青い夏
永瀬鞠
高校からの帰り、電車を降りて改札に向かう途中で、見慣れたポニーテールが目に入った。
「実咲」
名前を呼ぶと、
「あれ、望じゃん」
振り返って俺を見た。
家が隣どうしで年も同じの実咲とは中学までは毎日のように顔を合わせていたけど、高校に入ってからは、学校は違うとはいえ乗り降りする駅は同じなのに会うことは意外と少ない。
顔を合わせるのは2週間ぶりくらいだ。
「今日6限まで?」
「そう」
実咲は春服から夏服に変わっていた。制服がかわいいからこの高校にしたんだと本人が言っていただけあって、まあ、かわいいし似合っている。
一方の俺は中学生のときとたいして変わらない学ラン。
「ねえ、来週のあたしの誕生日プレゼント決めたよ」
家に向かう道を並んで歩き出しながら、実咲は嬉しそうに言った。
「俺、何がほしいって聞いたっけ?」
「だって毎年くれるでしょ」
「実咲がくれって言うからな」
「あたしも毎年あげてるでしょ」
「俺がくれって言うからな」
俺たちの影は目の前に長く伸びて、足を前に動かすたびに形を変える。昔は実咲の影のほうが長かった時期もあったけど今は俺の影のほうがずいぶんと長い。
「向こうの駅の裏の公園にさ、今アイスクリーム屋さんが来てるの知ってる? あそこのアイス食べに行こうよ」
「へえ、あの店今来てんだ」
俺と実咲の高校の最寄り駅の裏にある公園には、不定期にアイスクリームの移動販売車が来る。
そのアイスクリーム屋はおいしいと評判で、俺は高校生になってからの1年半の間にまだ1回しか行ったことがないけど、実咲はお気に入りで販売車が来るたびに行っているらしい。
「けどおまえ、いつも彼氏と行ってんじゃないの?」
「先週行ってきたよ。でも明後日から新作が出るんだって。期間限定で、望も好きな苺だよ」
「まじか。行く」
「やった。決まりね」
実咲が今付き合っているやつは実咲と同じ高校の一つ上の先輩らしい。聞けば、接点は朝の電車の車両が同じなだけだと言う。顔がいいとそれだけで人生得だよな。
と思ってたら、告ったのはなんと実咲のほうからだったらしい。けど相手の写真を見たらイケメンだった。やっぱり顔がいいやつは得だ。
「あさっての放課後どう?」
「あー、あさっては委員会あるから遅くなる」
「あ、例の西岡さんね」
「……べつに西岡に会いに行くわけじゃないけど」
「ほんとかなあ?」
俺が黙ると、実咲は俺の顔をのぞきこんでにやにやと笑い始める。
西岡っていうのは今年委員会が一緒になった同学年の女子だ。前に実咲とも仲がいい中学からの友だちと帰っていた時に、駅で実咲に会って、そういう話になったもんだからばれた。
「でも楽しみってことは、いいかんじなんだね」
実咲はもうにやにや笑いをやめて、前を向いて歩いている。
「楽しみ」。まあ、楽しみではある。
「いいかんじ」。どうだろう。嫌われてはない、と思うけど。
「向かうところ敵なしなんでしょ?」
「なんでそうなった?」
「だって彼氏いないって」
「彼氏はいないけど敵はいるな、たぶんな」
「そうなの?」
「いや、知らないけど。ていうかそもそも向かうところ敵なしって最強って意味じゃないの」
「そうなの?」
「知っとけ」
小さいころから何度も通ってきた道を、また辿る。懐かしさもない。だって俺は生まれたときから、ずっとこの町にいる。
「でも西岡さんかわいいんだから、もたもたしてたらほかの人にとられちゃうよ」
「……実咲西岡のこと知ってんの?」
「西岡さんはあたしの友だちの友だちの友だちだもん」
「まじで? けどそれけっこう遠くね?」
「まあね」
「……おまえほんとはよく知らないだろ」
「まあね」
角を曲がると、俺と実咲の家が見えてくる。
「うまくいくといいね」
「……そーだな」
「……怖いんだ?」
……なんでこいつはこう、俺の気持ちを見透かすんだろう。……長いこと一緒にいるからか。
「大丈夫だよ。恋愛は壁でも槍でもないんだから、当たってもくだけたりしないよ」
「心の傷は?」
「錯覚だよ」
思わず笑いが漏れた。
「まじかよ」
「まじだよ」
俺はときどき、ふっと思い出す。
昔、この通りを少し奥に入ったところで実咲と2人、迷子になったことがあった。
今思えば家のすぐ近所だけど、当時のまだ5歳かそこらだった俺たちにとっては未知の場所で、もう永遠に家にたどり着けないんじゃないかと思うほど、けっこうな恐怖と心細さだった。
俺たちはお互いの手をぎゅっと握って、家に続く道をさがし歩いた。そのうち泣いて座り込みそうになった俺に実咲は、「のぞむ、だいじょうぶだよ。みさきはむてきなんだから」そう笑って、俺の手を引いたのだ。
それは実咲の強がりだったけど、当時大好きだった戦隊もののヒーローよりもずっと、実咲はヒーローだった。
こんなこと本人にも誰にも、絶対に言わないけど。
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