我对天师的爱

砂塔ろうか

我对天师的爱

 一宿一飯の恩義を返すためにリンは300回目の殺人を行った。

「どう、し……て」

「あなたみたいなイイ人は、善人のうちにさっさと死んで天国に行ったほうが幸せだと思うの。だからどうか、幸せになって」

「こ、この、……ひ、と、ごろし……」

 男がこと切れる間際に遺した言葉を意に介さず、リンはいつものように服を脱ぎはじめた。

「あーあ。また服に血がついちゃった。やっぱりハダカでやった方がいいかな……まあ、これはそんなお気に入りってワケでもなかったし、別にいっか」

 脱ぎ捨てた服を放り出して、リンは家の中を物色する。運のいいことに、先ほど殺した男にはリンと同い年くらいの娘がいた。

「寝顔、かわいいなぁ……ごめんね、マオ。あなた一人だけ残しちゃって」

 リンはその少女のふっくらとした頬をひと撫ですると、少女の服を着て、家を出る。空に満天の星が瞬く、夏のことだった。


◇◇◇


 ふわふわと飛んで、陶磁器のような肌、ホコリ一つついていない輝くような純白の衣を身に纏うその女性は、自分は天女だと言った。

 天女は幼いリンに向けて語る。

 リンが選ばれた存在であることを。

 人は、天国に行く資格のあるうちに死ぬことこそが幸福だと。

 そして、リンの両親にはその資格があると。

 天女はリンに力を授けた。使命を全うするための力を。

 それからリンがどうしたのかは、語るまでもない。


◇◇◇


 その国では命を長らえ、ヒトから神になることこそが幸福だとされていた。ゆえに、仙人と呼ばれる超存在は人々から崇拝されていた。

 晩秋のこと。ある仙人の下に、一人の娘がやってきた。みすぼらしい身なりをして、顔には殴られたのだろうか、アザがある。ボロ布を一枚だけ纏った、痩せ細った少女だ。

「弟子に、してください」

 なにもかもが容易く折れてしまいそうな身体の少女はしかし、その瞳に宿るものだけは力強く、猛らせていた。

 仙人の弟子になりたがる者はごまんといる。だが、この少女のように尋常ならざる気迫さをもって仙人を尋ねてくる者はそういない。ましてや、それが年端も行かぬ少女であれば尚更。


◇◇◇


 ある日。リンはまたしても行き倒れてた。これで一体何度目になるか分からない。

 周囲は一面の霧。その上ここはハゲ山の中腹で、とうてい人家があるとも思えない場所だった。

 しかし、リンの耳は足音を捉えた。顔を上げるとそこには女が一人、立っていた。

 女は妖艶に笑うと、

「こんなところに人が倒れてるなんて、珍しい。貴女、名前は?」

「う……リ、リンと、申します」

「こちらには一体何の御用? この先には特になにも、ありませんよ」

「…………」

 リンの腹が鳴る。

「まあ、いいわ。それならお話は、私の家で訊きましょう」

 そう言うと、リンの身体を抱えて、女は霧の向こうへと消えた。


「ふうん。天女さまに会いに……か」

「はじめてなんですよ。はぐ。天女さまの声が呼びかけても呼びかけても返ってこないのなんて。むぐ。もぐ」

「それにしてもよく食べるわね」

「いけませんでしたか?」

「いいえ。好きなだけ食べなさいと言ったのは私ですもの」

 口ではそう言うが、女は呆れの表情を顔に出している。

 リンとは対照的に、女は食事を一切しない。ちびちびと酒を飲むだけだ。

 女が訊いた。

「その、天女さまを貴女が慕うのはどうして?」

 すると、リンは食事の手を止める。

 その俯く視線の先には何も無い。


「……私には、兄がいたんです。けれど、私が幼い頃に死んじゃって。死んだ兄がどうなったのか、私は幼いながらに気になってました。幸せになれるのかどうか。苦しんだりはしていないだろうかって。でも、それに答えてくれる人はいなくって。みんな、自分が長生きすることにしか興味がないみたいな……そんな感じで、当時の私は頭がおかしくなりそうでした……」

「そんな時、天女さまに出会った?」

「はい! そうなんです!」

 ぱぁっと表情を明るくして、リンは頷いた。

「天女さまは言ってくださいました。私の兄は今、地獄で苦しんでいると。だから、私は兄の分まで徳を積んで、兄が天国へ行けるようにしなくてはならない、と」

「そのために、なんの罪もない善人を殺す?」

「そう! そうなんです! ……あれ? なんで知ってるんですか? もしかして、あなたも天女さまに使命をいただいたんですか?」

「いいえ。私は――」

 二人の周囲が霧に包まれる。

「――その天女サマを天国とやらに送ったのよ。ついさっき、ね」

 リンが瞬きをすると、そこにはもう、さっきまであったはずの豪華な食事も、豪奢な城もない。

 そして目の前には、抜き身の剣を携える幽鬼の姿があった。

「まだ、名乗ってなかったわね。私の名はマオ。7年前、貴女に両親を天国とやらに送られた娘の名、まさか忘れたなんて言わないでしょう?」


 白銀の月の下、二人の女が向かい合う。

 先に飛びかかったのはリンだった。絶叫してどこからともなく大鎌を出現させたリンはその鎌の切っ先をマオの首に叩きつける。

 心底愉快そうに、マオはその乱雑な一撃を後方へのステップで回避した。そして横薙ぎの一閃。

 リンはすんでのところで回避した。姿勢を低くして、勢いを殺さずに前傾してから足のバネを用いてマオの懐に飛び込まんとする。

 果たして、リンの大鎌はマオの身体を二つに引き裂いた。しかし手応えがない。あまりにあっさりとしたもの。

 軸足を回転させてすぐさま背後へと振り向く。剣の切っ先が眼前に迫ってきていた。

「――っ!」

 宙を舞う剣。一瞬の判断でリンは大鎌を正確に扱い、マオの剣を弾き飛ばしたのだ。

「フっ」

 マオが息を吹きかける。と、リンへと向けて数多の氷の矢が射出された。リンはその場で大鎌を回すことによって矢の雨を防ぐ。

 しかし、それこそがマオの狙いだった。

fire

 轟音と土煙。マオの一言に呼応して、リンの足元が爆発した。

 パラパラパラ……と砂礫や岩のつぶてが降りそそぐ。

 それを防ごうともせず、マオはただ突っ立って受け続けた。そうして思い出すのは両親が死んでいることに気付いた朝のこと。客人が消えていることに気付いた雨の日のことだった。

「……終わってみれば、案外、あっさりしたものだったな……」

 額から流れる血を拭うこともせずに、マオはその場を去ろうとする。これからのことなど何一つ、考えてはいなかった。

 家族を奪った狂人も、その元凶も滅ぼして、それからは一体どうすれば良いのか。

「……待って」

 やっとのことで絞り出したかのような声だった。

「ま、まだ……終わってない」

「どうせ死ぬのに?」

 土煙の中から姿を見せたリンは、生きているのが不思議な有様だった。天女から貰った力で作り出したものなのだろう、下半身などは最早人間のそれではなく、水銀によって形作られていた。生身と水銀の接合部からは止めどなく血が流れ続けている。全身は焼けただれて黒ずみ、両の手はただ、くっついているというだけの状態だ。

 マオが手を下すまでもなく、リンは死ぬ。

「こんな、とこで……諦めちゃ…………」

 何か言おうとして、しかしリンは微風を受け、倒れ臥した。ほんの僅かな風さえも今のリンにはあまりに強すぎる。

 しかし、

「……嘘でしょ」

 リンは立ち上がる。使いものにならなくなった四肢の大体として水銀を使って。それで身体の傷が癒えたわけでも、苛む痛みが消えたわけでもないのに。

「…………ワタ、ワタシ、ワ……」

 口の代替としても水銀を用いる。不快な響きの声が、リンの意思を告げた。

「ニイサン、ト……イッショニ、テンゴクヘ……ソコデ、シアワセニ……」

「……私は、察しはついてるだろうけど、仙人に弟子入りしたんだ。だから、死んだ人がそうなるのかも少しは、詳しいつもり……」

 風が吹く。しかし、リンは倒れずにそのまま、マオの言葉を待ち続ける。

「死んだ人はさ、土の下に埋められるだけだよ」

 ――どしゃ。

 にわかに強風吹き荒び、リンが倒れた。

「――っカ、は、はハハ…………かわいそ」

 リンの身体に纏わり付いていた水銀が風に溶ける。もう、そこには意味を失くした仙人の弟子一人と、ぼろぼろの死体が一体あるだけだった。


◇◇◇


「――して。マオよ。その骸は?」

「天女の骸と同じところに埋めました。兄と一緒の墓に入れることはできなくても、それくらいはできるので」

「定命とは、なんとも悲しきことよな。信ずるものなくしては、寂しくて、怖くて、生きてゆくことさえもままならぬのだから」

「ですが、その思いを愚かと断じ、切り捨てることはしたくないのです。無論、行為の是非とはまた別の話ですが」

「ではマオ。貴様は、人として死ぬことを選ぶか?」

「……いいえ。今の私があるのは全て、貴女のおかげです。ですからどうか、時の彼方まで、共に在ることをお許しください……」

「我を信じ、我に尽くすと?」

「お望みとあらば」

「……勝手にするがいい」

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