第二話

あのあと私は、はぐれ陰陽師の無明の事を知事の前で褒め称えた。

彼の札がいかに素晴らしく、そのおかげで私が命を救われたことにとても感謝していることを伝える。

無論、彼の評価が上がるようにとの図らいも込めてだが。

知事は良くなった私の機嫌に安堵しているようだが、対する無明の返答は冷ややかなものだった。


「そうですか」


あまりの声の冷たさに知事も私も唖然としてしまう。


「おい、無明! なんだその言い方は。せっかくマクレーンさんがお前に感謝をしているというのに。あまりにも無礼だぞ!」


坂上知事が彼の態度を咎める。


「いや、済まんなノブ、許せ。寝起きでうまく感情表現出来ぬのだ」

「お前……すみません、マクレーンさん。彼は寝起きでどうやら虫の居所が悪いらしい」

「大丈夫ですよ、坂上。しかし無明、あなたはこの怪物を殺せるのですか? いえ、あの札を作成したあなたなら勝てると信じてますが」


私のほんの小さな不安に対して無明は即答した。


「まあ、まず大丈夫だ。しかし現場を見てみないとがわからん」

「マーベラス! さすがは無明だ。っと失礼、先ほどから呼び捨てでしたね。慣れぬこととはいえお許しを」

「構いませんよ、マクレーン殿。して本題に入りましょう。いくら出しますか?」


おっと、うっかり失念していた。

彼は国家に属するのではない、フリーランスであると。


「そうですね、無事解決できた証には三百万出しましょう。前金で百万でどうでしょう」

「ほう! それは素晴らしき羽振りの良さ」


あの冷たさを感じる男が報酬を示すと嬉しそうな声色に変わる。

やはりどの国、どのような人物でも確かな報酬はよきコミュニケーションを生むようだ。


「ですが前金で三百です。現金で。そこは譲れませぬ」

「クレイジー! キャッシュはともかく、前金で報酬全額などあり得ません!」


流石に調子に乗りすぎではないかこの男は!

恩人とはいえ、私をあまりにも舐めているのではないか!


「調子に乗るな無明!! すみません、マクレーンさん、前金百万で大丈夫です」


しっかり坂上が釘をさしてくれる。


「こらこら、ノブ。勝手に決めるでない。失礼、マクレーンさん。ただこういった妖関係の事件では、依頼主が支払えない状態になるというのを嫌という程、経験しておりまして」


なんと不吉な。


「それは私にも何か起きるということでしょうか?」


もしや脅しているのだろうかこの男は。

だが、あまり私を舐めてもらっては困る。

本物の怪物には無力でも、数多の人間という怪物を下してきたこの私を。


「いえ、ただの経験談ですので。そうだな、ノブ。そなたが立て替えろ」

「なっ! いきなり何をいうのだ無明!」

「なに、マクレーン殿からの成功報酬はお主が受け取れば良い。マクレーン殿もそれで良いな?」

「ほぅ、私は構いません。坂上さん、それで良いですかな」


無明に対する様々な交渉を頭の中でシュミレートしていた私の、落とし所の一つとしていた考えを的確に突いていきた。

どうやら頭はそれなりに回るらしい。

坂上には気の毒だがこれがベストな落とし所だ。


「む、マクレーンさんまで……はぁ、わかった無明。用意するから待ってろ」

「よろしい! マクレーンさんの国の言葉では確か、うぃん、うぃんというのでしたな」

「イクザクトリー! Win-Winです。では私も前金を用意しましょう」


その後、私と坂上は報酬分のキャッシュを用意し彼に支払うや否や、すぐさま買い物があると出かけてしまった。


「ふむ、明日現場に一緒に行ってくれるということでしたが、彼は信用できるのですか」

「ええ、奴から信頼を裏切る真似は決してしません。組合にも属しておりますので」

「組合?」

「ああ、そちらの国でいうギルドですよ。この国でもギルドという呼び方が主流になってきていますな」


フリーランスを束ねる組織はこの国にも存在するようだ。

我が国にも元聖騎士や独自のデーモンハンターなど、傭兵と呼ばれる存在がギルドに属している。


「Oh! 陰陽師にもギルドが存在するのですか」

「ええ、実は五十年ほど前になるのですが、噂ではあの天帝陛下の通達で結成されたとか」

「なんと、あのエンペラーが直々にですか。彼は政治には関わらないと聞いていましたが」


意外と風聞と現場では実体が異なるようだ。


「ええ、基本的には関わらないのですが、陰陽師に関しては別なのです。むしろ陰陽師に関わることなら政治を動かすこともあるようです。しかしそれもここ最近の話ですが、天帝陛下が動くなど二百年前の戦争時以来ですかな。……失礼、互いにいい話題ではありませんね」

「いえいえ、お互い今は友好国なのです! お気になさらず」

「あなたが外交官で良かったと心から思いますよ」


坂上は柔らかい笑顔でそう話す。

むしろ、天帝が動いたという情報を私に話すのは彼の立場としてどうなのだろうと考えるが、意外と重要な秘密でもないのかもしれない。


「しかしなるほど、つまりあなたのボスは総理大臣で、彼らのボスは天帝といったところですか」

「まあそうですね、本当はもっと曖昧なところなのですが、理解が早くて助かります」

「しかしかの有名な天帝が動くことはあるのですね」

「ええ、まあ稀ですけどね。それとマクレーンさん、彼ではありません。天帝は女性であるという噂です。割と確かな」

「ワンダフル! 日ノ本は女性の権利が低いと聞いていましたが、まさか!」

「ははは、お恥ずかしながら。ここ最近ですが、ギルドには陰陽師とは異なる巫女と呼ばれる女性も有名なのですよ」

「なんと、巫女知ってます! 日ノ本の神に仕える修道女だと」

「ええ、本来の言葉の意味はそうなのですが……今は陰陽師の女性版が巫女と呼ばれるみたいです」

「つまり日ノ本には戦う女性が多いと?」

「元来、女性は霊力が男性より強いのです。日ノ本の最高神は女神ですしね」

「最高神? ここではカムイという半神が信仰されていると聞きましたが」

「ああ、日ノ本は多神教ですので。カムイの母とされる最高神やその他の神々も様々なご利益をもたらすとして人気ですよ。一番人気はカムイですが」

「……多神教は知っていましたが、まるでゴッドがアイドルのようですね、不思議な国です日ノ本」

「はははは。まあ今の若い人にはそんな感じで浸透している場合もありますね」


それなりに長くいるはずなのに、私の常識では考えられない新しい発見がある。

これこそが異文化交流なのだろうが、あの無明といい、なかなかに疲れるのも事実だ。


「さあ、今日はお疲れになったでしょう。護衛のものをお付けしますので本日はこちらでお休みください」


それを感じた坂上は私に宿泊所を案内してくれた。

こういった気配りはさすがだ。

女性も綺麗でこの日ノ本がますます好きになってしまいそうだ。

昨夜の事件もこの坂上が信頼する男なら問題ないだろう。

早く熱いシャワーを浴びて眠りたい。

私は坂上に案内され、気を使って用意してくれたであろうスイートルームに向かうのだった。





信濃国の地方都市「信林檎」。名前の通り林檎の名産地であり、程よく都会なこの信林檎の最大の市場「流行鯉はやりごい」はかつての城跡や温泉・自然の景観を求めやってくる観光客で程よい賑わいを見せている。

太陽が沈んでもその市場の屋台に付けられた数多くの提灯から、暖かな光が放たれている。

林檎の買い付けに来る料理人も多く、夜が更けても客足が途絶えることはない。

そんな市場に紫の着物の可愛らしい女の子と、日ノ本人にしては背の高い、甚平を着崩しながらも不思議と似合う一人の陰陽師が買い物に、正確には小さい女の子に手を引っ張られながら人混みを進んでいた。


「こらこら。そんなに急がなくてもりんご飴は無くならんぞ」


マクレーンとノブにもらった金で早速、滞納していた宿代を払い、必要な道具を買おうとしていたところ、ハルに見つかってしまった。

一体、いつの間に外に出たのか。相変わらず、幸運の機会を逃さない子だ。

オレが持っている財布を見た途端、りんご飴と呟いてこの有様だ。


「むみょー、はやく。りんご飴なくなる」

「こらこら。無くならんと言っておろう」


最近、満足に甘味を買ってやれなかった反動か。

その口はいつもより達者だ。


この地方都市「信林檎」に着いた時ふと、ここの林檎飴は絶品だという話をしてしまった。

あいにく手持ちが宿代で消えそうだったため、察したハルはねだることをしなかったが、その視線はジッと飴屋を見つめていたものだ。

はぐれの組合───今はギルドと呼ぶのが流行りらしいが、ギルドの受付嬢(百歳)には甲斐性なしと罵られもした。


「むみょー! 着いた!」


いつになくはしゃぐハルの声に、少し不憫をかけすぎたかと心苦しくなりそうだ。


「店主よ、りんご飴を二つ」

「あいよ! 可愛らしい娘じゃねえか。ほら一番大きなりんご飴だ、持ってきな」

「むみょー! おおきい!」


一回り大きいりんご飴にハルが興奮している。

それと娘という訳ではないが、否定しても気まずくなるだけだ。

黙って好意に甘えよう。


「こらこら。ハル、まずはちゃんと店主にお礼を言いなさい」


しかし飴を夢中でしゃぶっていてオレの声は届かないようだ。

やれやれ。


「いや父ちゃん、いいってもんよ! 嬢ちゃんがこんなに美味しそうに食べてくれるならな!」


なんとも気持ちのいい男だ。


「だが店主、これは躾の問題だ。ほら、ハル、しっかりお礼を言いなさい」


ハルの両脇を抱えて店主の前に突き出す。


「あむ、ありがとう……」


か細い声でお礼を言うとまた飴を舐めるのに夢中になってしまった。


「いいってことよ! それにしても可愛らしい嬢ちゃんだな!」

「済まぬな店主。それと────」


この都市に来たのは、多少の用事と昔馴染みが知事をやっていること、何よりここの林檎酒が絶品と聞いたからだ。

りんご飴を肴にするとより旨味が増すと聞くが本当だろうか。

ああ、はやく呑みたい。

店主にうまい林檎酒の出す店を聞こうとした時だった。


「外交官に無礼を働く者が、よく躾などと言えたものだ」


背後からムスッとした声をかけられる。


「おお、ノブではないか。どうしたそんな不貞腐れて」

「どうしたはこっちの台詞だ! 一体どうしたんだ、さっきのは。お前らしくもない」


どうやらオレの外交官への態度がお気に召さなかったらしい。


「別にどうもない。あの手の人間に対する相応しい態度を取ったまでだ」

「お前なあ……政治家嫌いな理由もわかるが、私の立場も考えてくれ。いい人だったから良かったものの下手したらこじれて今後の関係が大変になるかもしれなかったんだぞ」


只でさえ、外交官の家に妖が出て大変だと、胃を痛めているようだ。


「ノブよ、そなたが案ずることではない」

「案ずるわ! お前は馬鹿か!! 俺は知事だぞ!」

「くくく。誤解するなノブよ、そう言う意味ではない」


相変わらず直情的な奴だ。その純真さに思わず笑ってしまう。


「ヘラヘラするな! 全く、明日は大丈夫なんだろうな」

「まあ、大丈夫だ。それよりそなたここの知事であろう。うまい林檎酒の店を知っているな?」

「お前ってやつは!」


相変わらず騒がしい男である。


「こらこら。そんなに騒ぐな、知事がはしゃいでいては衆目を引くぞ」

「んな?!」


人混みの往来で知事が騒いでいれば、人だかりにもなるというもの。

周りを見回せば面白そうに、野次馬がこのやり取りを見守っていた。

どうやら知事が「はぐれ」といることも注目を浴びる一つのようだ。


「さあ、おいでハル。このノブおじさんが林檎の美味しい店をご馳走してくれるみたいだぞ」

「おい勝手なこと言うな!」


だが美味しい林檎という言葉に敏感に反応したハルにすでに捕まっていた。


「ノブおじ! りんご!」


嬉しそうにノブの手を引いて何処かに行こうとする。


「略すな! おい、無明、お前の娘は一体どうなってるんだ? って意外と力が強い?! 本当に五歳児かこの子は!」

「甘味に飢えたハルは強い。疾く案内するがよい、ノブおじ」

「……ッッ!!!!」


顔を真っ赤にして怒ろうにも衆目を気にして思い留まっているようだ。


「さあノブ、久々に呑もう、夜はまだまだこれからだ」

「いや、この不良オヤジ。ハルちゃんはせめて宿に置いてけ」

「無駄無駄。ハルは勝手に抜け出して付いてくる。下手に一人でうろつかれるよりも側にいた方が安心だ」

「だが、子供を夜遅くまで酒場にいさせるのは流石に……」

「やっ! ハルもいく!」

「だ、そうだ。諦めろ」

「まあ、保護者同伴ならいいか」


なんだかんだ子供に甘いやつめ。

ノブは渋々この都市一番という酒場に案内してくれた。


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