいた。たぶんこれからもしばらくは隣にいる。いれたらいい。いてくれたらいい、と思う。

「アイス、食べすぎて腹こわすなよ」

 笑った。早く行きなよ、と実咲も笑う。

 俺は今度こそ駆け出した。

 公園を出た先で、視界に西岡の細い背中をとらえる。

 もうどうにでもなれ、と思った。なげやりなんかじゃなく。

「西岡!」

 どうなっても、たぶん、後悔はしない。

 失うものはたぶん、なにもない。


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