第4話 結束

結果は1勝3敗。考えようによっては3勝1敗とも言える。


朝ごはんに出かけた4人を見送った坂本先生は、ごみ袋の中を改めてまじまじと見た。一番大きく膨らんでいたのは柏木さんのテープタイプ。量も多くパッドもあるため、両手でわしっとつかんでも重く感じそうな見た目をしている。唯一の1勝は金川さん。普段は週に1,2度ということもあって、名前の書かれた真っ白なおむつは、きちんと白い状態をキープしたままゴミ袋に収まっていた。小林さんもダメだった様子。丁寧にくるくると巻かれ、テープで留められたイチゴ柄の紙おむつもしっかりと膨れていた。


最後の1敗、それも真の1敗と言えるのは柳さんだった。ほかの3人はおねしょの有無に関わらず、布団を汚すことはなかった。彼女が汚したパッドもゴミ袋の中に入っているが、医務室の窓のサッシには「6-2柳利夏」と刺繍の入ったハーフパンツと下着が干されている。今朝は柳さんをなだめるのに大変だった。



最初に異変に気付いたのは柏木さんだった。


「あの、柳さん?大丈夫?」


隣の布団からはかすかにしゃくりあげて泣くような声が聞こえていた。掛布団を頭までかぶり、声を押し殺しているようだった。柏木さんにとっては普段から経験しているにおいだったので、すぐに事情を把握した。


「柳さん…柳さん…」


声が聞こえていなかったのか、気まずくて顔を出せなかったのかはわからないが、何度か声をかけるとやっと泣き止んだようで、掛布団の向こうからは「ふぅ…」という深呼吸ともため息ともつかない呼吸が聞こえた。


「ごめんね、朝から…。ちょっと、布団までダメみたい…」

「大丈夫だよ、私もだもん。先生呼んだほうがいいよね」

「うん…」


柏木さんにとっては毎日のおねしょなので慣れっこではあるが、さすがに垂れ下がったおむつのままで坂本先生を呼びにいくわけにはいかない。坂本先生は管理棟の方の部屋の個室のため、渡り廊下を歩いて行かないといけない。そうこうしていると、次に金川さんが目を覚ました。金川さんもすぐに事情を把握したらしい。


「じゃあ私坂本先生呼んでくるね」


金川さんはそういうと掛布団をめくって立ち上がり、そのままドアに向かっていった。即断即決タイプで行動が早い。


「金川さん、おむつは大丈夫なの?」

引き留めようとした柏木さんもついつい言葉がストレートになる。


「今日はしなかったから大丈夫だよ~」

彼女は笑顔で返答すると、そのまま部屋の外で出ていった。柏木さん自身もそうしたい気持ちはあったが、おねしょで膨らんだおむつのまま外に出る勇気はない。それに、早起きした生徒は共同の洗面所で歯磨きをしたり、トイレに起きてくる人もいて、廊下からは人の声が漏れ聞こえていた。いくらおねしょをしなかったとはいえ、金川さんはハーフパンツの下におむつを履いたまま廊下を通って坂本先生を呼びに行ったのだった。あの子には、恥ずかしいとかそういう気持ちがないのかな?と疑問に思うのだった。


金川さんが先生を呼びに行っている間も、柳さんが泣き止む様子はなかった。柏木さんも昨日の小林さんを思い出して、「ね、私もしちゃったから」とハーフパンツをめくって汚れたおむつを見せたりもしたが、何の効果もなかった。


そうこうしているうちに金川さんが坂本先生を連れて戻ってきた。


「あらあら、派手にやっちゃったね~」

坂本先生は努めて明るく言いながら片付けに取り掛かる。柳さんもようやく落ち着いて泣き止んではいたが、その場にしゃがみこんで下を向いたままだ。自分で手を動かすこともできず、坂本先生のなすがままに服を脱がされている。


他の3人は坂本先生からおむつは脱衣所か個室トイレで脱いでシャワーを浴びるよう言われていたが、3人とも顔も見合わせて頷いた。同じ秘密を共有する仲間の結束はやはり強い。


「あ~今日は量多いな~。漏れなくてよかった~」


小林さんはわざとらしい調子で言いながら、その場で体操服を着替えだした。イチゴ柄は子供っぽくて恥ずかしいと思っていたが、ここはPP部屋の仲間としてフォローしなければと思った。ハーフパンツを脱いで、紙おむつのサイドに手をかけた。器用に両側を破ると、黄色く染まった吸収帯が露わになる。すこしわざとらしく汚れたところを柳さんに見えるように手に持った。坂本先生も彼女たちの意を理解したようだった。柏木さんも続く。


「先生、立ったままだとおむつ外せないので、ここで外します」


そう言うと、一度片付けた枕をもう一度引っ張り出して畳の上に置いた。立ったままハーフパンツを脱ぐと、誰よりもパンパンに膨れたおむつが垂れ下がっている。思わず「すごいね~」と小林さんがつぶやいた。


「あ、私がやってあげる!」

思い付きで言った小林さんの言葉に、驚いた顔で柏木さんが振り向く。


「だって利夏ちゃんも先生にやってもらってるじゃん。私弟のおむつ交換とかしたことあるからたぶん大丈夫だよー」


自然に柳さんのことを下の名前で呼んだ。秘密を共有することで親近感がわいたのかもしれない。一瞬返事に詰まった柏木さんだったが、まだグスグス言っている柳さんをちらっと見て、「うん、おねがい」と言った。


昨晩と同じように、柏木さんは顔を赤くして畳の上に横になった。小林さんは柏木さんの体の横に膝立ちになり、テープの部分をつまんだ。「開けていい?」と聞いたが、柏木さんは両腕を顔に当てたまま頷くだけだった。腕の間から見えている顔だけでも真っ赤になっているのがわかった。


ビリビリとテープを外し、おむつの前当て部分を開く。ふわっと鼻をつくにおいがしたが、そんなことまで口に出すほど無粋ではない。パッドだけでは吸収しきれないおねしょがおむつの方にも染み出している。


「柏木さんもたくさん出たね~。いつもこれくらいするの?」


「うん、毎日…」

さすがに恥ずかしくて、毎日の部分は消え入りそうな声になっている。


「じゃあお尻上げてね」

浮かせた腰からサッとおむつを引き抜いた。そのまま丸めるのかと思っていたら、汚れたおむつを広げてそのまま柳さんの方に向けた。


「利夏ちゃんみてみて~、柏木さんもすごい!」

柏木さんは下に何も履いていない状態で「ちょっと~」と小林さんを止めようとしたが間に合わなかった。


2人のやり取りを傍目で見ていた柳さんはフフッと笑った。よっぽどおかしかったらしい。


「先生、あとは自分でやります」

顔を上げた柳さんは、いつも通りの声色で坂本先生に言う。


「二人ともありがとね。金川さんも、先生呼びに行ってくれてありがと」

そう言うとシャワーへ向かった。


そんなやりとりを横目に、金川さんもその場でおむつを脱いでいた。履くときもみんなの前で履いたのだから当然といえば当然かもしれないが、彼女なりに空気を読んでのことだったのだろう。人と少し感覚が違うだけで、柏木さんの代わりに先生を呼びに行ったりと、とても心づかいのできる子だ。



坂本先生はホッとして布団の片づけに戻った。毎年PP部屋以外でおねしょをする子もいるので、旅館の人への謝罪と片付けも手馴れたものだった。








「いただきます」


朝食の挨拶は各クラスの委員長が行う。1組から5組の学級委員が食堂の前に並ぶ。他の委員はハーフパンツなのに対し、2組の柳利夏だけは長ズボンで立っていた。


生徒の中には気づいた子もいたかもしれない。

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