第10話 「天使様の想い。」
俺は今、人生で二番目くらいに困っている。因みに一番は今井七海との喧嘩のときだ。何故、俺がこんなに困っているか……。それは、間違いなくあれが原因だ。そう。昼休みのあれだ。なんと、嫉妬に狂った狼どもが、俺と愛海の会話を盗み聞きしていたらしい。つまりだ、あの恥ずかしい会話の一部始終を聞かれていたということだ。それで俺はリア充軍団やら名前も知らんオタクやらデブやらに絡まれているのだ。
「それで? 何か、言い訳はあるのか……? 言い訳くらいなら聞いてやらんでもない。」
「言い訳というか……。俺は別に何も……。」
「よし! 処刑だ!」
あぁ。俺は今日で死ぬのか……。だってこいつの目ガチだよ? 誰だっけな……? 忘れたや。まぁ、俺と同じくらいの陰キャだろう。もっさりとした髪、黒縁メガネ、丸々とした体型。間違いない。オタクだろう。まぁ、偏見はあまり良くないのだが、こればかりは仕方ない。
「あ! 忘れ物しちゃった!」
「あ! 天使様! 今日もうつく──────。」
「ちょっと黙って。何、してるのかな?」
愛海の目からはハイライトが消えていた。完全にキレてるよ……。
「こいつはしてはダメなことをしたんですよ天使様! なので、罰を下しているのです!」
「私の俊くんにベタベタと……。許しません! 離れなさい!」
「は、はいぃぃ!」
まぁ、『私の』ってところが気にならんでもないけど、兎に角助けてくれたことに間違いない。いやぁ……本当に助かった。まさに『天使様』だ。
「愛海……。ありがとう……。ぐっじょぶだよ!」
「えへへ〜。俊くんに褒めてもらったぁ〜。」
彼女はそう言いながら嬉しそうに俺の胸に頬ををスリスリしてきた。
「ねぇ、俊くん……。私の言ったこと……覚えてる……?」
なんのことだろう? 告白のことだろうか? 恐らく、空気感的にその事だろう。
「あぁ。告白のこと……だよな?」
「うん……。思えば、まだ、私が貴方を好きになった理由すら話せてなかったなって思って。」
それは……。確かに、気になっていた。
「聞かせてくれる?」
「うん。じゃあ、いくよ……?」
「あぁ。」
彼女は頬を紅潮させながら右の人差し指を可愛らしく唇に当て、あざとい仕草ながら、あざとさを感じさせないウインクをして見せた。いや、〝魅せた〟と言った方がしっくりくる。これも彼女が『天使様』と呼ばれる所以なのだろう。
「あのね、君は、覚えてないかな? 私の事、『気に入らない』って言ったんだよ……?」
あぁ。それは何か誤解されてるのだろう。まぁ、誤解を解くのは話を聞いてからにしよう。
「あぁ。覚えている。」
「あのね、あの時、正直ウザかったし、『なんだこいつ? 初対面で失礼すぎるでしょ?』って思ったよ。でも、貴方が気づかせてくれた。」
あぁ。そう捉えられていたのか……。俺は、単純にあの時のあいつが気に入らなかったんだけどな。今の芝田愛海は気に入らなくない、むしろ上からになるが気に入る。
★★★
その日は雨が降っていた。俺は雨が嫌いではない。雨の音を聞いていると、頭の中のモヤモヤが消えてくれるからだ。幼い頃、よく水遊びをしたり、プールで泳いだり、スイミングも習ったりしていたからだろうか。俺は水が好きだ。
時には虚しい音を出すことが出来る水────。
時には子供と戯れ、愉快な音を出すことが出来る水──────。
どこか虚しく、それでいてどこか楽しげな水──────。
そんな水が俺は好きだ。だからという訳では無いが、その日はたまたま遠回りをして家に帰ろうと思った。何故だろう。これがいわゆる『運命』とやらなのだろうか。俺は小学校をら卒業し、中学一年生となった。俺が通うのは公立の学校だ。家までは徒歩で十五分程度と、まぁまぁ近い。だけど、今日は少し、雨の音を聞いていたかった。俺は意識を耳に集中させながら歩いていた。すると、どこか遠くから、男女の喧騒。否、女子の悲鳴が聞こえ、男子が嘲笑する声がきこえた。俺は、無視しようとした。だが、心のどこかで拒絶していた。俺は、選択を謝れば、後悔すると、直感で思った。だからだろう。柄にもなくナンパされている女子を助けに行ったのは。
「やめとけ。周りからお前らがどんな目で見られてるか、想像してみろ。」
「あ? てめぇ、誰だよ……? 見ねぇ面だな?」
「そんなのどうでもいいだろ。早く離してやれよ。」
「てめぇ、うっせんだよ!」
男は俺に目掛けて拳を突き出してきた。俺はそれをひらりと躱し、前のめりになった男のうなじ当たりを肘で強く打つ。すると、男は倒れ込み、周りの奴らが一斉に襲いかかってくる。さすがに俺も五人の相手を一斉にするのは難しいので、ここは退くべきと思い、気に入らないが、女の子の手を取り、必死で走った。
五分位は走っただろうか? もう先程の男達の姿は見えなくなっていた。
「あの……。ありがとう……。」
「俺はお前が気に入らないよ。お前は楽しいのか? そんな過ごし方で。」
俺はこいつを知っている。同じ中学一年生で、クラスも同じ。学級委員をしている芝田愛海というやつだ。芝田は驚いたように目を丸く見開いていた。
「どういうことよ……。」
「そのままだよ。お人形さんみたいに感情も表に出さず、周りに流されるだけで楽しいの?」
俺はこいつの本当の笑顔を見たことがない。もっといえば、怒った顔も、悲しそうな顔も、何も見たことがない。
「!……。」
「だから俺はお前が気に入らないよ。芝田愛海。さっき助けたのは、ほんの気まぐれだ。だから気にしないで、夢を見たと思って忘れて欲しい。」
「何よ……。それ……。」
本当はここで家まで送っていくよなどと言えばいいのだろうが、俺にそんなキザなセリフが言えるはずもない。だから、後ろ髪を引かれる思いをしながらも俺は帰路に着いたのだった。
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